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悪役令息は婚姻するようです①

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伯爵家へと戻ってくると、なにも言わずに寝室へと戻った。数日すれば向こうから連絡が来るはずだ。それまでは部屋で大人しくしていよう。悲観にくれる悲劇の令息を演じるのも悪くはないからね。
 
(……エルヴィス)

阿佐谷の手に渡った手紙がどうなったのかは知らない。破られて捨てられるか、酷ければグループ内で回し読みされてネタにされるかのどちらかだと想像していた。けれど、想像に反して阿佐谷は手紙の話しを持ち出すことはしなかった。

そのことに安堵しながらも、阿佐谷の中ではそれ程までに価値のないものだったのだと思い知らされた気がして辛かった。

恋や愛という感情は恐ろしい、僕はどんなにいじめられても、阿佐谷のことを好きだという感情を貫き通した。まるで好きでい続けなければならない呪いにかけられたかのように、ずっと、毎日、彼のことを思っていた。僕の中に産まれた前世の記憶が、その頃の感情を植え付けようとしてくる気がして怖い。あんな奴を好きになるなんてどうかしてる。

(夏月は見る目がないね)

前世の自分は、なにかを上手くできるわけでもなく、容姿にも優れていなかった。その癖に、人を見る目すら持ち合わせていない。可哀想な子だ。だからこそ、僕が夏月を助けてあげるんだ。

前世の記憶が呼び起こされる前、僕には夢中になれるものがなかった。なんでも持っていて、なんでも与えられて、それが当然で、叶わないことなんて一つもなかったから。記憶を思い出したとき、そんな僕にやらなければならないことが出来た。

退屈しのぎの一環という言い方はおかしいけれど、少なくとも前世の自分である夏月のことをそのまま放って置くことは出来ないと思ったんだ。

「カレンデュラ様、お戻りになられていたのですね」
「うん」
「随分と疲れたお顔をされていますよ。寝間着に着替えて、もうお休み下さい」
「ありがとうミア」

部屋に入ってきたミアが着替えを手伝ってくれる。身体は清められているから汚れてはいない。けれど、行為の感覚はまだ消えそうになかった。

「お出かけされたときと服装が違いますが、なにかあったのですか?」
「汚れてしまったから、着替えさせてもらったんだ。心配要らないよ」
「そうなのですか?この衣装は第一王子の瞳の色に似ていますね。とても良くお似合いです」
「……そう」

真っ直ぐに僕を映し出すあの瞳が嫌いだ。エルヴィスは話をするときに、決して僕から視線を逸らさない。それが、僕の弱い心を見透かしているかのようで怖気づきそうになる。

「この衣装は洗って返しておいて。要らないと言われたら、棄ててしまってかまわない」
「折角お似合いなのに、手放してしまわれるのですね」
「僕には必要のないものだから」

着替え終えると、ベッドへと横たわって固く目を閉じる。ミアはなにかを察したのか、それ以上はなにも聞いては来なかった。

次の日の昼に、王家から直々に手紙が届いた。内容は昨日起こったことへの謝罪と、責任を取るために、予定していた婚姻の件を早急に決めてしまいたいというものだ。早速、お母様から部屋に来るようにと指示があった。

「カレンデュラが参りました」
「あら、思ったよりも元気そうね。昨日戻ってきてから、部屋から一度も出ていないと聞いていたから、もっと落ち込んでいると思っていたわ」
「……あれは僕が悪いのです。責任は僕にあります」
「世間はそうは思わないのよ。特に貴方と第一王子の場合は、どうしても王子側の責任が問われてしまうの。分かるわね」
「はい……」
「階段から落ちた日から、貴方は随分と大人しくなったようだけれど、気のせいだったようね。婚姻前に身体を繋げてしまうなんて」

お母様のお小言を聞きながら、どうやら僕達の婚姻に反対している訳ではないことを悟る。むしろ、婚姻したくないと駄々をこねるかもしれない僕を諭すような口調だ。

「お母様、僕はエルヴィス様と婚姻するつもりです。出来れば早いうちに」
「この間まで、あんなに婚姻したくないと言っていたのに驚いたわ。頭を打ってから、まるで別人になったみたい」

お母様は勘が鋭い。あながち間違ってはいない言葉に苦笑いが漏れた。
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