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三章

3−3

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 一瞬、何を言われているのか理解出来なかった。今までそんな質問を投げかけられたことはなかったし、自分だけ目立った何かがあるわけではなかったように思う。鏡を見たのはこの屋敷が初めてだったが、村では雨上がりにできた水溜りに姿を写して見たことはある。他人と比べて特出した箇所があったような覚えは何ひとつない。

 しかしながら主人とは何もかもが違っていることだろう。整えられた主人の夜の闇より深い黒の髪に比べて、僕はパサついた石灰のような白い髪をしている。主人のように鋭い光を放つアンバーの瞳ではなく、乾いた木の実のような色の瞳。肌はまるで死人のような土気色だったが、ここ数日で血色も良くなっている。怪我をしていた箇所や、血判を捺したときに流れた血は赤かった。これらの色は、村にいた者たちと大差ない。親兄弟などは特に似通った色をしていた。

 体格については、比べるまでもなく全然違うことはわかる。村の大人たちより背が高くて体格の良い主人の腕は、僕の腕の三倍はありそうだ。胸の厚さや腰回り、足の太さだって僕と比較する方がおかしい。

 しかし、体の構造については同じと言って構わないだろう。細かな造形は主人とは似て非なるものだが、顔に目が二つあって、鼻が一つあって、口だって一つある。耳だって、

「普通の人間の耳は、こんな風に尖っちゃいねぇんだよ」

  主人との差を探していると、まるで僕の心を読んだかのようなタイミングで低い声が発せられた。主人の太い指が僕の耳に触れ、さほど鋭くもなく釣り上がった耳輪じりんをぐいと引っ張る。

「街で見たな? 人間の耳はもっと丸くて短かっただろ」
 
───街の人間を見て覚えた違和感。それは、僕や主人と異なる耳の形だったのか。

「ここいらは人間の国だが、あの街は人種に壁がない。 人間が一番多いことに変わりはねぇが、他にも獣人やら妖精やらが住み着いてるし、だって普通に暮らしてる」
「ま、ぞく」

 ああ、と相槌を打った主人は僕から手を離し、太い腿に肘を立てて頬杖を突いた。大きな背中が前屈気味に丸くなる。主人の手に掲げられたスープの皿の標高が僅かに下がり、僕の意識も少し逸れた。昼食で新鮮な牛乳をたくさん飲んだはずなのに、強く喉が、体が渇いていく気がした。

「で? お前は何なんだ。 魔族っつったって色々あるだろ」
「僕、は……」

 変わらずの鋭い眼光で射抜かれながら、僕は本能が告げる種族名を、掠れた声で改めて口にした。

「僕、普通の……夢魔です……」

 だろうな、と主人は驚いた素振りもなく頷いた。聞いておいてそれはないだろう。余りにもあっさり納得されてしまい、出鼻を挫かれたような気分だ。

「そうだろうとは思ってたし、こんなモンを美味そうに食うなら間違いねぇだろ」

 どこか忌々しげに言い捨ててから、主人は漸く僕の目の前にスープの皿を突き出した。
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