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第10話 転生エルフ(100)、撫で撫でされる。

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「攻撃の手は緩めないからさ、どんどん逃げてどんどん治してくんだよ。気が向いたら反撃でもしておいで。少しでもわたしに傷を付けられたらその時点で合格だよ」

「って言いながら涼しい顔して結構えげつない攻撃しかけてきてませんか!? 反撃の隙なんて与えようとしてないですよね!」

「ほら、リースくん強そうだしこれくらいは大丈夫かなって。今のとこ無傷だもんね?」

「それはそうですけども!! ――風属性魔法、疾風脚シルフッ!!」

「……超級魔法レベル、ねぇ。撃ち落とせないかな?」

 風属性魔法を両足に纏い、空を飛ぶ。
 ラハブさんはその場から動かず、杖の先から無表情で多属性の魔法を繰り出していた。

 予備動作も全くないために予測もつき辛い。

 一つ一つの威力こそ上級に満たない程度ではあるが、その全てが無詠唱。

 俺でさえまだ行き着いていない無詠唱の境地にラハブさんは辿り着いているということだ……!

 彼女の繰り出す魔法一つ一つを別個の魔法で撃墜していく。
 思考が目まぐるしく動いていく中、ラハブさんは「あ、そうだ」と思い出したかのように世間話を始める。

「リースくんはどうしてそうまでして外に出たいの?」

「今ですか!? ……そうですね、エルフの人生が俺にはとても長すぎると思ったからです、かね!」

ユグドラシルの古代樹ここは今のわたしから見ても、世界のどこよりも平和な場所だ。不可視の結界にはヒト族からは干渉することは出来ないし、森の恵みも途絶えることはない。そんな中で独りぼっちで、100年間も修行するのは良いのに?」

 ふと浮かんで来たのは、この100年間の思い出だった。
 ひたすら魔道書を読み込み、何度も魔法を練習した。
 前世では何にも打ち込まず、何もスキルを磨かず、ただただ生きるために・・・・・・生きていた・・・・・

「全部、外の世界に出るための準備でした。俺は外の世界で自分の生きた証を残したい。誰よりも世界を知って、誰よりも世界を楽しんで、自由気ままに生きていきたいって、そう思ったんです。そのための100年でした……っ!」

 そう言うと、ラハブさんの表情が初めてふっと和らいだ気がした。

「逆にラハブさんは、何で外の世界に行こうと思ったんですか?」

 ラハブさんは攻撃の手を増やしながら、ポケットから3種類の塊を出した。
 おもむろに塊を囓ったラハブさんはしゃくりとその内の一つを囓った。

「わたしはね、美味しい木の実がたくさん食べたかったんだ」

 ――木の実?

「わたしは昔から木の実が好きでさ。でもほら、クゥコの実なんてあれ、50年食べてれば飽きちゃわないかい? もっと他の実も食べてみたくて、外に出たくなったんだよ」

「た、たったそれだけで、300年間も修行してたんですか?」

「なんとなーく頑張ってたら、なんとなーく300年が過ぎてただけだよ。でもそれで良かったと思う。エルフは何もしなくても一定の回復魔法は使えるからね。何の力も持たず飛び出てった同胞たちは、みんな世界の波に呑み込まれたよ。わたしも酷い目に遭いそうなことは少なくなかったかな」

 俺が読んでいた魔道書に出てくるエルフの記載は、そのほとんどがラハブさんのもの。
 断片的にだが別の名前も出てきたこともあった。だが、その名前はあっと言う間に歴史のページからは消え去っていった。
 エルフの持つ回復魔法は、ヒト族が使役するポーションと呼ばれる回復薬並みに貴重なものらしい。
 魔獣や魔法が存在するこの世界にとって、回復役の占める重要性は非常に高い。
 便利な回復魔法が使えて、それでいて世間知らずの弱いエルフなんて彼らからしてみれば格好の的であったことだろう。

「今は優しいヒトに恵まれて、極めた回復魔法で病めるヒトを治療をする代わりに、木の実をもらって生きている。色々な土地で色々な味が楽しめて、世界は案外楽しいんだ。ここ最近は、全体的に何でか木の実の味が落ちちゃってるんだけど――あ」

 ふと、杖から出てくる魔力の波動が止まった。
 ラハブさんから漏れ出る魔力の波は恐ろしいほどに一定だ。
 まだまだ反撃不能なレベルで魔法を撃ちだしてくるだろう。
 
 この機を逃せば反撃の隙はもう来ない――ッ!
 風属性魔法、疾風脚シルフの継続で俺は更に宙を蹴った。

 ――硬化魔法、《獣ノ拳骨》!

「うん、材料切れかな」

 パスン――と。
 やはりラハブさんの杖から出る魔法がピタリと止まった。
 
 ズァァァァァァァァアッッッ――!!

 ラハブさんの目の前で止めた拳は、後ろに大きな轟風をもたらした。

 俺の拳に目もくれずに澄ました顔でラハブさんは、杖の中をほじくった。
 ジャラジャラと真っ黒な石が地面に落ち、霧散していく。

 確かこれは――。

「魔獣の体内から精製された魔石に、ヒト族が属性魔法付与エンチャントをかけたものだよ。微量の魔力を流すだけで自動的に魔法が放たれる。魔道具・・・って言うんだって。ヒト族はこんなモノまで作っちゃうんだよ」

「……ラハブさん自身の魔法じゃ、なかったんですね」

「わたしは今も回復魔法しか使えないよ。小手先と小細工で生き抜いてきてるだけだもの。同胞が無駄に死んでいくのを見たくない。もしキミが半端な気持ちで外の世界に出向こうとしていたなら、どんな手を使おうともここで徹底的に夢を打ち砕くつもりだったよ」

 「それでも」とラハブさんはようやく確かな笑みを浮かべた。

「キミは間違いなくとんでもないエルフだった。多属性魔法にくわえて、どれもが超級魔法レベル。世が世なら大災厄の魔族と思われてもおかしくないほどだ。キミならきっと外の世界でも充分に生きていけるよ。試験は合格だ、おめでとう。……よしよし」

 俺より遙かに長く生きてきたエルフの女性は、その小さな手で俺の頭を撫でてくれた。

 外の世界で300年余りを過ごしてきた大先輩からお墨付きをもらった瞬間でもあり。
 ひたすら修行に明け暮れていた俺の100年間は、この日ついに報われることになるのだった。
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