カレンデュラに愛を込めて〜悪役令息は美醜逆転世界で復讐を誓う〜

天宮叶

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悪役令息は中庭に行くようです

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結局、泣き疲れた僕がエルヴィスの腕の中で眠るまで、キスの雨は止まなかった。目を覚ますと、穏やかな顔で眠るエルヴィスが隣に居て、昨日のことは夢じゃなかったのだと思い知らされる。

起こさないようにそっとベッドから出ると、ガウンを羽織ってリビングへと向かう。ミアが部屋の外に待機していて、僕が起きたのに気がつくと、ハーブティーを用意してくれた。
ハーブの爽やかな香りを嗅ぐと、心が落ち着いてくる気がする。三口ほど、飲んだあとに、ミアが強ばった表情で声をかけてきた。

「カレンデュラ様、昨夜は酷い目にあわれませんでしたか?」

隣の寝室で眠っているエルヴィスに、聴こえないようにするための配慮なのか、いささか小さな声だ。

「なにもなかったよ。どうして?」
「どうしてもなにも、昨夜の喧嘩が使用人達の間で噂になっているんです。どこから盛れたのか、街でもカレンデュラ様と第一王子が不仲だという噂が……」
「……そうなのかい。それは困ったね」

困り顔を作って、もう一口ハーブティーを飲んだ。やけに胸が苦しくて、感じる罪悪感に吐き気を覚える。噂は、僕がジンに頼んで広めてもらったものだ。

街にまで広まれば、エルヴィスは更に周りから追い詰められると分かっていたから。王族の威信に関わる噂は、単なる噂では片付けられない。

昨夜の会話が思い出されて、めまいがしてきた。復讐をやり遂げると決めたはずなのに、どうして後悔が心を覆い尽くすのだろう。エルヴィスの真剣な眼差しや、言葉を思い出すたびに、決意が揺らぐんだ。

「お顔が真っ青ですよ!」
「大丈夫……」

気分転換に着替えようかと思い、立ち上がると酷い頭痛が襲ってきて、身体が傾く。これはやばいかもしれないと思ったとき、大きな手と身体に受け止められて驚いてしまった。

「気分が優れないのなら寝ていろ」

かけられた気遣いの言葉に、思わず奥歯を噛み締める。今はなぜだか、演技をする気が起きなくて、僕を抱きしめている腕を振りほどいてエルヴィスを睨みつけた。

「元気そうだな」
「ほっといて」
「かまいたくとも、政務があるからかまってやれない」
「早く行きなよ」

ミアが僕のことを凝視してくるけれど、猫をかぶることにも疲れてしまっていて、どうでもよく思える。僕の返答に、エルヴィスは微かに眉を寄せてから部屋を出ていく。それを見送る形で見つめながら、自分のしていることが無意味なことに思えてきて、また涙がこぼれてきそうになった。

「僕も外に出るよ」
「ですが……」
「中庭に行くだけだから。それから、驚かせてごめんね」
「……いえ。昔のカレンデュラ様を見ているようで懐かしかったです」

ミアの言葉を聞いて、前世の記憶を思い出す前の自分のことを振り返ってみた。わがままで、自由で、視点を変えれば今よりも幸せだったように感じる。
着替えを済ませると、ミアと、待機していたジンと共に中庭へと向かった。

「見違えたね」

用意してあげた護衛騎士専用の黒い衣装を身にまとったジンへと笑いかける。髭を剃り、髪を整えると、まるで別人のようだ。

「姫さんのおかげだな」
「僕は居場所を与えただけだ。これから先、どう生きていくかは君次第だよ」
「一丁前なこと言うんだな。まあ、今は姫さんの手足になってやるよ」
「ふふ、ありがとう」

ジンのことを未だ警戒しているミアと、ニヤリと口元に笑みを浮かべるジンの間に挟まれながら、中庭を進んでいく。バランスよく、色とりどりの花が植えられているこの場所に来るのは、初めてのことだ。

「見てください!カレンデュラ様と同じ名前のお花ですよ」

ミアが指さした先を見れば、確かに太陽のような明るいオレンジの大輪が植えられているのが確認できた。ゆっくりと近づいて、花の前へと屈む。

「綺麗ですね」

ミアが僕へと微笑んでくれた。ジンは花に興味はないのか、つまらなさそうにしている。

「悲しい花だよ」

カレンデュラの花言葉は、悲観、失望。僕にピッタリだと自重の笑みを浮かべる。ミアがガゼボに軽食を用意してくれたから、食事をしながら、ボーッと花を眺め続けた。花に囲まれていると心が落ち着いてくる。考えてみれば、エルヴィスと婚姻をしてから、落ち着ける時間なんてなかった気がする。

「それ美味そうだな。俺にもくれよ」
「ちょっと!カレンデュラ様に対して失礼でしょ!!」
「うっせーな」

ジンが僕の手元にあるサンドウィッチに手を伸ばしてきたけれど、すかさずミアがその手を叩く。二人のやりとりを聞いていると、心が軽くなる気がした。

「ジン、ありがとう」

サンドウィッチに興味があったわけじゃないって、ちゃんと分かってるよ。僕がうつむいているから、わざとミアに怒られて場を和ませようとしてくれたんだよね。

口は悪いし、態度は大きいけど、なんだかんだでジンは優しいのだ。そうじゃなければ、襲われている人間を助けようなんて、お金目当てでも思わないよ。

「どうしてこの者にお礼を言うのですか!??」
「ほんとにうるさいねーちゃんだな」
「貴方ね!!カレンデュラ様の護衛騎士なら、もっと礼儀を弁えなさいよね!!!」
「そういうあんたこそ、姫さんの前で怒鳴り声なんてあげていいのかよ」

ジンの言葉に、ミアは慌てて口を両手で抑えた。あまりにもやり取りが面白すぎて、吹き出すと、ミアが恥ずかしそうに顔を赤らめる。
笑い声の響く中庭に暖かな風が吹き、頬を撫でた。揺れていた心が落ち着きを取り戻し始める。

「こんなところに居たのか」

ところが、遠くからかけられた声に反応して、静まりかていた心が再び揺らぎ始めた。声のした方へと顔を向ければ、エルヴィスが眉をひそめて立っている。どうやら僕を探していたらしい。

(楽しい時間は終わりだね)

内心ため息を零しながら立ち上がると、エルヴィスへと近づく。彼が僕を探していた理由は分かっている。噂の出処を聞きに来たのだろう。
頭一個分大きいエルヴィスを見上げると、彼も僕を見下ろしてくる。顔を合わせるたび、心が酷く苦しくなるんだ。軽くなっていた心に幾重にも重りをつけたかのようだと感じる。

「少し風にあたりたかったから」
「噂のことは」
「聞いています」
「二人で話がしたい。部屋に行くぞ」

腕を掴まれて、半ば強制的に引きずられていく。それを二人が追いかけようとしてくるけれど、首を横に振って、来ないように指示を出した。エルヴィスがなにを考えているのかは、後ろ姿だけでは判断できない。

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