2 / 14
望まない婚約者①
しおりを挟む
琥珀色のブローチを指先で撫でる。
聖女に任命されてから八年の月日が経っていた。あれから僕の日常はなにもかもが変わってしまった。神殿で手厚くもてなされ、煌びやかな衣装に着飾らせられる。厳しい聖女教育の合間を縫って、奉仕活動という名目の元、大金を支払う貴族達に施しを行う。
どろんこ遊びをして、お母さんやお父さんに叱られたり、お手伝いをして褒められたりしていた昔とは全然違う生活だ。
なにより、いつも一緒に過ごしていたソラリスがいない。
時々、国民の前に姿を現して愛想を振りまき、歓声を浴びる。そうやって聖女としての役割を担いながら、第二王子であるノワール様の婚約者として振る舞わなければならなかった。退屈で、寂しい暮らしだ。
聖女は代々王族に嫁ぐことが定められている。ノワール様と婚約させられたのは十四歳のとき。望んだ婚約ではなかった。僕が結婚したいのは今も昔もソラリスただ一人だから。
でもいくら拒んでも、助けてくれる人はいない。規則や聖女の地位に雁字搦めにされて窒息してしまいそう。
シトラ村のことを思い出して寂しくてたまらない日は、彼から預かったブローチを眺めて過ごすのが日課になっていた。
どうしてこんなことになったのかは今でもわからない。どれだけ嫌だと泣き叫んでも、彼らは僕を解放してはくれない。そんなことが何年も続くと、諦めるしかないと流石に理解させられた。
「ノワール王子がお越しです」
メイドのアンが報告してくれる。彼女は僕が聖女として、神殿に来た頃から世話をしてくれている人だ。いつもこうやって事前に人が来たときは知らせてくれる。
急いで鍵付きの引き出しにブローチをしまう。彼に見つかったら、きっと壊されるか没収されてしまうから。
軽快な足音をたてながら、ノワール様が部屋へと入ってきた。彼はこうやって突然神殿へと尋ねてくる。
「また奉仕活動を断ったそうだな」
「……ええ。イーグレット子爵はとてもお元気そうでしたので」
この国では、聖女の力を貴族が独占している。本来は国民に平等に与えられなければならない力のはずだ。特にノワール王子の味方である第二王子派の貴族は、その恩恵を優先的に受けることができる。国民は薬を買うだけでも半月分の給金を必要とするというのに。
だから貴族への奉仕活動は、会ってみて平気そうなら行わないようにしていた。
「ふざけるな! 俺の顔に泥を塗るつもりかっ」
思い切り頬を叩かれてしまう。衝撃によろめきながらもノワール様を睨みつけると、もう一発同じ箇所に平手打ちが飛んでくる。口の中が切れて、血の味がした。
彼は怒るとすぐに手を出してくる。まるで言うことを聞かない獣をしつけるみたいに……。
痛い。でも、泣いたりなんてしない。怒りに震える拳を握りしめた。
僕の身体には、至る所に同じような傷や青あざが存在している。ノワール様は出会った頃から気性の荒い性格だった。聖女に選ばれたばかりの頃は、とても怖くて辛かった。けれど、ソラリスが助けに来てくれると信じているから平気だった。それは今も変わらない。
僕の首に着けられた首輪の隙間に、ノワール様が指を引っ掛けて引き寄せてくる。この首輪はノワール様と婚約したとき、他の者と誤って番にならないように着けられた物だ。鍵がなければ外すことはできず、その鍵もノワール様が持っている。
まるでノワール様の所有物にでもなったように感じて、首を掻きむしりたくなるときもあった。
聖女に任命されてから八年の月日が経っていた。あれから僕の日常はなにもかもが変わってしまった。神殿で手厚くもてなされ、煌びやかな衣装に着飾らせられる。厳しい聖女教育の合間を縫って、奉仕活動という名目の元、大金を支払う貴族達に施しを行う。
どろんこ遊びをして、お母さんやお父さんに叱られたり、お手伝いをして褒められたりしていた昔とは全然違う生活だ。
なにより、いつも一緒に過ごしていたソラリスがいない。
時々、国民の前に姿を現して愛想を振りまき、歓声を浴びる。そうやって聖女としての役割を担いながら、第二王子であるノワール様の婚約者として振る舞わなければならなかった。退屈で、寂しい暮らしだ。
聖女は代々王族に嫁ぐことが定められている。ノワール様と婚約させられたのは十四歳のとき。望んだ婚約ではなかった。僕が結婚したいのは今も昔もソラリスただ一人だから。
でもいくら拒んでも、助けてくれる人はいない。規則や聖女の地位に雁字搦めにされて窒息してしまいそう。
シトラ村のことを思い出して寂しくてたまらない日は、彼から預かったブローチを眺めて過ごすのが日課になっていた。
どうしてこんなことになったのかは今でもわからない。どれだけ嫌だと泣き叫んでも、彼らは僕を解放してはくれない。そんなことが何年も続くと、諦めるしかないと流石に理解させられた。
「ノワール王子がお越しです」
メイドのアンが報告してくれる。彼女は僕が聖女として、神殿に来た頃から世話をしてくれている人だ。いつもこうやって事前に人が来たときは知らせてくれる。
急いで鍵付きの引き出しにブローチをしまう。彼に見つかったら、きっと壊されるか没収されてしまうから。
軽快な足音をたてながら、ノワール様が部屋へと入ってきた。彼はこうやって突然神殿へと尋ねてくる。
「また奉仕活動を断ったそうだな」
「……ええ。イーグレット子爵はとてもお元気そうでしたので」
この国では、聖女の力を貴族が独占している。本来は国民に平等に与えられなければならない力のはずだ。特にノワール王子の味方である第二王子派の貴族は、その恩恵を優先的に受けることができる。国民は薬を買うだけでも半月分の給金を必要とするというのに。
だから貴族への奉仕活動は、会ってみて平気そうなら行わないようにしていた。
「ふざけるな! 俺の顔に泥を塗るつもりかっ」
思い切り頬を叩かれてしまう。衝撃によろめきながらもノワール様を睨みつけると、もう一発同じ箇所に平手打ちが飛んでくる。口の中が切れて、血の味がした。
彼は怒るとすぐに手を出してくる。まるで言うことを聞かない獣をしつけるみたいに……。
痛い。でも、泣いたりなんてしない。怒りに震える拳を握りしめた。
僕の身体には、至る所に同じような傷や青あざが存在している。ノワール様は出会った頃から気性の荒い性格だった。聖女に選ばれたばかりの頃は、とても怖くて辛かった。けれど、ソラリスが助けに来てくれると信じているから平気だった。それは今も変わらない。
僕の首に着けられた首輪の隙間に、ノワール様が指を引っ掛けて引き寄せてくる。この首輪はノワール様と婚約したとき、他の者と誤って番にならないように着けられた物だ。鍵がなければ外すことはできず、その鍵もノワール様が持っている。
まるでノワール様の所有物にでもなったように感じて、首を掻きむしりたくなるときもあった。
23
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
騎士団で一目惚れをした話
菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公
憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。
花嫁は、約束の先に愛を見る
天宮叶
BL
幼い頃、森で出会った少年に恋をしたエラ。お互いの距離が近づいていくも、少年は「必ず迎えに行く」という言葉を残し突然森へ来なくなってしまう。それから十年の月日が経ち、エラの双子の弟であるゾーイが花嫁として妖精王へと嫁ぐ日が来た。儀式を執り行うゾーイの目の前に妖精王が現れる。しかし妖精王はエラのことを花嫁だと言い始め……。
こちらの作品は、身分差BLアンソロジーに寄稿していたものを、転載したものです。
現在、身分差BLアンソロジーは販売終了となっております。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
消えたいと願ったら、猫になってました。
15
BL
親友に恋をした。
告げるつもりはなかったのにひょんなことからバレて、玉砕。
消えたい…そう呟いた時どこからか「おっけ〜」と呑気な声が聞こえてきて、え?と思った時には猫になっていた。
…え?
消えたいとは言ったけど猫になりたいなんて言ってません!
「大丈夫、戻る方法はあるから」
「それって?」
「それはーーー」
猫ライフ、満喫します。
こちら息抜きで書いているため、亀更新になります。
するっと終わる(かもしれない)予定です。
もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない
バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。
ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない??
イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる