天宮のノベル倉庫

天宮叶

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本屋の店員×不憫体質な受け

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「会社がやばくて。立て直すのに100万必要なんだ……」
(……またか)
半年前付き合い始めた彼が、俺に向かって悲しそうな瞳を向けてくる。
「俺、金とかないから。別れよ」
「えっ、そんな!?」
彼氏だったやつに背を向けてその場を後にする。

俺はいつもこんな感じで詐欺にあったり、ダメ男に引っかかったりしてバカを見てきた。
男が好きだと自覚してからは、ゲイ専用の出会い系サイトやゲイバーなんかで相手を探していた。
それがダメだったのか、上手くいったことは一度もない。
(今度こそはって思ってたのに)
彼は本当に優しくて、いつも俺のことを一番に考えてくれる。優しく撫でてくれたのも、キスしてくれたのも、全部俺を騙すためだったんだ……。
悲しみながら、向かうのは近所の本屋。「いらっしゃいませ」
「聞いてくださいよ~!」
本屋に入ると、馴染みの店員さんが挨拶してくれる。本屋に通ううちに仲良くなり、悩み相談をするまでの関係になった彼に泣きつくと、「次はどうしたんです?」って聞かれた
野暮ったいメガネと、セットされてない無造作ヘアの店員。彼と話していると心が安らぐ。
詐欺にあったことを話す間、親身になって聞いてくれて、心配までしてくれる。
「あー、今日は飲みに行かないと」
「ふふ、楽しんで」
微笑みを浮かべてくれる店員さんに俺も笑みを返した
馴染みのゲイバーでチビチビと少し強めの酒を飲む。とにかく今日は飲みたいけれど、悪酔いしたら本末転倒だ。それに、もうこんなことにも慣れてしまっていた。
「お兄さん1人?」
声をかけられて振り返れば、とんでもなくイケメンがいて驚いた。
少し猫っけなセットされた黒髪に、ぱっちりとした二重の甘い顔。タイプど真ん中の彼を、つき凝視してしまう。
「1人ですけど……」
「隣いい?」
尋ねられて頷けば、彼が俺の隣のカウンター席に腰掛けた。
バニラみたいないい香りが漂ってくる。
彼は聞き上手で、彼と話しているととても居心地がいい。なんとなく本屋の店員さんの顔がチラつく。
「少し飲みすぎじゃないかい?」
グラスを傾けた手を止められる。たしかに、話すのが楽しすぎて飲みすぎてしまっていた。
酔っ払った俺を連れて彼はそのまま店を出た。
このままなし崩し的にお持ち帰りされるのがいつものパターンだったのに、お兄さんは家まで送るといって、そのままなにもせずに本当に家まで送ってくれた。
連絡先だけを交換して別れる。
その紳士的な対応にドキドキとしてしまう
それからも彼とは何度かバーで会うことがあって、連絡も頻繁にするようになっていた。常に紳士的で、話しやすく、一緒にいると居心地がいい。そんな彼を俺は少しずつ好きになってきている。
けれど、それを伝える勇気は出ない。
今までの経験が警告音を鳴らしてくるからだ
大抵、俺にこんなにも良くしてくれる人と付き合うとろくな目にあったたことがない。
きっと彼も俺のことを騙しているのだろう。疑心暗鬼な自分が顔を出すから、告白する勇気も出ないんだ。
何度か一緒に遊びに行って、お互いのことが少しだけ分かってきた頃に、彼に告白された。
「ずっと好きだったんだ。俺と恋人になってほしい」
舞い上がるくらい嬉しいはずなのに、素直に喜べなくて、あいまいな苦笑いを浮かべる。
「俺……貯金もそんなにないし、無職の人間を養うほどの度量もない。
痛いのは嫌いだし……それでもいいですか?」
「俺もお金を沢山持ってるわけじゃないし、無職は嫌だよ。痛いのもね。だから、大丈夫」
そこまで言われたら断るなんて選択肢は選べなくて、お願いしますって返事を返した。
彼は付き合い始めてからも、すごく優しくて、俺はどんどん彼にのめり込んでいった。
誰かにこの幸せを惚気けたくて、本屋に行って店員さんに、彼のことをペラペラと話す。
そうしたら、店員さんはなにかを我慢するみたいに肩を震わせながら、よかったですねって微笑んでくれる。
幸せすぎて、浮かれてたんだと思う。
ある日、繁華街を歩いていると、彼の後ろ姿を見つけて声をかけようとした。
けれど、彼の横を美人な女の人が歩いているのに気がついて、言葉を飲み込む。
腕を組んで歩く彼らは、まるでお似合いのカップル。
乾いた笑いが漏れた。
(なーんだ……)
やっぱり俺は見る目がない。
彼に限って浮気してるなんて思いもしなかったから、安心しきっていた。
そりゃあ、あれだけかっこよかったらそうだよな……。
沈んだ気持ちのまま、家に帰る。
次の日、愚痴を聞いて欲しくて本屋へと足を運んだ。
「いらっしゃい。なにかあった?」
いつもみたいに優しく声をかけてくれる店員さん。その穏やかな声を聞くと、涙がボロボロ出てきて、店員さんが慌てたように俺を別の部屋へと連れていってくれた。
「この店、俺の祖父が経営しているんだ。だから、好きなだけいていいからね」
「うっ、ありがとうございます」
ティッシュをもらって、涙と鼻水をふく。
「どうして泣いてるか話せる?話したくないなら、なにも言わなくていいから」
その言葉に、更に涙が溢れてくる。
「彼氏がっ、浮気してました」
「え!?」
ズビズビ鼻を鳴らしながら言えば、店員さんが、驚いたように声を上げた。
「浮気なんてしてないよ!」
「えっ、いや、店員さんじゃなくて、俺の恋人の話で……」
「わかってるよ」
メガネの奥の黒目がちの瞳が射抜くみたいに見つめてきて、口ごもる。
「ごめん。騙すみたいになってしまって」
言いながら、彼が無造作に下ろされていた前髪を上げて、メガネを外した。
「……え……」
目の前に、突然見知った顔が現れて困惑する。
「な、なんで……」
「俺のことを嬉しそうに話してくれる君があまりにも可愛くて、言い出せなかったんだ
「へ!?ええ……なら、浮気は……女の人と一緒に腕を組んで歩いてましたよね」
混乱しつつ尋ねる。店員さんが彼なのはなんとか理解出来たけれど、疑惑が晴れた訳では無い。
「ああ……それで。あの人は俺の姉だよ。旦那さんと喧嘩して実家に帰ってきてるんだ」
「ええ!?」
全部俺の勘違い?
彼が膝に置いていた俺の手をとって、両手で包み込む。その熱に、胸が微かにトクリと鳴った。
「不安にさせてごめん。それに、店員だと黙っていたことも、本当にごめんね」
「……知ってて声をかけたんですか?」
「そうだよ。君のことがずっと好きだったから、あの日、声をかけたんだ」
「君から、よく飲みに行く店は聞かされていたし、その日飲みに行くとも言っていたから」
前にも告白されたはずなのに、その時よりももっともっと、ときめいている自分がいる。
「なんでそんな格好を?」
「俺の顔目当てに冷やかしに来る迷惑客が多くてね。祖父も困っていたから、この格好なんだ」
一つ一つ、答え合わせをするように質問をして。彼もそれに答えてくれる。
彼はやっぱり紳士的で優しくて、誠実な人だと実感した。
「疑ってごめんなさい……」
不安で胸がいっぱいだったんだ。大好きだから、裏切られるのは懲り懲りだと思った。
泣く俺を、彼がそっと抱きしめてくれる。
そうして、触れるだけのキスをすると、体を離した。
「一生大切にする。だから、もしまた不安になったら言って欲しい」
「っ、はい」
きっと彼なら大丈夫だって思える。
今まで、散々な目にあってきたけど、それはもしかしたら、彼に出会うための試練みたいなものだったのかな。


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