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二章
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しかし今日に限っては、ちょっとしたイレギュラーが発生した。
「そろそろ、お前の服やなんかを買いに街へ行こうと思うんだが」
バスケットの中からバターロールを一つ取り、千切って口の中へ放り込んでいる僕に、主人が声をかけたのだ。
「えっ」
「いつまでも俺の服じゃ駄目だろ」
僕がこの屋敷に運び込まれた時に着ていたのは、土嚢袋に穴をあけて腕と首を通し、腰に荒い目の縄をベルト替わりに巻いているような服ともいえない代物だった。僕のいた農村ではこの格好が子どもたちだけでなく村全体のデフォルトではあったが、市場へ物を売りに行く者や、村長といった農業以外の役割を持つ者たちは、みすぼらしくはあったもののちゃんとした身なりをしていた。
今の僕は、主人のワイシャツを借りて腰を荒縄で縛ったワンピーススタイル。袖は余りすぎるので肘まで折り曲げている。畜舎の掃除で汚れてしまう、と借りるのは一度断ったのだが、他に着替えもないので問答無用で着せられてしまった。
流石に主人の大きさで僕の体に合う服などは一枚もないので、シャツ一枚でお互い妥協しているといったところだが、ついに主人が根負けしたようだ。僕は主人に借りている真っ白なシャツの裾を緩く摘み、指を擦り合わせて上等な繊維の手触りを確かめる。
「……こんな上等な服、僕なんかが着てちゃいけないんですよね」
「気に入ったなら同じ素材のものを探してやる」
そういうことではないのだが、と頬を膨らませてむくれて見せると、主人は大きな掌で僕の頭を撫で、どこか呆れたような表情を向けてくる。
「気にすんな、給料から天引きしとくからよ」
僕が与えられることを拒むと、主人は対価の話をするようになった。
「夕方までに戻りゃあいつらだって文句言わねぇよ」
あいつらとは、畜舎の牛や鶏たちのことである。掃除と餌やりを朝夕二回行うのが僕の仕事。
この屋敷で仕事を熟せば、召使いとしての給料が支払われる。その給料から、食事代や寝室の使用料が差し引かれている。この屋敷に来て三日、それはもう立派な部屋の豪華なベッドに一人で寝かせてもらっているし、体を拭くための湯も出してくれるし、何より三食新鮮な卵と牛乳を食事に出してくれる。奴隷として攫われるまで村でやっていた農業よりも幾分か簡単な作業しかしていないのにここまで待遇が良いのは、正直不安になる。
贅沢な悩みなのかもしれないが、僕には与えられすぎているような気がする。
食事が終わると、主人は僕に「ここで待っていろ」と言い残し、食堂を後にした。食器を下げに来た騎士の甲冑と目(?)が合うと、彼(?)はやはり何も言わず、空いたグラスだけは下げずに牛乳を半分だけ注いで去っていった。
注いでもらった牛乳に手持ち無沙汰に口をつけ、その濃厚さに舌鼓を打つ。新鮮な牛乳は身に染みる。畜舎で飼っている牛たちと、これを絞っている屋敷の顔も知らない誰かにひっそりと心の中でお礼をした。
程なくして、主人が革靴を鳴らしながら戻ってきた。朝食時はフリルのシャツに黒のスラックスだったが、今はそれに加え深い黒赤の上着を羽織っている。襟元や袖口には燻んだ金の縁取りが、裾には金糸で刺繍があしらわれている。学も教養もないただの子どもの僕だが、この上着がとても上等で高価なものだと見ただけでわかる。
「お前にはこれだ」
「う、わっ!?」
主人が唐突に、僕の頭から布をバサリと被せた。いきなり視界が真っ暗になってびっくりしたが、主人に手伝ってもらいながら首を出し、布の端を首輪に巻き付け、レリーフで留めれば、まるで豪華なマントのようにも見える。これでよし、と手を払う主人に、いつの間にか壁際に並んでいた甲冑三体も満足げにうんうんと頷いて見せていた。
他に着る服がないので隠しておけと言われ、マントを内側でぎゅっと握り、前を閉じる。すると、主人が体を掲げ、僕を掬い上げるように担いだ。
「えっ!? な、なんですかっ!?」
「馬に乗る。 暴れるなよ」
「そろそろ、お前の服やなんかを買いに街へ行こうと思うんだが」
バスケットの中からバターロールを一つ取り、千切って口の中へ放り込んでいる僕に、主人が声をかけたのだ。
「えっ」
「いつまでも俺の服じゃ駄目だろ」
僕がこの屋敷に運び込まれた時に着ていたのは、土嚢袋に穴をあけて腕と首を通し、腰に荒い目の縄をベルト替わりに巻いているような服ともいえない代物だった。僕のいた農村ではこの格好が子どもたちだけでなく村全体のデフォルトではあったが、市場へ物を売りに行く者や、村長といった農業以外の役割を持つ者たちは、みすぼらしくはあったもののちゃんとした身なりをしていた。
今の僕は、主人のワイシャツを借りて腰を荒縄で縛ったワンピーススタイル。袖は余りすぎるので肘まで折り曲げている。畜舎の掃除で汚れてしまう、と借りるのは一度断ったのだが、他に着替えもないので問答無用で着せられてしまった。
流石に主人の大きさで僕の体に合う服などは一枚もないので、シャツ一枚でお互い妥協しているといったところだが、ついに主人が根負けしたようだ。僕は主人に借りている真っ白なシャツの裾を緩く摘み、指を擦り合わせて上等な繊維の手触りを確かめる。
「……こんな上等な服、僕なんかが着てちゃいけないんですよね」
「気に入ったなら同じ素材のものを探してやる」
そういうことではないのだが、と頬を膨らませてむくれて見せると、主人は大きな掌で僕の頭を撫で、どこか呆れたような表情を向けてくる。
「気にすんな、給料から天引きしとくからよ」
僕が与えられることを拒むと、主人は対価の話をするようになった。
「夕方までに戻りゃあいつらだって文句言わねぇよ」
あいつらとは、畜舎の牛や鶏たちのことである。掃除と餌やりを朝夕二回行うのが僕の仕事。
この屋敷で仕事を熟せば、召使いとしての給料が支払われる。その給料から、食事代や寝室の使用料が差し引かれている。この屋敷に来て三日、それはもう立派な部屋の豪華なベッドに一人で寝かせてもらっているし、体を拭くための湯も出してくれるし、何より三食新鮮な卵と牛乳を食事に出してくれる。奴隷として攫われるまで村でやっていた農業よりも幾分か簡単な作業しかしていないのにここまで待遇が良いのは、正直不安になる。
贅沢な悩みなのかもしれないが、僕には与えられすぎているような気がする。
食事が終わると、主人は僕に「ここで待っていろ」と言い残し、食堂を後にした。食器を下げに来た騎士の甲冑と目(?)が合うと、彼(?)はやはり何も言わず、空いたグラスだけは下げずに牛乳を半分だけ注いで去っていった。
注いでもらった牛乳に手持ち無沙汰に口をつけ、その濃厚さに舌鼓を打つ。新鮮な牛乳は身に染みる。畜舎で飼っている牛たちと、これを絞っている屋敷の顔も知らない誰かにひっそりと心の中でお礼をした。
程なくして、主人が革靴を鳴らしながら戻ってきた。朝食時はフリルのシャツに黒のスラックスだったが、今はそれに加え深い黒赤の上着を羽織っている。襟元や袖口には燻んだ金の縁取りが、裾には金糸で刺繍があしらわれている。学も教養もないただの子どもの僕だが、この上着がとても上等で高価なものだと見ただけでわかる。
「お前にはこれだ」
「う、わっ!?」
主人が唐突に、僕の頭から布をバサリと被せた。いきなり視界が真っ暗になってびっくりしたが、主人に手伝ってもらいながら首を出し、布の端を首輪に巻き付け、レリーフで留めれば、まるで豪華なマントのようにも見える。これでよし、と手を払う主人に、いつの間にか壁際に並んでいた甲冑三体も満足げにうんうんと頷いて見せていた。
他に着る服がないので隠しておけと言われ、マントを内側でぎゅっと握り、前を閉じる。すると、主人が体を掲げ、僕を掬い上げるように担いだ。
「えっ!? な、なんですかっ!?」
「馬に乗る。 暴れるなよ」
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