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時空龍のハンバーグ②

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 ウェイブが端で「ヴァッフヴァッフ」と嬉しさの雄叫びをあげるその横で、期待に胸を膨らませているのはルーナだ。

「ウェイブ、ウェイブ!」

「……ンヴァ?」

「そのお肉、おいしそうですね! 私にも――」

「おいこらバカお前のはこっちにもあるからもうちょっと待て」

 ウェイブが食べてる生肉にさえ手をつけようとしていたのかルーナ……。
 ルーナの首根っこを捕まえた俺はずりずりとキッチンまで引き戻した。
 口の端によだれを垂らしながら今にも空腹で昇天してしまいそうなルーナを横に、俺は捏ねた肉を成形していく。
 このままだとルーナの人としての尊厳やらプライドやらを全部ぶっ飛ばしてしまいそうだからな。
 片手におさまる程度に集めた肉を、キャッチボールの感覚で楕円状に丸めていく。
 パッフ、パッフと空気を含みながらまとまっていくその肉の姿に、ルーナも、アマリアさんも、エルドキアも、涙止まらない目をこするドレッド王も、グラントへルムの部位を続々と運び出すグスマンすらも目を留めていた。

「た、タツヤ殿のいた世界ではこんな不思議な作り方があるのですね……」

 生唾をごくりと飲み込んで、アマリアさんは呟いた。
 その間にも俺はコンロに火をつけて、フライパンに油を敷いた。
 強火に熱せられたフライパンの上に、成形したハンバーグの型を等間隔に6つを敷く。
 ジュワリ、音を立てて広がっていく。
 肉の底から白い仄かな香りが空間一体に広がっていった。
 綺麗に分かれた赤身と白脂、金色に光り輝く卵がフライパンの中で元気に踊り狂っている。
 パチ、パチと激しい音を鳴らしながら徐々に変色していく捏ね肉を一瞥しつつ、俺はフライ返しを手に取る。
 その一挙手一投足を見守る面々に緊張しながらも、フライ返しですべてをひっくり返すと歓声が起こる。蒸らし時間確保のために蓋を閉じてはや3分。蓋を開けると、若干の黒い焦げ目さえも透明な肉汁に包まれて光る。

「ふぉぉぉぉ……!」

 言葉を失ったルーナがひょこり、ひょこりと尻尾を可愛らしく動かしていたが、アマリアさんも目を輝かせている。ドレッド王とエルドキアは何か感情を抑えるかのようにお互い手をつなぎあっていた。
 表を二分、裏を二分焼いて出来上がったハンバーグを、あらかじめ用意しておいた六つの
皿に移す。
 真っ白い皿の上に置かれたハンバーグからは、白い湯気がもくもくと上がっていた。

「できましたよ、皆さん」

 俺の声に、はっとしたようにルーナがそれぞれにナイフとフォークを配り始める。
 眼前に置かれたのは、一つのハンバーグ。
 手に持ったナイフでハンバーグのくぼんだ真ん中を割ってみると、じゅわ~っと透明な肉汁が滝のように溢れ出て、ほろりと肉の塊が崩れだした。
 小さく一口サイズに切って持ち上げた瞬間に、驚くほどに重いのを感じていた。
 これが、1000年間という長い時を経て作り上げられたものかと思うと、文字通り重みが違う。
 香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。それを口に運んだ。噛み締めると熱々の肉汁がほとばしり、旨みが口いっぱいに広がる。

 肉の甘みと、玉ねぎの甘みが、舌先から、喉の奥へと。

 ふんわりとした食感。噛めば噛むほどに濃縮された甘さと香ばしさが温かく俺を包んでいく。
 口の中でとろける肉の塊。ごくりと、一つ飲み込むたびに肉汁の甘い香りと、肉そのものの味が口の中に何度も、何度も広がっていく。

「……?」

 ふと、気付いた。
 ハンバーグを見ていたはずの視界が大きくゆがんでいる。
 自分でも気付かないうちに涙を流しているなんて、思いもしなかった。
 人知れず流していた涙を服の袖で拭った後に、俺は隣を見た。
 意気揚々とハンバーグを貪る面々だったが、その直後にぴくりと動きが止まる。
 ドレッド王とエルドキアはお互いが顔を見合わせて、きょとんとした表情で固まっている。

「のぅ、エルドキアよ」

「……なんじゃ、兄様」

「この世の中に、こんな美味なものもあったんじゃな……」

「……奇遇じゃの。妾も同じことを考えておるわ」

 二人は同時にぱくり、ハンバーグを口にする。

「うんまいのじゃ! うんまいのじゃ! エルドキア! うんまいぞ!」

「兄様! うんまいのじゃ! うんまいのじゃー!」

 両手をぱたぱたと振るわせてお互いの頬を抓りあう幼い王族二人が、とても可愛らしく思えた。
 ぱくり、また一口と食べていく様子はいつまで見ても飽きそうにない。

「アステルぅ……グレイス様ぁ……ひぅっ……美味しいですぅ……」

 アマリアさんは遠い昔を思い起こしながら一口、一口嚙み締めるように味わっている。
 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、ハンバーグを口に含むその様子には、隣で見る王族二人が軽く引いていた。

 そして――。

 俺の右隣にいるルーナは、ハンバーグを口にしてからぴたりと動きが止まっていた。
 尻尾と両耳はピンと張り詰めて、頬を紅潮させて――まるで、涙を我慢するかのようにもふもふと口を動かす彼女の姿に、思わず笑みが零れる。

「喜んでもらえて何よりだ」

 頭をポン、とたたくと肩がぴくりと跳ね上がる。

「……えて――」

 ぽつりとつぶやいたルーナは、潤んだ瞳で俺のほうを向いた。
 
「タツヤ様に出会えて、本当に良かった……ですッ!!」

 唐突に抱き着いてくるルーナ!
 涙声を隠そうともせずに俺の胸で涙を流す。
 もふもふの尻尾が俺の背中に巻き付いていた。
 そんな彼女の頭を優しくなでてやる。

「いろいろ心配かけてごめんな、ルーナ」
 
 グラントヘルムの討伐には、いろいろな人に心配をかけた。
 特にルーナには、いくら感謝してもしきれない恩がある。
 緊張の糸がほぐれたからこそ、出てくる涙もあっただろう。
 俺の胸で小さく震える彼女の頭を、俺は何度も何度も撫でていた――。
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