上 下
36 / 57

第36話 転生エルフ(107)、決意を固める。

しおりを挟む
「1年間お疲れさまでした、リース様。ここ半年は何やら魔術の研究の方にも熱心でしたね」

 ジン君が旅だってから初めての夜。
 夕食後に一安心して、家の縁側に座っている俺の元にやってきたのはミノリだ。。

「ジン君がいるうちに確かめたいこともあったからね」

 ミノリにはまだ全てを言うわけにはいかないが、この半年で俺は技能吸収スキルドレイン属性吸収トリビュートドレインに次ぐ吸収魔法である因子吸収ファクトドレインを編み出していた。
 幸い、同じ空間に《因子》持ちが二人もいたことや、ヴリトラが意外に協力的だったこともあり完成にそう時間はかからなかった。

 問題は、その後――《因子付与》の方だった。
 魔法タイプの違う別個体に新たな魔法を埋め込むのは相当な負荷がかかるらしく、《因子》を抜き取ることが出来ても植え付けることができないことも分かり始めた。
 目的達成のためには前途多難だな……。

「グリレット様とのお約束も守られて、勇者候補も無事見つけられて、大活躍でしたね。……二人の時間が減ってしまったのは少し寂しかったですけど」

 ぷっくりと頬を膨らませるミノリはちょこんと俺の肩に頭を預けてきた。
 確かにこの1年間はジン君につきっきりだったからな。
 グリレットさんとの約束、そしてこれから900年の平穏を守るためには、一刻も早くいつジン君に《勇者》の因子が宿ってもいいように育て上げる必要があった。
 だが今のジン君ならもう《勇者》の因子が宿るに適した魔力容量はある。
 こちらは一安心だ。

「ミノリもよく頑張ってくれたよ、ありがとう」

 いつもVSジン君戦が終わった後はナデナデをするのが恒例だった。
 今日は特別にたくさんナデナデをしてあげるとしよう。
 
 「えへへ~」と相変わらずに全幅の信頼を置いてくれて、いつも以上に恍惚の表情を見せてくれるミノリ。

「これから、どうしましょう?」

「……まだ何も考えてないな」

「では、次が決まるまではまた2人・・でゆっくり過ごすことになりますね」

「あぁ、そうだな」

「ご飯の量と、修行の量を調節して……リース様のお好きな木の実も取り寄せちゃいましょう。後は、そうですね――」

「……ミノリ」

「どうされました、リースさ――」

 健気に今後のことを考えてくれているミノリの唇を塞ぐ。
 初めてのキスだった。
 

 ミノリは驚きながらも目を閉じる。


 ずっと怖かった。
 俺は長寿のエルフ族で、俺の人生に比べたらミノリの人生は一瞬で終わってしまう。
 彼女の大切な一生をこんなのんびりと過ごす俺に費やしていい訳がない、と。

 だけどそれはただの逃げだった。

 ジン君は1年で、全力で修行し続けて見事に力を手に入れてみせた。
 ミノリは再会してからの6年で、俺を常に全力で支え続けてくれていた。

 俺だけが、彼らのようには生きることができていなかった。
 前世でうだつの上がらなかった俺と何一つ変わっていなかった。

「いつもありがとう。好きだよ、ミノリ」

 全力で生きると決めたのならば、そんなミノリを全力で幸せにしよう。
 それが今の俺にとっての幸せなのだから。

「……えへへ、嬉しいです」

 その日、俺たちはもう一つの転換点を迎える。

 ミノリは、ずっと臆病者だった俺の全てを受け入れてくれた。



●●●



 すー、すーと浅い寝息を立てて眠るミノリ。
 少し乱れて頬にかかった赤い髪を払ってやると、くすぐったそうにしてまたもぞもぞと身を預けてきた。
 まだ熱気の残った柔らかくて真白い肌がぴっとりとくっついていた。

「……そりゃさ、ずっと側にいてほしいよな」

 俺は900年生きられるが、ミノリに残された時間は持ってあと数十年。
 別れの時期はそう遠くはない。
 魔法が生まれてから数千年。未だ魔法は『時間』と『死』の概念を越えることは出来ていない。
 長命種であるエルフと短命種である人間との間には子どもが出来ないことからも、この世の理に沿った複雑な事象が絡み合っているのだろう。


 それでも、俺はこれから先もミノリと一緒にいたい。


 この1年で、気付けばそう強く願うようになってしまっていた。

 だとすると、この世の理の埒外の力――《因子》に頼るしかない。
 一度魔王は滅んでいる。
 にも関わらずに定期的にこの世に復活を繰り返している。
 これにも《因子》が絡んでいるのではないだろうか。

 ジン君は魔王や魔族を倒すことに特化した《勇者》という能力を持っていた。
 剣を振るう剣士でもなく、魔法を得意とする魔術師でもなく、回復術に長けている治癒術師でもなく、《勇者》という非常に曖昧なものだ。
 
 俺は機械やIT、科学技術も発達した「日本」という異世界から剣や魔法、魔獣や亜人と何でもありのファンタジー世界に迷い込んだ。《異世界転生》というこの世の理から外れた存在を持って。

 ――それならば魔王は。

 魔王は、どんなに勇者に討ち滅ぼされたとしても数百年ごとに復活する。
 さらに魔王の復活には必ずその時代に《勇者》因子を持った者が現れる。
 まるで世界が何らかの自浄作用を持って調整しているかのように、だ。
 魔王の復活も充分にこの世の理の埒外にあると言えるだろう。

 何度死んでも甦る。
 端的に言えばこのようなこの世の埒外にあるような現象を俺の元いた世界では・・・・・・・こう呼んだ。


 ――《輪廻転生》、と。


 これは全てが仮説でしかない。
 だからこそジン君が《勇者》の因子を開花させて魔王を討ち滅ぼしてしまう前にケリをつけておきたい。
 まだ《因子付与》の方は完成していないが、《因子吸収》の方法を手に入れた今、ミノリと末永く暮らしていくにはこれが最良の方法だった。
 ミノリが居なくなってしまう前に、何としても《因子付与》の魔術も開拓していかなくてはならないが――。

「リースさま、むずかしいかおしてますねぇ」

 ふと、目を覚ましたミノリがにっこりと笑う。
 上気した頬は赤みを帯びていた。

「さっきの答えをまだ出してなかったから、今伝えるよ」

「……はい」

「準備が出来次第、俺は・・これから魔族領域に向かおうと思う。理由はまだ話せないが、ジン君が魔王を倒してしまう前に俺も魔王相手の用を済ませておきたいからだ」

 ミノリは一瞬寂しそうな表情をした。だからこそ、それに被せるように俺は告げる。

「危険で、長い旅路になると思う。でも俺はミノリ、キミにもついてきてほしい。絶対に護ると約束するから」

 今まで俺は、表だってミノリに「着いてきてほしい」なんて言えなかった。
 何せ、一つの事象に平気で数年を費やすことになる俺の生活を相手にも強いてしまうのだから。

 だが今は違う。
 長いエルフ人生の中ではたった一秒。
 それでも、一秒でも長くミノリと一緒に時を過ごしていたいと強く思うようになっていた。
 ミノリは再びにっこりと笑みを浮かべた。

「リース様が求めてくださるのは初めてですね。……答えは昔から変わりません。ミノリはどこまでもリース様についていきます。わたしだって、リース様をお守りするんですっ」

 俺の平穏をこれから900年続けていくため。そしてその隣にはミノリにずっといてもらうため。
 ミノリと俺は決意を新たに、半年間の更なる修行の末に魔族が跋扈する領域に足を踏み入れることになるのだった。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ZOID・of the・DUNGEON〜外れ者の楽園〜

黒木箱 末宝
ファンタジー
これは、はみ出し者の物語。 現代の地球のとある県のある市に、社会に適合できず、その力と才能を腐らせた男が居た。 彼の名は山城 大器(やましろ たいき)。 今年でニート四年目の、見てくれだけは立派な二七歳の男である。 そんな社会からはみ出た大器が、現代に突如出現した上位存在の侵略施設である迷宮回廊──ダンジョンで自身の存在意義を見出だし、荒ぶり、溺れて染まるまでの物語。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

処理中です...