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悪役令息は怖いようです

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あの日は、阿佐谷から、空き教室に呼び出されたんだ。それで、いつもみたいに酷く罵られた。大抵はグループでいじめてくるけれど、その日は珍しく僕達二人きり。正直、少しだけ嬉しかったのを覚えている。手紙を見られた日から、阿佐谷と二人きりになったことは一度もなかったから。

未だに、なぜ好きだったのかは分からない。まるで阿佐谷という人間に盲信でもしているような感じだった。
阿佐谷と二人きりになり、その日初めて、僕は彼に自分のことが嫌いなのかと尋ねたんだ。答えは分かりきっていたはずなのに、どうしても聞きたかった。

「大嫌いだよ。目障りだ。はやく俺の前から消えてくれ」

誰からなにを言われようと平気だった。阿佐谷からの言葉だったから傷ついたんだ。それ程までに彼からの『消えろ』という一言は重く心にのしかかった。だから、その日の放課後、僕はあっさりと命を絶ったんだ。

溢れかけていたコップから水を溢れさせたのは、たった一滴の言葉だった。阿佐谷という存在は僕には大きすぎたんだ。だから、受け止めきれなかった。

馬車に乗り込むと、突然エルヴィスが抱きしめてきた。身動きが取れずに、抵抗出来ないでいると、僕を抱きしめる腕が微かに震えているのが感じられた。

「無事でよかった……」

か細い声で囁かれた言葉に息を飲む。声も身体も、体温すらも、凍えたように冷たく震えているのが服越しに感じられる。どうして、そんなに震えてるんだよ。

「っ、やめてよ」

離れようと身をよじるけれど、腕に力が込められてますます動けなくなってしまう。

「離さない」
「離してってば!僕は生きてる」

エルヴィスの瞳が真っ直ぐに僕を射抜く。真剣さと、安堵。それから少しの恐怖を綯い交ぜにした、緑の虹彩に、ヒクリと喉がひきつれを起こすような錯覚を覚えた。

「っ、もう二度と、お前を死なせたりしない!!死んで欲しくないんだ!」
「エルヴィス……」

強い言葉に、心が揺れ動く。エルヴィスは、僕の知っている阿佐谷という人間とは違う。それに今更になってようやく、本当の意味で気付いた。一筋、頬を流れた涙を指で拭ってやれば、擦り寄るように、その手に顔を寄せてくる。

「どこにも行かないでくれ」
「……」

わかったと言えないのは、僕がエルヴィスの隣にいることに少しの恐怖を覚えているからだった。いつの間にか、エルヴィスの隣が少しだけ居心地がいいと思えるようになっている。その変化が怖くてたまらない。温かい微睡みの中に浸っていると、復讐なんてどうでもいいと思ってしまいそうになるから。

「カレンデュラ、お前を愛してる」

いつからだったろう。エルヴィスは僕のことをカレンデュラと呼ぶようになった。夏月ではなく、カレンデュラ=デイドリームとして見てくれるようになったんだ。それを嬉しく思うなんて馬鹿げてる。

「僕は君のことが嫌いだ」

まるで呪詛のように言葉を吐き出す。この言葉を口にするたびに、自分の目的を忘れるなと、心に言い聞かせるんだ。

「それでもいい。お前が俺の傍で生きてさえ居てくれるのなら、今はそれで、満足できる」
「もしも、僕が君から離れて、どこか遠くに行ったとしたら、君は追いかけて来てくれるのかい?」
「例えそれが地獄だとしても、俺はお前をこの腕に閉じ込めておくためなら、どこへでも行くだろうな」

それは、甘いようで恐ろしい、執着という名の愛の言葉。その言葉を受け止めることは、今の僕には出来そうにない。

「僕は……君が怖い」
「カレンデュラ……」
「君と話すたびに、自分のしていることが正しいことなのか分からなくなるんだ。それがなによりも怖い」

カレンデュラとして転生し、強くなれたと思った。けれど、弱かった前世の自分となにが違うのか分からなくなってくる。狭い馬車の中で、こうして密着しているだけで、息が止まってしまいそうな程に苦しい。

自然と涙が零れてくる。最近、泣いてばかりだと内心うんざりしてしまう。僕がしたように、エルヴィスも涙を指で拭ってくれる。そのまま、彼の顔が近づいてきて、唇が合わさると、伝わる体温で思考がぐちゃぐちゃに侵されてしまう気がした。

何度も角度を変えて、深く、なにかを探り当てるようなキスをする。気持ちよくて、自分からエルヴィスを求めてしまいそうになるんだ。

「カレンデュラ」
「っ……」

名前を呼ばれると、心が跳ねる。嬉しいと思ってしまう。だから、呼べないように、自ら舌を差し入れて、エルヴィスの口を塞いでやる。細められた瞳が美しいと思った。至近距離で見るエルヴィスは、どこまでもかっこいい。こんなにも美しい男が、この世界では醜男だということに違和感しか感じない。

もし、この世界でも僕たちが前世と同じ立場だったなら、君は僕を愛したかい?それとも、醜いと罵った?そんな、もしもを考えてみても、現実は変わりはしない。
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