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異世界食材で親子丼!⑨
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親子丼は簡単なようで実は奥が深かったりする。
温かな家庭料理の代表格とされる飯であり、俺も小さい頃はお袋によく作ってもらったものだ。
大学に入ってからは比較的簡単で、そして美味いということもあって、一時期とてもこだわっていた時期もある。
店主やその奥さん、そして鳥の卵を生で食って食中毒を起こしたがために異様な警戒心を持つルーナを満足させるにはうってつけの一品というわけだ。
「さて……と、とりあえず米はレンジでチンしておけばいいとして、問題は……」
俺は龍人族の店主グレインさんから手渡されていた紅鳥のモモ肉をまずは一口サイズに切っていく。
この世界ではなかなか見ることのできないマイキッチンに興味津々なのか、道行く人々はこぞって俺の調理風景を眺めていく。
さらには、高貴そうな服を着たおっちゃんが遠目からじっと見ている。
そして棚から取り出すのはダシにするための醤油、みりん、そしてだし汁、砂糖の四つだ。
主にこれらを使っておけば大抵のものは美味くなる魔法の調味料たちだ。
料理の砂糖塩酢醤油味噌はどこへ行っても無敵なのは変わりない。
俺は小さめの鍋の中に醤油を大さじ二杯半、みりんを大さじ四杯、そしてダシの素の粉を水に溶かして作ったダシ汁を大さじ四杯入れて一気にコンロに火をつけた。
しばらくすると鍋の中では細かなダシの顆粒が水の対流によってぐるぐると回っている。
「おにーちゃん、何してるのー?」
声をかけてきたのは一人の少女だった。おおよそ十歳前後といったところか。
ふと周りを見回してみると、そこには結構な数の見物人がいた。
異世界であるこの世界ではやはり俺の調理風景はよほど珍しいらしい。
「飯を作ってるんだ。それはそれは美味ーい飯をな」
俺が短くそう告げると、少女は「へ~」となおも興味津々な様子で鍋の中で対流を繰り返す親子丼のダシを見つめていた。
俺は台所の下から、紅鳥を取り出した。すると、見物客は我に返ったかのようにそそくさとその場を離れていく。
まるで、汚いものを見るような、そんな目で――。
「……ぐ……」
いつの間にか俺の後ろで、調理姿を見ていた龍人族のグレインさんの眉間に皺が寄る。
「まぁまぁ。落ち着いてくださいよ」
ダシがほどよく煮詰まったと同時に、俺は紅鳥を鍋の中に入れた。
濃厚な汁に絡まりつつ、タレの動きに合わせて鍋の中で踊り狂うその紅鳥を横目に、俺は切っておいたタマネギも投入した。
タマネギが、そして肉がタレに絡みつく間に、俺は次なる作業に取りかかった。
――悪の実。
真っ白い卵殻に包まれたそれを、キッチンの角でヒビを作る。
緑色のボールにそれを二つ割れば出てくるのは黄金色の卵黄と粘り気のある卵白。
なるほどこれを見た途端に見物客がまたまた減っていく。
中には、気持ち悪いとさえ揶揄して去って行く者すらいる。
全く……日本には伝説の卵かけご飯があることを教えてやりたいぜ。
まぁ、この世界で生卵を安全に食すことは極めて困難なのだろうが……。
グレインさんからかりた悪の実は合計四つ。おおよそ二杯分作るにはちょうどだ。
四つの悪の実をかき混ぜる。卵白と卵黄が絶妙に絡まり合い、ふんわりとした香りが鼻腔に入っていく。
……とはいってもこのまま食ったら俺は食中毒でトイレに籠もることになるだろう。
俺はふつふつと煮立ち、香ばしい醤油と甘い砂糖が合わさったようなタレは、その場の匂いだけで俺の腹の奥へ摂食中枢が刺激されていく。
ぷすりと、爪楊枝で煮立つ肉をさして、中を割ってみる。
先ほどの下級龍アリゾールとは違い、濃厚な肉汁がぽたり、ぽたりと鍋の中に落ちていく。
というか、紅鳥に関しては現世日本のそれよりも品種的に優秀なのだろうか。
ちゃんと中まで火が通っていることを確認して、俺は湯気の立ちこめる肉を一つ、口に入れた。
「……むぅ」
突如、口の中に広がるタレは紅鳥から染み出た肉汁によりほどよいジューシーさとあっさりを演出。肉の隅々までしっかりと渡ったタレが舌の奥の味蕾の端まで行き届く。
「わ、私にも……食べさせてもらえないだろうか!!」
俺の調理風景を見ていたグレインさんが、たまらずといった様子で俺に紅鳥をせがみにくる。
だが、だめだ。
今はだめなんだ。
この人には、もっと最上に美味い状態で食してもらわなければ意味がないんだ。
「すみません、もう少し、美味くなるんです。それまで、少しだけ――」
俺は笑みにも、苦笑いにもなっているであろう顔をしていたに違いない。
溶いた卵を、鍋壁からゆっくりと、円を描くようにして鍋の中に入れていく。
少し塩辛いタレ、そしてジューシーな肉汁。そこに卵の醸し出す甘みが加われば、それはこの世で類を見ない最強の食と化すことは日本人ならば誰でも知っていることだ。
紅鳥と悪の実。世間の人々が勘違いして生卵を食べてしまい、食中毒を起こしたがために不遇の運命を辿っている庶民食材。
親子丼とは、家庭の味だ。
ここに白米があるかどうかは分からない。だが、現世日本では家庭の味として大人から子供まで、老若男女に慕われている親子丼を世界に広めるのは俺の使命ともいえるだろう。
「あと五分です」
俺は、呆気にとられるグレインさんに右手で数字の五を示した。
「ルーナ、キッチンの上に大きな丼の皿があるんだ。とってくれ」
「は、はいっ!」
ふと、後ろでずっと黙っていたルーナに目線をやると、初めてラーメンを食べたとき同様、尻尾も耳もぴこぴこ動いている。なんだかんだで楽しみなんじゃないか。
その瞳にはまだ若干不安もあるように思えるが…………。
「白米は……まぁ、チン米でいいか」
そういえば、冷蔵庫の中にタッパーに詰めた白米があったな。米はそれを使おう。
米とて、無限ではないのだ。キッチン下の米櫃の残量も後で確認しておかないと――。
そんなことを考えていると、五分がたつ。
やはりそれでも、鍋の隙間から醸し出される風味は隠しきれないようで、再び多数の見物客がいた。
グレインさんに、ルーナに、そしてこの場にいる匂いにつられた全員の人々に対し、俺は静かに宝玉の潜む鍋の蓋を開けたのだった――。
温かな家庭料理の代表格とされる飯であり、俺も小さい頃はお袋によく作ってもらったものだ。
大学に入ってからは比較的簡単で、そして美味いということもあって、一時期とてもこだわっていた時期もある。
店主やその奥さん、そして鳥の卵を生で食って食中毒を起こしたがために異様な警戒心を持つルーナを満足させるにはうってつけの一品というわけだ。
「さて……と、とりあえず米はレンジでチンしておけばいいとして、問題は……」
俺は龍人族の店主グレインさんから手渡されていた紅鳥のモモ肉をまずは一口サイズに切っていく。
この世界ではなかなか見ることのできないマイキッチンに興味津々なのか、道行く人々はこぞって俺の調理風景を眺めていく。
さらには、高貴そうな服を着たおっちゃんが遠目からじっと見ている。
そして棚から取り出すのはダシにするための醤油、みりん、そしてだし汁、砂糖の四つだ。
主にこれらを使っておけば大抵のものは美味くなる魔法の調味料たちだ。
料理の砂糖塩酢醤油味噌はどこへ行っても無敵なのは変わりない。
俺は小さめの鍋の中に醤油を大さじ二杯半、みりんを大さじ四杯、そしてダシの素の粉を水に溶かして作ったダシ汁を大さじ四杯入れて一気にコンロに火をつけた。
しばらくすると鍋の中では細かなダシの顆粒が水の対流によってぐるぐると回っている。
「おにーちゃん、何してるのー?」
声をかけてきたのは一人の少女だった。おおよそ十歳前後といったところか。
ふと周りを見回してみると、そこには結構な数の見物人がいた。
異世界であるこの世界ではやはり俺の調理風景はよほど珍しいらしい。
「飯を作ってるんだ。それはそれは美味ーい飯をな」
俺が短くそう告げると、少女は「へ~」となおも興味津々な様子で鍋の中で対流を繰り返す親子丼のダシを見つめていた。
俺は台所の下から、紅鳥を取り出した。すると、見物客は我に返ったかのようにそそくさとその場を離れていく。
まるで、汚いものを見るような、そんな目で――。
「……ぐ……」
いつの間にか俺の後ろで、調理姿を見ていた龍人族のグレインさんの眉間に皺が寄る。
「まぁまぁ。落ち着いてくださいよ」
ダシがほどよく煮詰まったと同時に、俺は紅鳥を鍋の中に入れた。
濃厚な汁に絡まりつつ、タレの動きに合わせて鍋の中で踊り狂うその紅鳥を横目に、俺は切っておいたタマネギも投入した。
タマネギが、そして肉がタレに絡みつく間に、俺は次なる作業に取りかかった。
――悪の実。
真っ白い卵殻に包まれたそれを、キッチンの角でヒビを作る。
緑色のボールにそれを二つ割れば出てくるのは黄金色の卵黄と粘り気のある卵白。
なるほどこれを見た途端に見物客がまたまた減っていく。
中には、気持ち悪いとさえ揶揄して去って行く者すらいる。
全く……日本には伝説の卵かけご飯があることを教えてやりたいぜ。
まぁ、この世界で生卵を安全に食すことは極めて困難なのだろうが……。
グレインさんからかりた悪の実は合計四つ。おおよそ二杯分作るにはちょうどだ。
四つの悪の実をかき混ぜる。卵白と卵黄が絶妙に絡まり合い、ふんわりとした香りが鼻腔に入っていく。
……とはいってもこのまま食ったら俺は食中毒でトイレに籠もることになるだろう。
俺はふつふつと煮立ち、香ばしい醤油と甘い砂糖が合わさったようなタレは、その場の匂いだけで俺の腹の奥へ摂食中枢が刺激されていく。
ぷすりと、爪楊枝で煮立つ肉をさして、中を割ってみる。
先ほどの下級龍アリゾールとは違い、濃厚な肉汁がぽたり、ぽたりと鍋の中に落ちていく。
というか、紅鳥に関しては現世日本のそれよりも品種的に優秀なのだろうか。
ちゃんと中まで火が通っていることを確認して、俺は湯気の立ちこめる肉を一つ、口に入れた。
「……むぅ」
突如、口の中に広がるタレは紅鳥から染み出た肉汁によりほどよいジューシーさとあっさりを演出。肉の隅々までしっかりと渡ったタレが舌の奥の味蕾の端まで行き届く。
「わ、私にも……食べさせてもらえないだろうか!!」
俺の調理風景を見ていたグレインさんが、たまらずといった様子で俺に紅鳥をせがみにくる。
だが、だめだ。
今はだめなんだ。
この人には、もっと最上に美味い状態で食してもらわなければ意味がないんだ。
「すみません、もう少し、美味くなるんです。それまで、少しだけ――」
俺は笑みにも、苦笑いにもなっているであろう顔をしていたに違いない。
溶いた卵を、鍋壁からゆっくりと、円を描くようにして鍋の中に入れていく。
少し塩辛いタレ、そしてジューシーな肉汁。そこに卵の醸し出す甘みが加われば、それはこの世で類を見ない最強の食と化すことは日本人ならば誰でも知っていることだ。
紅鳥と悪の実。世間の人々が勘違いして生卵を食べてしまい、食中毒を起こしたがために不遇の運命を辿っている庶民食材。
親子丼とは、家庭の味だ。
ここに白米があるかどうかは分からない。だが、現世日本では家庭の味として大人から子供まで、老若男女に慕われている親子丼を世界に広めるのは俺の使命ともいえるだろう。
「あと五分です」
俺は、呆気にとられるグレインさんに右手で数字の五を示した。
「ルーナ、キッチンの上に大きな丼の皿があるんだ。とってくれ」
「は、はいっ!」
ふと、後ろでずっと黙っていたルーナに目線をやると、初めてラーメンを食べたとき同様、尻尾も耳もぴこぴこ動いている。なんだかんだで楽しみなんじゃないか。
その瞳にはまだ若干不安もあるように思えるが…………。
「白米は……まぁ、チン米でいいか」
そういえば、冷蔵庫の中にタッパーに詰めた白米があったな。米はそれを使おう。
米とて、無限ではないのだ。キッチン下の米櫃の残量も後で確認しておかないと――。
そんなことを考えていると、五分がたつ。
やはりそれでも、鍋の隙間から醸し出される風味は隠しきれないようで、再び多数の見物客がいた。
グレインさんに、ルーナに、そしてこの場にいる匂いにつられた全員の人々に対し、俺は静かに宝玉の潜む鍋の蓋を開けたのだった――。
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