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悪役令息は自覚したようです①

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数週間後、アフタヌーンティーを楽しんでいると、屋敷に客人が訪れたと報告が入った。
第一王子の妃として出迎えるべきだと思ったけれど、エルヴィスから部屋に居るようにと、指示があったので、大人しくしていることにした。

エルヴィスは客人の訪問があると知っていたのだろうか。妃である僕には、なんの報告も上がっていない。隠し事をされていることに少し腹が立ったけれど、干渉する気はないので、問いただそうとは思わない。

馬車の件は、僕が巻き込まれたこともあり念入りに調査された。話によれば、出店で売られていた銃の玩具を子供が使い、大きな発砲音に馬が驚いたことによる事故だったらしい。

窓の外を見れば、黄色のカレンデュラが庭園に咲き誇っている。カレンデュラの花は好きにはなれない。だというのに、エルヴィスは僕の名前と同じ花だという理由で、植えるよう庭師に指示を出していた。

「本当に嫌になるよ」
「なにか気に触ることでもおありですか?」

ミアに問われて、緩く首を横に振る。目の前に置かれたクッキーを手に取ると、半分程を口に入れて噛み割った。薔薇で作られたジャムの甘い香りが、口内と鼻腔をくすぐる。

どこからみても、美しい光沢と色艶だ。けれど、その美しさを構成する薔薇には刺がある。美しさとは歪だ。棘は目障りで、一欠片も美しくないのに、花だけを見れば、うっとりする程に可憐。

僕とエルヴィスも同じだ。世界や見る視点が違えば、美醜も変わる。立場すらも違う。そんな生き辛い世の中で、必死にもがいて、自分の存在を保っている。

残ったクッキーを口に入れて、咀嚼していると、窓の端にエルヴィスの姿を捉えて、思わず目を凝らした。
隣には、ミーシャさんの姿が見える。そのことに、物凄く苛立ちを覚えた。僕に隠して誰に会っているかと思えば、まさか彼女だとは。

「部屋を出る」
「ですが、エルヴィス様から出ないようにとのご指示が」
「ミアは仕事をしていて。ジンと行く」
「カレンデュラ様っ!」

ショールを羽織って、部屋を飛び出すと、護衛のため部屋の前にいたジンに声をかけた。そのまま、連れ立って下の階へと降りると、丁度エルヴィスとミーシャさんが馬車の前で会話しているのが見えた。
 耳をすませると、微かに声が聞こえてくる。

「御足労頂き本当に感謝致します。本来なら私が伯爵家へ足を運ぶべきでしたのに」
「私がエルヴィス様にお会いしたかったのです」
「それは、光栄です」
「ふふ、ご冗談だとお思いでしょう。ですが、私は嘘は申しませんわ」
「疑ってなどおりません。ですが、私には妻がおります。足を運ぶのはこれを最後にされてください。私のような者と関わっているとなれば、噂になります」

頬を染め、エルヴィスを見つめるミーシャさんは、まさに恋する乙女といった風貌だ。近くにあった手すりを握りしめて、唇を噛み締めた。今にも飛び出してしまいそうなのは、必死に我慢する。

「私は噂になってもかまいませんわ」
「……それはどういう意味でしょうか」
「エルヴィス様をお慕いしているのです。私のことを身を呈して助けて頂いた瞬間に、心を奪われてしまったのです」
「申し訳ありませんが、信じ難いお話です。私のような醜男にそのような感情を抱かれるなど、勘違いではないかと。それに、あのときは、妻を助けようとしたのです。あなたを助けたのは偶然だ。私は、誰よりも妻を愛していますから」

ミーシャさんの告白に、苛立ちはつのるものの、エルヴィスの言葉に心が静まっていくのも感じていた。どうしてこんなにも感情が波立つのかは分からない。

「エルヴィス様が、カレンデュラ様を愛しているのは存じ上げております。ですが、私もこの心を諦めきれないのです。側室でもかまいませんわ。伯爵家と懇意になることは、貴方にも優位に働くはず。どうか、もう一度お考え下さい」

それだけ言うと、ミーシャさんは丁寧に礼をして、馬車へと乗り込んだ。それを確認してから、気づかれないように部屋へと戻る。
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