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悪役令息は手紙を書くようです
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伯爵家へ帰ると、食事も取らずに就寝する。目を閉じれば、エルヴィスの顔が脳裏に浮かんできた。
(きっかけはなんだったっけ)
僕が阿佐谷にいじめられるきっかけになった出来事はなんだっただろう。記憶を辿れば、ぼんやりとだけど思い出せる。悪夢の始まりを告げたのは、一通の手紙だった。
中学の頃、僕は空気のような存在だった。いじめられることもなければ、誰かと話すこともない。居ても居なくても変わらない人間。
他校に物凄く美形の転校生が来たと噂になったのは、中学二年の頃。彼を見に、沢山の女子たちが、他校へと押し寄せていたのを覚えている。興味なんてこれっぽっちもなくて、いつもみたいに一人うつむきながら家へと帰っていた。
靴が地面を蹴る音が聴こえてきて、思わず立ち止まると、目の前から凄く美形の、同い年くらいの男の子が走ってくるのが見えた。ぶつかりそうになって、慌てて避けると、手に持っていた荷物が地面へと落ちたんだ。 慌てて拾おうとしたら、先にその男の子が荷物を拾って渡してくれた。それが阿佐谷だった。
「気をつけろよ。じゃあな」
眩しすぎるくらい輝いている笑顔を、僕に向けてくれたんだ。たったそれだけの行動と言葉に胸を鷲掴みにされた。誰かに笑いかけられたことも、優しくされたこともなかったから、すごく、ものすごく嬉しくて、気がつくと僕もその女の子達の中に紛れ込んでいた。
高校に進学して、阿佐谷がいることに気がついて、同じクラスだってことが嬉しくて、舞い上がっていた僕は阿佐谷に手紙を書いたんだ。
渡すつもりなんてない、告白の手紙。それなのに、たまたま手紙を読み直しているときに、彼が教室に来た。慌てて引き出しに、手紙を仕舞おうとしたけれど、床に落としてしまい、あろうことかそれを阿佐谷が拾ってしまったんだ。
なにを言われるんだろうってドキドキして、返事を待った。
「お前もかよ……。気持ちわりぃ」
けれど、阿佐谷の口から飛び出したのは、あの日の優しさなんて欠片もない残酷な一言。それから、悪夢は始まった。
阿佐谷があの手紙のことを誰かに話す様子はなかった。けれど、それと反比例するようにいじめの激しさは増していった。
僕のなにが気に食わなかった?かっこいい君を好きになったことが間違いだったのかな?
悩んで悩み抜いて、いじめは加速して、それでも僕は彼を見つめていた。捨てられない思いも、浴びせられる鋭利な言葉も、なにもかもが夏月の心を壊して、アイスピックのように粉々に砕いていく。
(あんなやつのどこがよかったの?)
夏月が好きになってあげるほどの価値が阿佐谷にはあったのだろうか。僕には分からない。
夏月の記憶の夢を見ながら、眠りへと沈んでいく。明日になればなにかが変わるかもしれない。そう思いたい。
ぐらつく意識を無理矢理浮上させて、重い瞼を開けると、体を起こして伸びをする。目を覚ましても現実はなにも変わらなままだ。僕はカレンデュラでエルヴィスは阿佐谷。
「おはようございますカレンデュラ様。昨日はお食事も召し上がらずにお眠りになられたので心配致しました。第一王子から手紙が届いておりますが如何されますか?」
「読むよ。持ってきてくれるかい」
「かしこまりました」
持ってきていた手紙をミアが差し出してくれる。受け取って中を見れば、昨日のことについて国王からお叱りがあったことなど、僕への恨み辛みが書かれていて、口角が自然と上がってしまった。
「なにか嬉しいことが書いてあったのですか?」
僕が喜んでいると分かったのか、尋ねてきたミアに、内緒だと答えて手紙を便箋へと仕舞う。
エルヴィスが怒れば怒るほど、嬉しくてたまらなくなる。
「彼に返事をしないといけないね」
椅子に腰かけると愛用の羽根ペンを手に取る。鼻歌を歌いながら、文字をつづっていけば、あっという間に返事は書き終わってしまった。お気に入りの香水をふりかけて、お気に入りの便箋へ入れて、封をする。ミアにそれを手渡して、出しておくように伝えた。
お茶会で僕をすぐに助けなかった件は、使用人から国王へ話しが行ったらしく、エルヴィスはかなりきつく言われたらしい。きっとエルヴィスはそれはそれは腹を立てていることだろう。手紙の返事には、近々もう一度お会いしたいと書いておいた。
エルヴィスが了承の返事をくれるかどうかは正直運次第だけれど、蔑ろには出来ないのではないかとは思っている。
「ミア、カヌレが食べたいな」
「すぐに料理長に頼んできますね」
「ありがとう」
お礼を伝えると、ミアは嬉しそうにはにかんでくれる。最近はその顔を見るのが楽しみで仕方ない。感謝を伝えるというのはいい気分になるのだと、前世の記憶を取り戻してから知ることが出来た。記憶を取り戻したことで降り注ぐのは悪いことばかりではないんだよね。
手紙の返事が来たのは、彼と顔を合わせてから二週間後のことだった。予想通り、僕のことを蔑ろには出来なかったのか、了承の返事が簡素に書かれた手紙が送られてきて口元がゆるむ。これでやっと計画が進められる。
今回のお茶会には、エルヴィスの髪の色である銀色の衣装を身につけていくことにした。周りには僕がエルヴィスのことを慕っているように見えるだろう。それから、
「カレンデュラ様、頼まれていた物をお持ちしました。どこかお悪いのですか?」
「ううん、心配要らないよ。ありがとう」
ミアから受け取った薬を手に取ると、カラカラと中身を揺らしながらほくそ笑む。
「はやくエルヴィス様にお会いしたいな」
「あんなに嫌がっておいででしたのに、第一王子のことを慕っておいでなのですね。カレンデュラ様が幸せそうで嬉しいです」
「ふふ、そうだね」
きっと、今の僕は幸せとは程遠い場所に居るのだろうね。でも、復讐のためなら手段は選んでいられないんだ。それに、この世界に生まれ変われただけで僕は幸せだから。
(きっかけはなんだったっけ)
僕が阿佐谷にいじめられるきっかけになった出来事はなんだっただろう。記憶を辿れば、ぼんやりとだけど思い出せる。悪夢の始まりを告げたのは、一通の手紙だった。
中学の頃、僕は空気のような存在だった。いじめられることもなければ、誰かと話すこともない。居ても居なくても変わらない人間。
他校に物凄く美形の転校生が来たと噂になったのは、中学二年の頃。彼を見に、沢山の女子たちが、他校へと押し寄せていたのを覚えている。興味なんてこれっぽっちもなくて、いつもみたいに一人うつむきながら家へと帰っていた。
靴が地面を蹴る音が聴こえてきて、思わず立ち止まると、目の前から凄く美形の、同い年くらいの男の子が走ってくるのが見えた。ぶつかりそうになって、慌てて避けると、手に持っていた荷物が地面へと落ちたんだ。 慌てて拾おうとしたら、先にその男の子が荷物を拾って渡してくれた。それが阿佐谷だった。
「気をつけろよ。じゃあな」
眩しすぎるくらい輝いている笑顔を、僕に向けてくれたんだ。たったそれだけの行動と言葉に胸を鷲掴みにされた。誰かに笑いかけられたことも、優しくされたこともなかったから、すごく、ものすごく嬉しくて、気がつくと僕もその女の子達の中に紛れ込んでいた。
高校に進学して、阿佐谷がいることに気がついて、同じクラスだってことが嬉しくて、舞い上がっていた僕は阿佐谷に手紙を書いたんだ。
渡すつもりなんてない、告白の手紙。それなのに、たまたま手紙を読み直しているときに、彼が教室に来た。慌てて引き出しに、手紙を仕舞おうとしたけれど、床に落としてしまい、あろうことかそれを阿佐谷が拾ってしまったんだ。
なにを言われるんだろうってドキドキして、返事を待った。
「お前もかよ……。気持ちわりぃ」
けれど、阿佐谷の口から飛び出したのは、あの日の優しさなんて欠片もない残酷な一言。それから、悪夢は始まった。
阿佐谷があの手紙のことを誰かに話す様子はなかった。けれど、それと反比例するようにいじめの激しさは増していった。
僕のなにが気に食わなかった?かっこいい君を好きになったことが間違いだったのかな?
悩んで悩み抜いて、いじめは加速して、それでも僕は彼を見つめていた。捨てられない思いも、浴びせられる鋭利な言葉も、なにもかもが夏月の心を壊して、アイスピックのように粉々に砕いていく。
(あんなやつのどこがよかったの?)
夏月が好きになってあげるほどの価値が阿佐谷にはあったのだろうか。僕には分からない。
夏月の記憶の夢を見ながら、眠りへと沈んでいく。明日になればなにかが変わるかもしれない。そう思いたい。
ぐらつく意識を無理矢理浮上させて、重い瞼を開けると、体を起こして伸びをする。目を覚ましても現実はなにも変わらなままだ。僕はカレンデュラでエルヴィスは阿佐谷。
「おはようございますカレンデュラ様。昨日はお食事も召し上がらずにお眠りになられたので心配致しました。第一王子から手紙が届いておりますが如何されますか?」
「読むよ。持ってきてくれるかい」
「かしこまりました」
持ってきていた手紙をミアが差し出してくれる。受け取って中を見れば、昨日のことについて国王からお叱りがあったことなど、僕への恨み辛みが書かれていて、口角が自然と上がってしまった。
「なにか嬉しいことが書いてあったのですか?」
僕が喜んでいると分かったのか、尋ねてきたミアに、内緒だと答えて手紙を便箋へと仕舞う。
エルヴィスが怒れば怒るほど、嬉しくてたまらなくなる。
「彼に返事をしないといけないね」
椅子に腰かけると愛用の羽根ペンを手に取る。鼻歌を歌いながら、文字をつづっていけば、あっという間に返事は書き終わってしまった。お気に入りの香水をふりかけて、お気に入りの便箋へ入れて、封をする。ミアにそれを手渡して、出しておくように伝えた。
お茶会で僕をすぐに助けなかった件は、使用人から国王へ話しが行ったらしく、エルヴィスはかなりきつく言われたらしい。きっとエルヴィスはそれはそれは腹を立てていることだろう。手紙の返事には、近々もう一度お会いしたいと書いておいた。
エルヴィスが了承の返事をくれるかどうかは正直運次第だけれど、蔑ろには出来ないのではないかとは思っている。
「ミア、カヌレが食べたいな」
「すぐに料理長に頼んできますね」
「ありがとう」
お礼を伝えると、ミアは嬉しそうにはにかんでくれる。最近はその顔を見るのが楽しみで仕方ない。感謝を伝えるというのはいい気分になるのだと、前世の記憶を取り戻してから知ることが出来た。記憶を取り戻したことで降り注ぐのは悪いことばかりではないんだよね。
手紙の返事が来たのは、彼と顔を合わせてから二週間後のことだった。予想通り、僕のことを蔑ろには出来なかったのか、了承の返事が簡素に書かれた手紙が送られてきて口元がゆるむ。これでやっと計画が進められる。
今回のお茶会には、エルヴィスの髪の色である銀色の衣装を身につけていくことにした。周りには僕がエルヴィスのことを慕っているように見えるだろう。それから、
「カレンデュラ様、頼まれていた物をお持ちしました。どこかお悪いのですか?」
「ううん、心配要らないよ。ありがとう」
ミアから受け取った薬を手に取ると、カラカラと中身を揺らしながらほくそ笑む。
「はやくエルヴィス様にお会いしたいな」
「あんなに嫌がっておいででしたのに、第一王子のことを慕っておいでなのですね。カレンデュラ様が幸せそうで嬉しいです」
「ふふ、そうだね」
きっと、今の僕は幸せとは程遠い場所に居るのだろうね。でも、復讐のためなら手段は選んでいられないんだ。それに、この世界に生まれ変われただけで僕は幸せだから。
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