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エピローグ④:魔王討伐67年後
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魔王討伐から54年、ジン・フリッツ死去。
《勇者》の死はオゥル皇国のみならず全世界を震撼させた。
魔伝鳩《メッセルタオペ》が運んでくる新聞も、1年間はずっとジン君のことを報じていた。
次の勇者にならんとする若者たちが無謀にも森に入ってくるのが増えてきたのはこの頃だ。
「勇者のように!」を合い言葉に、命を粗末に扱う輩はいたずらに森の魔獣たちを刺激した。
その分俺の仕事が少し増えた。
魔王討伐から58年、ヴァイス・ガルランダ死去。
魔獣の侵攻を食い止めた祖父グリレットさん、魔王軍を退けたガリウス君に続く彼は、主にオゥル皇国内の人材育成と交流活発に務めた政略家として名を馳せた。
その後くらいから、ククレ城塞からの魔伝鳩《メッセルタオペ》が途絶えだした。
とはいえこの頃にもなると俺も城塞に降りることはなくなっていた。
父親からもらっていた食糧を亜空間から取り出し食べて、ユグドラシルの分枝を少し眺めて、寝る。
なんとなく心にぽっかり空いた穴が塞がらずにはや数年が経っていた。
「みーんな、先にいなくなっちゃうんだもんな……」
幸いなことにユグドラシルの分枝も大きく成長したために結界性能も大幅に上がった。余程のことがなければ人間族にも見つからないだろう。
大きな敵もいないし気配もない。魔族領域から持って帰った魔導書はまだまだ残っている。やることがないわけではないんだけど――と。いつものように呆然と樹木の葉っぱを眺めていた、その時だった。
「あれほどヒト族ってのは獰猛で、狡猾で、卑怯な存在だって教えただろう」
フォンッ。
エルフの結界に逆らう様子もなくぬるっと入ってきたのは一人の少女。
尖った耳がピクリと動くなかで、わざとお子様っぽくした金髪のツインテールが温かな風に揺れていた。
「ヒト族はすぐ死ぬ。自分が満足したら後に残された者のことなんて考えやしない。子どもを残し、託し終わったらどの個体も満足そうに死んでいくんだ。本当に勝手な生き物だよ」
「ラハブ、さん……? どうしてここに……」
久々に顔を見せた師匠、ラハブさんは眉一つ動かさずに俺の元へと歩み寄った。
「族長にも顔を見せない、自分の弟子の葬儀にも参列しない、城塞の新領主にも顔見せに行かない。ミノリという支えを失ったことは彼らも知っていたからね。シルフィエッタ卿に君の様子を見てくるように頼まれたんだ」
「シルフィ、エッタ?」
「ガリウス卿の跡を継いだ新しい小娘の領主だよ。全く、そんなことも把握してなかったのか。30にも満たない小娘に160も越えた大人が心配をかけてどうするんだ。ほら」
苦虫を噛みつぶした様な顔で、ラハブさんは紅い木の実を投げた。
「小娘からの報酬の分け前だ。元は私の分なんだ。心して食すと良い」
言ってラハブさんは小屋の窓に腰掛けた。
もっもっ、と小さい口で木の実を頬張るラハブさんに続いて、俺も手渡された木の実に齧り付いた。
「……酸っぱいです」
「あぁ。わたしもこれくらいの酸っぱさが好きになったんだ。元々旦那が好きだったものだからね」
今、さらっと衝撃の発言を聞いた気がした。
「私にも数百年前、好きになった人がいたんだよ。いつまで経っても子ども扱いしてくるし、ヨボヨボになっても勝手に私を守ろうとするような奴だった。勝手に老いて勝手に死んでいったよ。最後まで勝手な男だった」
「それで、どうなったんですか……?」
「150年泣き続けたよ。来る日も来る日もね。ムキになって世界を回って歩いたりもした。もしかしたら旦那を生き返らせることが出来るんじゃないか、回復魔法以外にも方法があるんじゃないかってね」
ラハブさんの伝説は世界各地に残っている。
その歩みのなかには、きっと――。
「でも、こればっかりはどうにもならないんだよ、多分ね。元はと言えば、私たちの方が異端なのだから。結局、エルフ族と人間はどこまで行ったって相容れない。子どもも作れなきゃ、一緒に死ぬことすらできない。それでいて私たちよりずっと短い生の中で、最大効率の生き方を見つける。それが人間っていう生物なんだろうね」
「未だにあの生き物はよく分かったものじゃない」と嘆息しながらラハブさんは小さく笑った。
「なんで……なんでラハブさんは、そこまで俺のことを気に掛けてくれるんですか?」
あの時もそうだった。
樹木から人間界へと初めて降りるとき、ラハブさんは世界の厳しさを教えるために俺の前へと立ちはだかってくれた。
あそこで俺は外の世界の真髄を学ぶことができた。
今回だってそう。ラハブさんがここに来るメリットなんて、何一つ――。
「私は私でリースくんに救われたからね」
ラハブさんは遠くを見つめて呟いた。
「古代樹を出る時の君は、純粋に世界を楽しもうとして希望に満ち満ちていた。何があそこまで君を駆り立てたのかは分からない。それでも、美味しい木の実を口実に皆を治しつつ、旦那の影を引きずって生きてきた私にとっては充分に眩しすぎたんだ」
あむっ、と。ラハブさんは木の実の残りを口の中に放り込んだ。
「まだまだ世界を楽しみ足りてないし、まだまだ食べてみたい木の実もたくさんある。それでも私ももうすぐ700になる。エルフ族としても老いが始まってくる頃だ。リースくんは久しぶりに現れた気概のある後輩だ。それに誰よりも強い。そんな君なら私よりもっと人間界を楽しめるはずなんだ。この面白い世界を、思いっきりね」
いつもは飄々としているラハブさんの俺を見る目は、いつにも増して優しく見えた。
「まぁ、ここから先は君の自由だ。もし次に人間界へ出ようとする子が現れたら、次からは君が程よく加減して担当してくれると嬉しいな」
ラハブさんは俺に伝えることだけ伝えてまた人間界へと下っていった。
なんというか、本当に自由で、最高の師匠だ。
「人間界を、思いっきり、楽しむ……」
夜風に揺れるユグドラシルの葉は、ここ十何年の中で一番輝いて見えた――。
●●●
魔王討伐から67年後。
そしてミノリの死から15年。
ユグドラシルの樹木の下に立てたのは小さなお墓だ。
墓標の前にはミノリの愛剣を立てかけた。
「……じゃ、行ってくるよ、ミノリ」
この世界にはエルフの古代樹100年じゃまだまだ手に入れたりなかったものもたくさんある。
最後まで本気で生きると、そう決意したならば――。
「――魔導書には、瘴気とも魔法とも違う龍気もあるって書いてたっけ。ヴリトラも今頃は仲間と一緒にいるだろうし……久しぶりに会いに行ってみるかな」
俺はその日、90年間お世話になった思い出の小屋にようやく別れを告げた。
ラハブさんにもらった木の実をもう一つ囓る。
「やっぱり、ちょっと酸っぱいな」
残りの人生800年。
悠久の時を生きるエルフにとって、この年月は世界を周りきるには充分すぎることだろう。
第一部 完
----------------------------------------------------------------------------------
【後書き】
ここまでお読みいただきありがとうございます。
これにて第一部「魔王討伐編」が完結となります。
最後まで読んで下さった皆々様には大変感謝しております。
1章という区切りのいい所でいったん休憩させてもらい(また休憩開けに書きます!)、以前より温めていた新作執筆のお時間をいただければと思います。そちらも投じた際には転生エルフと同じように応援よろしくお願いします。
《勇者》の死はオゥル皇国のみならず全世界を震撼させた。
魔伝鳩《メッセルタオペ》が運んでくる新聞も、1年間はずっとジン君のことを報じていた。
次の勇者にならんとする若者たちが無謀にも森に入ってくるのが増えてきたのはこの頃だ。
「勇者のように!」を合い言葉に、命を粗末に扱う輩はいたずらに森の魔獣たちを刺激した。
その分俺の仕事が少し増えた。
魔王討伐から58年、ヴァイス・ガルランダ死去。
魔獣の侵攻を食い止めた祖父グリレットさん、魔王軍を退けたガリウス君に続く彼は、主にオゥル皇国内の人材育成と交流活発に務めた政略家として名を馳せた。
その後くらいから、ククレ城塞からの魔伝鳩《メッセルタオペ》が途絶えだした。
とはいえこの頃にもなると俺も城塞に降りることはなくなっていた。
父親からもらっていた食糧を亜空間から取り出し食べて、ユグドラシルの分枝を少し眺めて、寝る。
なんとなく心にぽっかり空いた穴が塞がらずにはや数年が経っていた。
「みーんな、先にいなくなっちゃうんだもんな……」
幸いなことにユグドラシルの分枝も大きく成長したために結界性能も大幅に上がった。余程のことがなければ人間族にも見つからないだろう。
大きな敵もいないし気配もない。魔族領域から持って帰った魔導書はまだまだ残っている。やることがないわけではないんだけど――と。いつものように呆然と樹木の葉っぱを眺めていた、その時だった。
「あれほどヒト族ってのは獰猛で、狡猾で、卑怯な存在だって教えただろう」
フォンッ。
エルフの結界に逆らう様子もなくぬるっと入ってきたのは一人の少女。
尖った耳がピクリと動くなかで、わざとお子様っぽくした金髪のツインテールが温かな風に揺れていた。
「ヒト族はすぐ死ぬ。自分が満足したら後に残された者のことなんて考えやしない。子どもを残し、託し終わったらどの個体も満足そうに死んでいくんだ。本当に勝手な生き物だよ」
「ラハブ、さん……? どうしてここに……」
久々に顔を見せた師匠、ラハブさんは眉一つ動かさずに俺の元へと歩み寄った。
「族長にも顔を見せない、自分の弟子の葬儀にも参列しない、城塞の新領主にも顔見せに行かない。ミノリという支えを失ったことは彼らも知っていたからね。シルフィエッタ卿に君の様子を見てくるように頼まれたんだ」
「シルフィ、エッタ?」
「ガリウス卿の跡を継いだ新しい小娘の領主だよ。全く、そんなことも把握してなかったのか。30にも満たない小娘に160も越えた大人が心配をかけてどうするんだ。ほら」
苦虫を噛みつぶした様な顔で、ラハブさんは紅い木の実を投げた。
「小娘からの報酬の分け前だ。元は私の分なんだ。心して食すと良い」
言ってラハブさんは小屋の窓に腰掛けた。
もっもっ、と小さい口で木の実を頬張るラハブさんに続いて、俺も手渡された木の実に齧り付いた。
「……酸っぱいです」
「あぁ。わたしもこれくらいの酸っぱさが好きになったんだ。元々旦那が好きだったものだからね」
今、さらっと衝撃の発言を聞いた気がした。
「私にも数百年前、好きになった人がいたんだよ。いつまで経っても子ども扱いしてくるし、ヨボヨボになっても勝手に私を守ろうとするような奴だった。勝手に老いて勝手に死んでいったよ。最後まで勝手な男だった」
「それで、どうなったんですか……?」
「150年泣き続けたよ。来る日も来る日もね。ムキになって世界を回って歩いたりもした。もしかしたら旦那を生き返らせることが出来るんじゃないか、回復魔法以外にも方法があるんじゃないかってね」
ラハブさんの伝説は世界各地に残っている。
その歩みのなかには、きっと――。
「でも、こればっかりはどうにもならないんだよ、多分ね。元はと言えば、私たちの方が異端なのだから。結局、エルフ族と人間はどこまで行ったって相容れない。子どもも作れなきゃ、一緒に死ぬことすらできない。それでいて私たちよりずっと短い生の中で、最大効率の生き方を見つける。それが人間っていう生物なんだろうね」
「未だにあの生き物はよく分かったものじゃない」と嘆息しながらラハブさんは小さく笑った。
「なんで……なんでラハブさんは、そこまで俺のことを気に掛けてくれるんですか?」
あの時もそうだった。
樹木から人間界へと初めて降りるとき、ラハブさんは世界の厳しさを教えるために俺の前へと立ちはだかってくれた。
あそこで俺は外の世界の真髄を学ぶことができた。
今回だってそう。ラハブさんがここに来るメリットなんて、何一つ――。
「私は私でリースくんに救われたからね」
ラハブさんは遠くを見つめて呟いた。
「古代樹を出る時の君は、純粋に世界を楽しもうとして希望に満ち満ちていた。何があそこまで君を駆り立てたのかは分からない。それでも、美味しい木の実を口実に皆を治しつつ、旦那の影を引きずって生きてきた私にとっては充分に眩しすぎたんだ」
あむっ、と。ラハブさんは木の実の残りを口の中に放り込んだ。
「まだまだ世界を楽しみ足りてないし、まだまだ食べてみたい木の実もたくさんある。それでも私ももうすぐ700になる。エルフ族としても老いが始まってくる頃だ。リースくんは久しぶりに現れた気概のある後輩だ。それに誰よりも強い。そんな君なら私よりもっと人間界を楽しめるはずなんだ。この面白い世界を、思いっきりね」
いつもは飄々としているラハブさんの俺を見る目は、いつにも増して優しく見えた。
「まぁ、ここから先は君の自由だ。もし次に人間界へ出ようとする子が現れたら、次からは君が程よく加減して担当してくれると嬉しいな」
ラハブさんは俺に伝えることだけ伝えてまた人間界へと下っていった。
なんというか、本当に自由で、最高の師匠だ。
「人間界を、思いっきり、楽しむ……」
夜風に揺れるユグドラシルの葉は、ここ十何年の中で一番輝いて見えた――。
●●●
魔王討伐から67年後。
そしてミノリの死から15年。
ユグドラシルの樹木の下に立てたのは小さなお墓だ。
墓標の前にはミノリの愛剣を立てかけた。
「……じゃ、行ってくるよ、ミノリ」
この世界にはエルフの古代樹100年じゃまだまだ手に入れたりなかったものもたくさんある。
最後まで本気で生きると、そう決意したならば――。
「――魔導書には、瘴気とも魔法とも違う龍気もあるって書いてたっけ。ヴリトラも今頃は仲間と一緒にいるだろうし……久しぶりに会いに行ってみるかな」
俺はその日、90年間お世話になった思い出の小屋にようやく別れを告げた。
ラハブさんにもらった木の実をもう一つ囓る。
「やっぱり、ちょっと酸っぱいな」
残りの人生800年。
悠久の時を生きるエルフにとって、この年月は世界を周りきるには充分すぎることだろう。
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ここまでお読みいただきありがとうございます。
これにて第一部「魔王討伐編」が完結となります。
最後まで読んで下さった皆々様には大変感謝しております。
1章という区切りのいい所でいったん休憩させてもらい(また休憩開けに書きます!)、以前より温めていた新作執筆のお時間をいただければと思います。そちらも投じた際には転生エルフと同じように応援よろしくお願いします。
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