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エピローグ
しおりを挟む「グラントへルムの素材はこれで運び終えました。して、ドレッド王。これからはどのように?」
大隊一個を使って10メートルほどあったグラントへルムの素材を運び終えたグスマンはドレッド王の前に膝をついた。
「そうじゃのー」
ハンバーグをぺろりと平らげたドレッド王は、考え込むようにして王都を覗き込む。
傷一つつかない王都だ。防御魔法術式は正常に働いていたようだが、所々に亀裂が走っていた。
そばには防御魔法術式の作動のために魔法力を注ぎこみ続けた兵が、疲労困憊といった様子で地面に転がっている。
「のぅ、タツヤ。お主、まだ動く元気はあるかの?」
ドレッド王は達観した様子で王都全体を見渡した。
俺はうずくまるルーナの頭を撫でながら、首肯する。
それを見たドレッド王はにやり、不適な笑みを浮かべた。
「よし、グスマン。王宮庭に先ほどのグラントへルムの肉をかき集めるのじゃ。タツヤ。お主はそこで出来うる限り『はんばーぐ』とやらを作って今回奮闘した兵達に振舞ってやってはくれんかの?」
「ハンバーグを……ですか」
「うむ。こちらからの人員として、エルドキアとアマリアを貸し出そう」
えっへんと胸を張るドレッド王。その頭を叩いたのはエルドキアだ。
「うむ、愚王にしては賢明な提案じゃの。アマリア、異論はないな?」
「もちろん、ありません。1000年前もグレイス王が傷ついた皆に龍肉を手配したのを覚えています。賢明なご判断かと」
にっこりと笑みを浮かべるのはアマリアさん。
そんな彼女は手をパンと叩いてエルドキアと向き合った。
「タツヤ殿。こちらの陣営からは私アマリア・ステルとエルドキア・グレイス様、グスタフ、グスマンにドレッド・グレイス様を主としてタツヤ殿のお手伝いをさせてもらえないでしょうか」
「余も参加するのか!?」
「なぜ俺まで……」
「ドレッド様の提案ですし、グスマンはそれくらいの罪滅ぼしをして当然だと思われますが」
アマリアさんの剣幕に押されてため息をつく二人の姿に、エルドキアはにししと小さく笑った。
〇○○
一夜明け、空はかすかに白みを帯びてきた。
最後のハンバーグ作りを終えたアマリアさんがふぅと小さくため息をつく。
あれから夜を通して6人が代わる代わるハンバーグを作り、傷ついた兵や不安がっていた民に振舞い終わるとどっと疲れが感じられた。
「んがぁ……王位に就いて最も辛かったのがこれじゃとは……難儀じゃの」
「ドレッド王。お疲れ様でした。エルドキア様も、ありがとうございました」
「当然じゃ! 美味しいものは皆で食べてこそ美味しいのじゃ!」
満身創痍のドレッド王、アマリアさん、エルドキア。グスマンは深夜帯に随分と張り切って連続した工程をこなしたこともあって仮眠を取っている。
何だかんだ、文句を言いつつも仕事の飲み込みもこなしも抜群に速かったのも、グスマンだ。
「これで、何とか終わりましたね」
くたくたになって眠るのは、ルーナだ。
疲れ切った身体をだらりと伸ばして俺の膝の上で眠る彼女を見ながら、アマリアさんはつぶやいた。
「これで、かつての方々にも笑顔で報告できますよ」
そう、遠く空を見上げるアマリアさんの金髪がふわりと風に揺れた。
そんな俺たちのもとに、疲労の色隠せない幼王がやってくる。
「皆の者、大儀であったぞ。特に……タツヤとルーナ。そなたらには随分と世話になった」
呼ばれてから、ルーナの耳がぴくりと跳ねた。
「んにゃ?」と目を擦りながら起き上がるルーナを一瞥して、ドレッド王は告げる。
「主らにはそれ相応の報酬を与えねばと思ってな」
「……宮廷勤めの調理人は、なしですよ?」
「うむ。じゃからこそ、王都にて、民に飯を振る舞う食堂を新設しよう。それはお主らの希望でもあるじゃろ?」
「俺たちの……希望?」
「昨晩、はんばーぐを作っている際にルーナが言っておったぞ。将来は、タツヤと共にたくさんの料理をつくって、たくさんの人に振る舞って、たくさんの人を笑顔にしていきたい、とな」
そう言いながら、ドレッド王は広場を見渡した。
一切れずつだが、ハンバーグを口にして笑みを浮かべる兵や、民の間に垣根など存在していなかった。
皆が皆、笑顔で。それでいて、楽しそうに食卓を囲んでいるかのようなその様子にドレッド王は笑みを浮かべる。
「まぁ、気持ちは分らんでもないがな」
ぽつり、呟いたドレッド王は恥ずかしそうに踵を返す。
「ともあれ、余の気が変わらぬうちに返答することじゃの」
スタスタとぶっきらぼうに王宮内に入っていくドレッド王を見ながら、アマリアさんは苦笑を浮かべる。
「もっと、タツヤ殿の作った料理を食べたいのですよ。ドレッド王のためにも、受けてほしいですし……これはタツヤ殿にとっても、悪いお誘いではないのでは?」
そんなアマリアさんの問いに、俺はルーナの頭をそっと撫でながら、考え込んだ。
笑顔の絶えないこの場を作ったのは、間違いなく「ハンバーグ」の存在だ。
この世界にはまだまだ未開拓の調理法があるし、それを俺は持っている。
はたまた、俺の知らない調理法もこの世界にはごまんとある。
「……俺は――」
ルーナが起き上がってくると同時に、俺は、俺なりの答えを見出していた――。
〇〇〇
「……で、本当にいいんですか? タツヤ殿」
「はい。ルーナとも話し合って決めたことなので」
「私はタツヤ様の意思をいつでもどこでも全面尊重なのです!」
「ンヴァァァァッ!!」
「相変わらず騒がしい奴らじゃのぅ。妾のオリーブオイルを使った恨み、まだ忘れてはおらんからの!」
「なんで余まで駆り出されなければならんのじゃ……寝ておったのだぞ……王を無理矢理起こすなど……打ち首じゃ……」
王都エイルズウェルトの最南端に集まった面々。
荷台に手持ちキッチン一式を詰め込んで運ぶのは、さらに大きくなったウェイブ。
グラントヘルムの王都襲来事変からはや一か月。
王都の混乱も完全に収まり、町はいつもの様相を取り戻していた。
寝ぼけ眼を擦り、耳をほじくりながらドレッド王は疲れたように呟いた。
「今までご苦労じゃったな。おかげで、着工は今日からすでに始まっておるわ。そちらの指揮はグスマンがとっておる。奴なりの贖罪のつもりじゃろうな。ま、あやつに任せておけば、下手はないじゃろ」
「ありがとうございます。キッチンの配置もうまいこと決まって、安心しましたよ」
一年。
それが俺たちに与えられた修業期間だ。
アマリアさんは白い図面を見ながら俺たちに告げる。
「ここからおおよそ、一年をかけて王都最高峰の料理店を完成させることを約束いたします。クセル王国の、グレイス王朝の威信にかけて。タツヤ殿、ルーナ殿の健闘を祈ります」
アマリアさんの求める握手にこたえる俺とルーナ。
旅路の準備は万全だ。
「俺たちも一年かけて様々な土地で料理と、食材と、調理法を見つけてきます。一年後に元気な姿で会えることを楽しみにしていますよ」
「ルーナぁぁぁぁ! また戻ってくるのじゃぞー! 妾が友よ……友よー!」
「エルドキアも元気でいてくださいよ! 私の料理をいの一番に食べてもらうのは、エルドキアなんですからね!!」
「もちろんじゃ! もちろんじゃとも!」
傍で涙を流しながら抱き合う二人。
「いつのまにこんなに仲良くなってんですかこの二人」
「……タツヤ殿が料亭の着手お手伝いをしている間に、随分と仲良くなられたそうですね……。良いことです。あのエルドキア様にお友達が……!」
日は南中。
正午をまわり、暖かいそよ風が俺たちを優しく包む。
「行ってきます。皆さん、よろしくお願いします」
「お元気で! お元気でー!」
「ンヴァァァァァッ!!」
ウェイブが一つ、大きな鳴き声を上げて歩みを進める。
カタカタと小さく揺れる荷台を一瞥しつつ歩いていくと、あっという間にエイルズウェルトが小さくなる。
それでもこちらに手を振ってくれている3人の姿に、ルーナはずっと手を振り続けていた。
「タツヤ様、今度はどこに向かわれます!?」
「そうだな……いつかグレインさんが言っていた、サラスディア大陸に向かいたいな。あそこには龍人族もたくさんいるらしいし、グレインさんも話はつけておくって、この前来た宝珠玉《ルービエ》配達便にも書いてあった。ホント、頭が上がらないな……」
「サラスディア大陸……! 私も行ったことがないから、楽しみです!」
「それはそうと、お前さっきから持ってるその本はなんなんだ」
ルーナが歩きながら読んでいるのは、一冊の本だ。
「今王都で空前の大ブームを引き起こしている料理本です!」
「『――異界からの使者!? 敏腕料理人少年と獣人少女の軌跡に迫る!~世界を旅して作った飯~』……? って、なんだこりゃ」
「私が取材を受けていたのがそのまま掲載されたんです! エイルズウェルト史上最速の売れ行きだそうですよ!」
「いつの間にお前は勝手にそんな取材受けてたんだ!?」
「タツヤ様の知名度アップと名誉に貢献できるのであれば、努力は惜しまない所存です! タツヤ様はすごいのです!」
「あのなぁ……」
小さくため息をつくも、心底うれしそうな笑顔を浮かべるルーナの姿に、思わず笑みがこぼれてしまった。
空は晴天。
雲一つない青空が広がっている。
そんな青空の下を歩く俺たちの道は、はるか水平線の彼方まで続いていた――。
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