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国と民

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「お、おまえ……!」

 優しげな声の主は、白い短髪を華麗に掻き上げた。
 先ほどまで王都全域を全速力で駆け回っていた優男。
 グレイス王はにへらとだらしない笑みを浮かべた。
 グラントヘルムの炎球が次々と綺麗な街並みを屠っていく。

「ぐ、グレイス王! 何を――!」

 アステルさんが地上に落ちると同時にその男に寄ったのはアマリア。
 王都に炎球が突撃すると同時に燃え上がる炎。
 その様子はさながら、火の海だ。

「――ッ」

 その光景を見て思わず身が震えていた。
 あの長い絵巻に書かれていたその通りの光景が目の前に広がっている。
 
「大丈夫だ。民達に影響はない」

 颯爽と王属のバトルドレイクに騎乗するグレイス王は平然と呟いた。

「民は皆、王宮近くの庭に避難しているよ。彼らには申し訳ないが仮に作った避難所の方に匿わせてもらっている。王都全域に防御結界を張っても、今の私たちの力じゃどうしようもならない。だけど、民を護れればいいじゃないか」

「そういう問題じゃない! お前が作り上げた王都が、王宮が――ここまで大きくした王都が被害を食っている! まだ俺はやれた! まだ俺は耐えられたぞ、グレイス!」

ここからグラントヘルムまではまだまだ距離がある。このままのスピードで突き進んでいっても、3分はかかるだろう。
 アステルさんは、先ほどまでの敬語を全て取っ払って――まるで旧知の仲のようにグレイス王を糾弾し始めていた。
 残り3分。バトルドレイクを傾けて走る俺たちの横に、グレイス王は苦笑いを浮かべる。

「レスタル王国をたった一代でここまでデカくしたお前ならその苦労は分かるはずだ。あの王都は護らなければならない! 後生のためにも――景観を、権威を保持するためにも――」

 そう言いかけて、アステルさんの顔の前に手を伸ばしたのはグレイス王。
 彼は冷たい瞳でアステルを一別した。

「アステル。君は一つ勘違いしているようだね」

 アマリア、グレイス王、アステルさん、そしてその後ろに騎乗する俺。
 そんな先頭集団の後方にある大隊は防御術式を張り巡らせていた。

「綺麗な街並み、舗装された道路、街路樹、整えられた家々に、立ち並ぶ露店。レスタル王国中央都市グレイスは確かに他国から見たら相当な先進国だろう。この街並みを見るためだけにグレイスを訪れてくる人もいるね。そんな人たちとのおかげでここまで繁栄してきたのもあるよ」

 グレイス王の言葉に、アステルさんは激昂する。

「だったら……ッ!」

 黒焦げた腕でグレイス王の襟首を掴んだアステルさんに、アマリアは「待って! アステル!」と制止にかかる。
 そんな様子でも、グレイス王は真摯だった。

「私たちが護らなければならないのは、何よりそこに住む『人』だよ、アステル」

「……? それは……当たり前だろう……」

「レスタル王国において大切なものは、後生のための景観か? 権威か?」

 グレイス王は後ろに続く大隊を一瞥して、「それは断じて否だ」と力強く呟いた。

「人がいれば、街は興る。でも、人なくして街はならない。人あっての国だ。土地があっても国はできない。街は10年もあれば再建しよう。だが、人の命は再興しないんだよ」

 アステルや、アマリアに続いて凶弾に倒れた兵士達を全員連れて、回復をしてまわるのはグレイス王直轄の軍勢だ。

「君のやり方が間違っているとは思わない。軍勢を率いる以上は全員が生き残る。街に災禍が訪れれば全員が助かる。それはとてつもなく頭も悪く、効率も悪い生ぬるい考え方かもしれない」

 「それでも――」と。グレイス王は燃え上がる街並みと、一カ所だけぽかんと空いた空間を見つめた。
 何重にも張られた強固すぎる防御術式は、王都の民をまるごと包み込んでいる。
 その中に入った民は不安そうにこちらを見つめているも、恐怖に戦く者は見られない。

 皆、グレイス王を信じていた。
 皆、俺たちを信じていた。

「それでも私は、王都ここにいる全員で祝杯をあげたいね。その後は、文字通りみんな・・・でゆっくり再興させていけばいいと思う。――もちろん、そこにはアステルきみもいなくちゃ話にならないからね」

 アステルさんの傷ついた背中をポンと叩いたグレイス王のその言葉に、アステルさんは言い返す言葉も見つけられないようだった。

「全員を……護って、勝つ……ですか……」

 アマリアも自身に与えられた大隊を振り返って、小さく呟いた。

「そのためにも、私は君を信じたいんだよ、タツヤ君」

 にこり、アステルさんの後ろの俺に声をかけてくるグレイス王。
 その瞳は、笑っていながらも本気そのものだった。

 そりゃそうだ。

 見ず知らずの俺を信じてくれた。
 見ず知らずの俺に王都の運命を担わせてくれた。
 普通ではありえない。ありえないからこそ、俺もそれに応えなければならない。
 残りは一分を切っていた。
 グラントヘルムも自らに近付く害虫《・・》を邪険に出来なくなったらしい。
 再び王都に向けていた攻撃先を一歩先に進むアステルさんと俺に向けられていた。

「――ここから先は私たちは邪魔だろう。アステル、任せられるかな?」

 軍勢を止めてグレイス王は小さく笑った。

「任せろ。生きて帰って・・・・・・酒でも交わそうぜ、王様」

「……そうだね。楽しみにしてるよ」

「アステル! 絶対、絶対帰ってきてよ! 絶対! 絶対だよ!」

「あぁ、だからアマリア。グレイス王をちゃんと護ってやってくれ」

 急ぐように手綱を再び締めたアステルさんは、俺に言う。

「ってなわけだ。用意はいいな――異世界転移者」

「……! はい……!」

 アステルさんは俺に手綱を握らせる。
 自身はその場で静かに目を瞑って、再度自身の台頭した剣を強く握った。

「ゴァァァァァァァァァァッ!!!!!」

 グラントヘルムは迫り来る害虫を叩き落とすかのように、右翼を大きくうねらせた。
 その先の鋭い爪が俺たちを今にも穿とうとしている。

「――全員で祝杯、か。甘っちょろい王様だと思わないか? タツヤよ」

「……俺のいた場所でも、それを貫こうとした人が、いましたよ」

 脳裏に過ぎるのは第三大隊を率いる大人アマリアさんの姿だった。

「ほう。お前のいた世界でもそんな甘っちょろい考えをもつ奴がいたのか」

「えぇ。あなたの教えを忠実に受け継いで、何百年も、王の傍らで支え続けている人が――」

「……む? 俺の教え……?」

 怪訝そうな表情のアステルさんは、迫り来る巨大な爪先に眼光を鋭く突きつけた。

「まぁいいさ。後のことはお前に任せる。俺は――!」

 アステルさんはすっと息を吸い、再び空へと駆けだした。

「ゴッアァァァァァァッ!!!!!」

「そんな甘っちょろい王様を護るために、馬鹿みてぇに力奮ってやるさッ!」

 それはまさに、一閃だった。
 グラントヘルムに突撃し、右翼の根元に一閃。
 剣腹を突きつけたアステルさんは、力のままに翼を根元から切り裂いた。
 一瞬、グラントヘルムの体勢が大きく傾いた。
 片翼を失った奴の自重はそう簡単に取り戻せるものではない。

「じゃーな。異世界転移者。これで俺たちが壊滅したら後生までお前を祟ってやるよ」

「……大丈夫ですよ。その後生では、皆さんの意思はしっかり受け継がれていますからね」

 バトルドレイクが大きく飛翔したのと同時に、俺は再びグラントヘルムの時龍核へと目を向けた。

 ルーナは、必ず生きているはずだ。
 帰ってきたら、笑顔で俺を迎えてくれるはずだ。

 そう信じて、俺は時龍核へと身体を埋めていった――。
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