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隠し部屋

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 氷結の壺フローズン・ポット第二階層。
 第一階層の半分ほどの広さになっているこの部屋は、若干冷気が漂う空間となっていた。
 地面に手を当てれば、ひんやりとした冷たさが頭の上まで抜けていくように感じられる。

「後ろはわたしが固めてやる。前の方の道作りは任せた」

「わふっ!」

「うむ、良い返事だ!」

 地図化マッピング作業を任命されているフェウは、景気よく返事をした。
 とはいえ、本当に地図化マッピングしていくのはぼくなんだけどね。

「一応、光は付けておこう。破龍刀ハリュウトウは炎属性だから松明代わりにはなるぞ?」

 ブンッとクレアさんが魔力を放出すれば、刀から炎が揺らめいて辺りが比較的鮮明に見えるようにになった。
 伝説的刀を松明代わりにするなんて……。

 ダンジョン内部は細長い形状になっていた。
 ぼくとクレアさん、フェウが横並びになったらそれだけで他の人は入れなくなるほどの狭さだ。
 クレアさんが刀を持って松明代わりにしてくれているけど、そのゆらゆらと立ち上った炎が少し天井に当たっているくらいには高さもない。
 第一階層がとても広かったことを考えると、正反対の様相だ。

「第二階層は閉鎖的なダンジョン部屋ってとこだな。広さもなけりゃ高さもない。罠部屋トラップボックスもあれば、隠し部屋インビシブルに行き止まり、分岐も多くなるだろう。やっぱり地図化マッピング要員は必須だったな、うんうん。声掛けておいて大正解だ」

 刀を灯り代わりにすることに苦笑いを浮かべつつも、ぼくは手元の地図化板マッピングボードに目を落とした。

 ――万能魔法……盗賊職シーフ地図化マッピングと、獣戦士ビースト獣の第六感シックスセンス、くらいで大丈夫かな?

 万能魔法の重複使用。
 自分自身の魔力消費も酷くなるし、ここから更に下に潜るとなると多投は避けたいところだ。それに、出来ることならばこんな気味の悪くて寒いところは長居したくないし、まだ幼いフェウの身体にも良くないだろうしね。

 頭の中に、漠然ながらこの第二階層の全体像が流れてくる。
 Eランク程度になら感じられる微かな魔力を何とか獣の第六感シックスセンスで拾い集め、地図化マッピングスキルでそのまま全体像を記載。
 第三階層へと続く道のりに近くなればなるほど、魔力の総数も強度も高まっていく。
  
「くんくん、くんくん……ファォォォォォォォン!」

 ァオオオオン! ……ァォォォォォン。 ……ァォォォ……。

「ヴァッフ!」

 フェウは一鳴きして耳を澄ませた。
 狭い空間での反響音で、どうやらフェウもフェウなりに道案内を試みてくれているようだった。本当に賢い子だね……?
 トテトテトテと軽い足取りで一つ目の曲がり角まで走って行ったフェウ。

「がるるるる……がるるるるるる……!」

「わ、分かってるって! フェウが凄いのは分かってるから! 後でちゃんとご褒美も上げるから!!」

 せっかく正解の道しるべを発見したのに、地図化マッピングに夢中で足取りが遅いぼくにしびれを切らしたフェウが、わざわざぼく達の元まで戻ってきて足の裾を噛んで引っ張った。

 ぼ、ぼくだって地図化マッピングなんてこれが初めてなんだからちょっとは大目に見ておいて欲しいんだけど……そんなこと、フェウには関係ないんだもんね! 仕方ないね!

「なるほど、レアルが地図化マッピングして、フェウが道捜しと危険探索をする、か。なかなかどうしていいコンビじゃねェか」

 クレアさんは感心したように言った。

「ヴァフッ! ……わぅ? ……ァウ! ァウ!!」

 ――と、ぼくもフェウをこれ以上怒らせてしまわぬようにと早歩きで先を進んでいた時だった。
 フェウが、通路のド真ん中でくるくるまわってぼく達に何かを知らせているようだった。

「なるほど、その嗅覚も良しと来たか。ここまで鼻の利く案内犬は珍しい。いい拾いモンしたな、レアル」

「? いまいち意味が……?」

 にやりと笑ったクレアさんは、掲げた刀をスッと壁に向けた。

「二の太刀。《焔岩斬エンガンザン》」

 スパ、スパッと。まるでスライムのような柔らかなものを斬るかのように、クレアさんは壁に向かって正方形に切れ目を入れたのだ。
 ――っていうか、岩に切れ目!?

「フェウは気付いてたみたいだなァ。隠し部屋だ。そして、こんなかにゃ大体……」

「ガ、ガゥ!……アグッォグッ!!」

「……ゲゥー!」「……ゥゥ…ゲギョゥ……」「ギョゥー?」

 人が数人入れるほどの小さな部屋の中には、ゴブリンがいた。
 小さなゴブリンが3体と、大きなゴブリンが1体だった。
 小刀を持った大きなゴブリンが、小ゴブリンの盾になるように部屋の隅でぼく達に目線を送っている。

 もしかして、このダンジョンに住み始めた家族……?
 
 奥に逃げ込んだ小ゴブリンをふと見てみるが、「ウガゥ!!」と大きなゴブリンはぼく達を振り払うように小刀を振った。

獣使いテイマー、レアル。アンタ、こいつらテイムするか?」

 クレアさんはカンカンと刀の峰を叩いた。

「テイム? ――し、しませんけど……」

 しないっていうより、出来ないのだ。
 ゴブリンともなると、ぼくの万能魔法でのテイム限界Eランクを優に越してしまっているからだ。

「そっか。ならいっか」

 クレアさんは何の躊躇もしなかった。

「く、クレアさ――!?」

 あくまで小刀でぼく達を振り払おうとする大ゴブリンの心臓を、クレアさんは突きでサクリと貫いた。

「ォグッ! ロゥ――……」

 断末魔すら上げる間もなく、大ゴブリンは紅い血を流してその場に倒れ伏す。

「……ゲギョッ?」「ガゥゥゥ! ガゥゥゥウ!!!」「ゲギャーーー! ゲギャォーーー!!?」

 小ゴブリンたちは、各々が親の亡骸をペシペシと、ペシペシと叩いていた。

「クレアさん、もう行きましょうよ。もう、いいじゃないですか……!」

「? 何言ってるんだ、レアル。コイツらは魔物だぞ?」

「ま、魔物だって、家族はいますし……! それに、彼らを炙り出しちゃったのぼく達じゃないですか……?」

「あぁ、レアルとフェウには感謝してるさ。何せ、ここに魔物・・・・・がいた・・・なんて、わたしじゃ判別がつかねェからな。返り血汚ェぞ、どいてな」

 トンと、優しくぼくの肩を振り払ってくれたクレアさん。
 ピチャリ、ピチャリと大ゴブリンから出た血を踏み、刀を振りかぶった――その時だった。

「痛ってぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「ぐるるるるるるる……! ぐるるるるるる!!!」

「フェウ!? いきなりどーしたこの犬ッコロ……!? いだだだだだだだだ!?」
 
 ぼく以外に噛みつくことのなかったフェウが、初めて噛みつきに行ったのだ。
 クレアさんのくるぶし目がけて思いっきり歯を突き立てたフェウ。
 クレアさんの足下には、フェウの牙の跡でぷっつりと小さな血が滲んでいた。

「……ガゥッッ!!!」

 フェウの目線の先には、ゴブリンたちがいた。

「ガゥッ!!!!!!!!」

「……ゲ、ギャゥ……!」「ゲギャッ!! ゲッ!!」「ゲゥ……ゲゥゥゥ……」

 フェウの激しい威嚇を受けた小ゴブリンたちは、わずかな隙間を縫って隠し部屋を飛び出した。

「って、逃げ――!? フェウ! アンタ一体何のつもりでっ! っつーか、レアル! 止めろ! この犬ッコロさっさと止めろ!?」

 ゴブリンたちが、ダンジョンの闇に消えていったのを見計らったフェウは、かぷりとようやくクレアさんの足下への噛みつきを止めたようだった。

「まさか味方に噛まれるとは……いたい……こんな可愛い子に、噛まれるなんて……いたい……」

 そして、拗ねたクレアさんは隠し部屋の前で体育座りをしてしまった……。
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