上 下
5 / 6

彼女に、思いがけないことを言われました。

しおりを挟む

 結局それから三日。

 週の明けた今日も、彼女は教室に来なかった。

「どうしたんだ……?」

 正直心配だった。
 しかし連絡しようにも、ラインすら知らないのでどうしようもない。

 クラスの女子に軽く声をかけてみたが、誰も知らないらしい。
 あまり深く突っ込むと、それはそれでこっちがなんでそんなに気にしているのかがバレる恐れがあった。

 ここ最近ちょっと会話するようになっただけで、話しかけなかった今までと何も変わらないのに、味気ない。

 何もできない、理由も分からない程度の関係。
 そんな自分にイライラしながら、スマホの画面に目を向けた。

 表示しているのは、俺が書いた短編のスクリーンショット。

 彼女のアドバイスに従って『自分の体験からお話を書く』という言葉から、書いてみたものである。

 我ながら大した出来栄えでもなさそうだし、実体験を元にしているから少し気恥ずかしかったが……。

 投稿サイトに登録して、四苦八苦しながら出してみたら、ポイントが入ったのだ。

 しかもそれが、思いのほか好評だったようで、感想までもらった。

 少し、いやかなり嬉しくて自慢しようと思った矢先に、彼女がこなくなってしまったのである。

「……なんかつまんねーな」

 せっかく一緒に盛り上がれそうだったのに……そんな風に思いながらふと目を上げると。



 ーーー校門のほうから、彼女が歩いてくるのが見えた。



「来た……!」

 非常階段の踊り場で思わず立ち上がる。
 なんで休んでたんだろう、風邪か何かか、と訊こうとしたが。

「あ、え……?」

 近づいてきた彼女の目が腫れぼったく、目元が赤くなっているのを見て、疑問が吹っ飛んだ。

 泣い、てる?

 そう気づいて、俺は一気に混乱して青ざめる。

「な、なんで泣いてんの!?」

 ちょっとパニックになりながら階段を降りて小走りに近づくと、彼女はこっちを見てまた泣き出した。

「何かあったのか!?」
 
 学校に来る途中に怖い目にでも遭ったんだろうか、と不吉な予感が頭をよぎる。
 しかし、鼻をすすり上げた彼女が言ったのは、意外な言葉だった。

「わ、私の、こと、勝手にネットに、書かれた……」

※※※

「……どういうこと?」

 学校のグループラインとか、裏チャンネルとかだろうか。
 そこで何かを書かれて、それがショックで休んでいたのか。

 イジメ、という単語が頭を過ぎる。

 実際、中学の時はたまに見かけた。
 自分が関わったことはなかったが、そういうのを軽い気持ちでやる奴らが絶対いるのだ。

 本人たちはからかってるつもりだったり、悪意があったり色々だけど。

 だが彼女は、クラスで浮いているというほどではない。
 同じように派手な見た目の連中と話していたりすることは多いが、仲が悪いようには見えなかった。

 それとも見た目だけで、実際は誰かにイジメを受けていたのだろうか。

「く、クラスで……なんかあったの?」

 俺が恐る恐るそう問いかけると、彼女は首を横に振った。

「とりあえず、座る?」

 日差しの下はそれなりに暑い。
 彼女がコクリと頷いたので、いつもの非常階段で日陰に座った。

「で……なんで休んでたの?」
「わ、私、ね」

 グス、と彼女が鼻をすすりあげて、手に握っていたタオルで顔を拭う。

「と、友達に一個、相談してたことがあって……」
「うん」



「それがね……好きな人の、こと、だったの」



 そう言って彼女は、少し微笑んだ。
 鼻の頭も赤いし、元々薄い化粧も落ちかけていたが……それでも、久しぶりに見た彼女の顔は可愛いと思った。

 だが同時に、俺はショックを受ける。

 好きな人のことを。
 それはつまり、恋愛相談だ。

 彼女に、好きな人がいる、という話なのだ。

 ぐら、と視界が揺らぐ中で、すぐに彼女の表情も強張って話を続ける。

「その、話を……勝手に、書かれて……」
「……ひでーな」

 なんとか、言葉をそうひねり出した。

 誰なんだろう。
 彼女の好きな人って、誰だ。

 ネットにそれを書いたやつがいる、というのと同じくらい、それが気になった。

 誰だ。そんで、それを書いたのはどこのどいつだ。
 混乱した頭で疑問と怒りに翻弄される。

 だが、しばらく黙りこくっている間に、少しだけ落ち着いた。
 またタオルに顔を埋めてしまった彼女の背中に、ためらいながら手を伸ばす。

 好きな人がいる子の体に触るのはどうなんだろう、と思いながらだったが、彼女は抵抗しなかった。

 細い背中をさする手に、ブラのホックの感触が当たり、さりげなく手を下にずらした。

 こんな時なのに。
 いや、こんな時だからか。

 温かく、少し汗で湿った彼女の背中に触れていることを嬉しいと感じる俺自身に、どうしようもない自己嫌悪を覚えた。

 ……俺ってほんと、どうしようもねーな。

 そんな風に思うとさらに頭が冷えたので、彼女に問いかけてみる。

「書かれたの、どんな話だったか、聞いても……? あ、内容とかじゃなくてその、状況っていうか」

 うまいこと言えなかったが、意図は伝わったようで、彼女は顔を上げないまま答えを返してくれる。

「その、相談してた子以外、誰にも言ってないのに……見つけちゃったの~」

 話が書かれていたのは、小説の投稿サイトだったらしい。

 知らないアカウントの投稿。
 何気なくランキングで見かけたそのタイトルが気になって開くと、自分のことが書いてあったのだと。

「ランキング見ない、って言ってなかった……?」
「君が言ってたから~……面白そうな小説を、タイトルが分かりやすかったから、見てみたって~」

 そう言えば、そんなことを言った気がする。

「……だから、どんなのが分かりやすいんだろう、と思って~……気になったのを見たら……!」
「それが自分の話だったのか」

 そりゃ驚いただろう。
 だが、俺は疑問に思った。

「でも、それが自分のことだってなんで分かったんだ?」

 小説なんていっぱいあるし、偶然なんてことはないとは言わないけど、ありえるだろう。

「本名で書かれてたとか?」
「名前はもじってあった、けど。でも~」
「それが相談相手のかは分かんないんだろ……? その、相談相手には確かめてみたの?」

 彼女は、その言葉に首を横に振る。

「じゃ、やっぱりまだ分かんないじゃん」
「違う……あれ、絶対私のこと……だって~……」

 彼女はますます体を小さくして、消え入るような声音で言った。



「この、非常階段の、話……だったんだもん~……」



 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

薬術の魔女の結婚事情【リメイク】

しの
恋愛
『身分を問わず、魔力の相性が良い相手と婚姻すべし』  少子高齢化の進む魔術社会でそんな法律が出来る。それは『相性結婚』と俗世では呼称された。  これは法律に巻き込まれた、薬術が得意な少女の物語—— —— —— —— —— ×以下 中身のあらすじ× ××  王家を中心に複数の貴族家で構成されたこの国は、魔獣の襲来などはあるものの隣国と比べ平和が続いていた。  特出した育児制度も無く労働力は魔術や魔道具で補えるので子を増やす必要が少なく、独り身を好む者が増え緩やかに出生率が下がり少子高齢化が進んでいた。  それを危惧した政府は『相性結婚』なる制度を作り上げる。  また、強い魔力を血筋に取り込むような婚姻を繰り返す事により、魔力の質が低下する懸念があった。その為、強い血のかけあわせよりも相性という概念での組み合わせの方が、より質の高い魔力を持つ子供の出生に繋がると考えられたのだ。  しかし、魔力の相性がいいと性格の相性が良くない事が多く、出生率は対して上がらずに離婚率をあげる結果となり、法律の撤廃が行われようとしている間際であった。  薬作りが得意な少女、通称『薬術の魔女』は、エリート学校『魔術アカデミー』の薬学コース生。  第四学年になった秋に、15歳になると検討が始まる『相性結婚』の通知が届き、宮廷で魔術師をしているらしい男と婚約する事になった。  顔合わせで会ったその日に、向こうは「鞍替えしても良い」「制度は虫よけ程度にしか使うつもりがない」と言い、あまり乗り気じゃない上に、なんだかただの宮廷魔術師でもなさそうだ。  他にも途中で転入してきた3人もなんだか変なやつばっかりで。  こんな感じだし、制度はそろそろ撤廃されそうだし。アカデミーを卒業したら制度の通りに結婚するのだろうか。  これは、薬術の魔女と呼ばれる薬以外にほとんど興味のない(無自覚)少女と、何でもできるが周囲から認められず性格が歪んでしまった魔術師の男が制度によって出会い、互いの関係が変化するまでのお話。

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する

真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。

処理中です...