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彼女と、今日も非常階段で。

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「…………え?」

 俺は、彼女の発言に混乱した。

 非常階段の壁にもたれて、タオルで顔を隠したままの彼女がスス、と足を曲げると、短めのスカートからさらに白い太ももがのぞく。

 思わず目を向けるが、今重要なのはそこではなかった。
 改めてまじまじと彼女の顔を見つめると、硬くタオルで顔を隠しているが耳が真っ赤になっているのが見えて……。



 ーーー俺の頭にも、一瞬で血が上った。



 ここでの出来事。
 そして恋愛相談。

 それをイコールで結ぶとつまりそれはつまりそれはつまりそれは。

「す、好き、な、人って……お、俺のこと……?」
「……ッ!」

 俺も引きつったような声が出てしまい、彼女がますます体を固くする。
 どう声をかけていいのかさっぱり分からず、何とも言えない沈黙がしばらく続いた。

「あの……」
「……やっぱり、今のなし~……!」
「え……?」
「……忘れて……」
「…………うん…………って、忘れられるわけ、ねーでしょ……」
「……でも忘れて~……」

 ワガママか。

 俺は軽く頭を掻くと、制服の胸ポケットに差し込んでいたスマホを取り出した。
 小説、ランキング、という言葉で、引っかかったことがあったのだ。

「あの、さ……話進まねーから悪いけどこれ見て」
「……恥ずかしいからヤダ~……」
「いや、いいから見ろって」

 悪いと思いつつも腕を掴む。
 しかし無理やり引っ張るわけにもいかず、しばらく力を入れたままの腕に手を添えたまま待っていると、彼女はタオルを少しだけずらして目元だけを覗かせた。

 上目遣いに潤んだ目で見つめられて、また恥ずかしさがこみ上げてくるが、グイッとスマホの画面を彼女の前に突き出す。

「その読んだ小説って、もしかして、これ?」

 表示した画面を見て、彼女が目をまん丸にした。

「え……なんで……?」
 
 俺はゴクリと唾を飲んだ。

 これを言ったら嫌われるかもしれない。
 でも、言わなくちゃいけない。

 だって、彼女は誤解しているから。

「君の友達は、君を裏切ってない」
「え~……?」

 表示したスクショ。
 それは、俺が彼女に自慢しようとしていたものだった。

「……俺『実体験を元に小説を書いたらいい』って言われて……でも、自分のことそのまま書くの、恥ずかしいし……」

 ぶっちゃけ、ここでの出来事を書いたのだ。
 ただ、ちょっとだけ話を変えてある……彼女の立場から、書いてみたのである。

 そのスクショは。
 彼女が休み始めた日の、ランキングの5番目に自分の小説が表示されていた時のものだった。
 

「俺も……同じ気持ちでいてくれたらいいな、って……思いながら、これ、書いたんだ」


 彼女と話す機会ができて嬉しかった。
 それが、昼休みのほんの短いやり取りでも。

 でも、それが彼女を傷つけるなんて少しも思ってなかった。

「だから……君の友達は、君を裏切ったりなんかしてない……俺が、書いたんだ」

 先ほどとは違う沈黙。
 その目を見続けることが出来なくて、俺は顔を伏せてボソリとつぶやいた。

「ごめん……」

 せっかく、告白? されたのに。
 これで嫌われるかと思うと、すげー怖い。

 でも、友達に裏切られたと思い込んだままにするのはダメだと思った。

 俺が腕とスマホを離すと、彼女が小さくつぶやいた。

「じゃ……私……早とちり……」
「ほんとごめん……」

 顔を上げると……彼女は怒っていなかった。

 ますます顔を真っ赤にしながら、タオルを取っていて。

 そのはにかむように八重歯を見せたその笑顔は、今まで見たどんな彼女の表情より、可愛かった。

「……恥ずか、しぃ……けど、嬉しい……」
「怒って、ないの?」

 まさかこんなことになるなんて、俺だって思ってなかったからすげー恥ずかしい。
 書いた小説の中身を知ってる奴に読まれるのってこんなに恥ずかしいのか。

 そりゃ全力で隠すわ。
 そんな風に思いながら、彼女の返事を待っていると、やがて首を横に振る。

「だって~……実体験を元に書いたらってゆったの、私だし~……」
「そ、れはそうだけど……」

 怒ってないことに安堵はしたものの、それ以上何を喋っていいのか分からなくて。

 そのまま、結局チャイムが鳴るまで、俺たちは黙り込んでいた。

※※※


 そうしてしばらく経ったある日。

 その日も、俺はいつも通りに非常階段に向かう。
 すると、今日は彼女が先に来て、スマホでいつも通りに小説を書いていた。

 俺は書くのをやめた。
 確かに面白かったけど、やっぱり自分には向かないと思ったからだ。

 読んでいる方が楽しい。
 あの小説はもったいなかったけど消したし。

 それにもう、俺には書く必要なんか、なくなったのだ。

「昨日の更新分、どうだった~?」

 会うなり問いかけてくる彼女に、俺は笑顔でうなずく。

「面白かったよ」

 少し経って教えてもらった彼女の小説は、時々文章が変なこともあったけど、素直で分かりやすくて、何より俺にとっては面白かった。

 だから文章が変なところだけは言うけど、楽しく読ませてもらっている。
 彼女も最初は恥ずかしがっていたけど慣れたみたいだ。

「飯は?」
「今から~。一緒に食べようと思って~。今日遅かったね~?」
「職員室に呼び出された」
「なんで~?」
「進路指導」

 そんなたわいもない会話をしながら、俺たちは並んで飯を食う。

 それが終わると彼女は、俺が開いた足の間にちょこんと腰掛けて、スマホに目を落とす。
 俺も同じようにweb小説を読みながら、時々目を上げる。

 別に会話もないけど、心地よい。
 『好きだったあの子』は今、目の前で小説を書いている。



 ーーー俺は、それを今日も後ろから眺めるのだ。


 
 
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