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そんな時こそ
⑨
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馬車に乗り込むと、並んで腰掛ける。
「なにがあったか僕に話してみてくれないかな?」
顔を覗きこむようにして言えば、エレノアがそろそろと顔を上げて潤んだ瞳で僕のことを見てきた。
エレノアのヴァイオレットの瞳には、ただひたすら哀しみの色しか浮かんでいない気がする。
「……アレンと私は………前まで婚約していたの」
ぽつりとエレノアが呟いた。
僕はそれを聞いてとても驚いたけれど、今は詳しいことを聞こうと思って質問を投げかける。
「……婚約破棄をした理由を聞いてもいい?」
僕の質問に彼女は小さく頷いてくれた。
話す内容を思案している彼女のことをじっと待つ。
「私、兄妹が欲しいと言っていたでしょう。……それが全ての始まりみたいなものだったと思う」
「……どういうこと?」
エレノアはなにかを思い出すようにそっと目を閉じて、綺麗に整えられた眉を悲しげに歪める。
その姿は懺悔しているようにも見えて、どうしてそんな顔をするのかと、心配になった。
「……まだ、私が9歳の時、どうしても弟が欲しかった私は毎日のようにお父様とお母様に弟がほしいってねだっていたわ。きっと、1人が寂しかったのね」
そう言ってエレノアは悲しげに笑う。
「お父様たちは、ねだる私に、いつも困ったような笑みを浮かべながら、ごめんねって言うだけだった。子供ながら変だと思ったのね。.私付きのメイドに尋ねてみたの。どうしてあんな顔を2人はするのかって」
その先がなんとなく想像出来てしまって、僕も悲しくなった。
「……最初は渋って教えてくれなかった皆も、私があまりにもしつこく聞いてくるものだから最後はこそっと教えてくれたわ。お母様は私を産んだ時の後遺症で子供を二度と産めない体になってしまったって聞かされたわ。私は大馬鹿だった」
エレノアは口元だけに苦しげに笑みを浮かべる。その顔があまりにも辛そうで、繋いだ彼女の手を撫でてあげた。
「アレンとは私達がまだ産まれたばかりのときから婚約は決まっていたの。お父様と辺境伯爵家の当主は仲が良くて、たまたま歳が近く産まれた私たちは2人の強い希望で婚約を結んだ。9歳までは本当に仲が良くて、私もアレンもこのまま結婚するんだって信じきってたわ」
「それなのに……婚約破棄してしまったの?」
「……そうよ。アレンを愛してたわ。今もそれは変わらない。アレンは天人で、きっと花人の方と居た方が上手くいくって思っていたけれど、アレンはいつも私が好きなんだって言ってくれていた。真っ直ぐな人だから、彼の言う通り裏切ったのは私だわ」
「エレノア……」
「私が婚約破棄を申し出たの」
ぽろりと涙を零した彼女を、そっと抱きしめて優しく頭を撫でて上げる。声を噛み殺して泣く彼女は深く深く傷ついていて、どうしたら彼女のその傷を癒してあげられるのかわからなかった。
僕の胸の中で静かに涙を流すエレノアは、嗚咽混じりに話を続けてくれた。
「……お母様が子供を産めない身体だと知らされたとき、自分の浅はかさを恨んだわ。自分のせいなのに、なにも知らずにずっと兄妹が欲しいと言っていたのよ……」
「まだ幼かったんだから仕方ないよ」
「っ……それでも自分が許せなかった。由緒あるエーデルシュタイン公爵家に子供は私だけ。それが自分のせいだというなら、私が公爵家を引き継がないとって幼いながらに思ったの。……けれど、アレンと婚約した状態ではいずれ辺境伯爵家に嫁がなければいけないでしょう。だから、婚約破棄をしたの。周りからは止められたわ」
エレノアの言葉は1つ1つが重く、まだ14歳の少女が背負うには酷なことだと思ってしまう。愛する人を手放してまで、彼女は家の為に尽くすと言うけれど、それじゃあエレノアの幸せは何処にあるっていうんだろう。
「……エレノアはそれで幸せ?」
僕の質問にエレノアは顔を上げて、しっかりと僕の目を見つめながら、幸せよって答えた。
その返答に目を丸くしてしまう。
「私は、アレン=マクホランドのことを愛しているわ」
「……それなら、どうして」
好きな人と離れてしまったのに、どうして幸せだと言えるのだろう?
「家の為になにか出来ることが嬉しい。家にいればお父様とお母様と離れなくてすむし、素敵なお義兄様も出来たわ。アレンとは道を違えてしまったけれど、彼が好きな人を見つけて今が幸せならそれでいいの。ジュディ様が恋人なのは不安だけれど、私もいつか彼を忘れて、他の人を好きになれるはずだわ」
どこまでも彼女は強いと思った。
僕なんかよりもずっとずっとエレノアは先を見据えている。けれど、自分の幸せよりも人の幸せを優先してしまう優しい彼女は、見ていて危うく、その華奢な背中には背負いきれない沢山のものを抱えているから、壊れてしまわないか心配になった。
僕はエレノアの手を取ると、その手の甲に1つキスを落とす。
彼女のことを尊敬している。
天使のように可愛い義妹は、いつも笑顔で気が強くて自由奔放に見えるけれど、その奔放さの中に自分の思いもなにもかもを隠して生きている。
「エレノアのことは僕が守るよ。君が辛いときも悲しいときも、もちろん楽しいときだって、僕は君の義兄として傍に居てずっと君を守るから。だから、どんなときでも頼って欲しい」
僕の自慢の妹は少し頑張りすぎる節があるから。
初めて彼女に出会った日、指先しか握れなかった手を今はしっかりと握りしめる。
この華奢な手を守っていこう。
僕は今、ようやく本当の意味で彼女の兄になれた気がした。
「なにがあったか僕に話してみてくれないかな?」
顔を覗きこむようにして言えば、エレノアがそろそろと顔を上げて潤んだ瞳で僕のことを見てきた。
エレノアのヴァイオレットの瞳には、ただひたすら哀しみの色しか浮かんでいない気がする。
「……アレンと私は………前まで婚約していたの」
ぽつりとエレノアが呟いた。
僕はそれを聞いてとても驚いたけれど、今は詳しいことを聞こうと思って質問を投げかける。
「……婚約破棄をした理由を聞いてもいい?」
僕の質問に彼女は小さく頷いてくれた。
話す内容を思案している彼女のことをじっと待つ。
「私、兄妹が欲しいと言っていたでしょう。……それが全ての始まりみたいなものだったと思う」
「……どういうこと?」
エレノアはなにかを思い出すようにそっと目を閉じて、綺麗に整えられた眉を悲しげに歪める。
その姿は懺悔しているようにも見えて、どうしてそんな顔をするのかと、心配になった。
「……まだ、私が9歳の時、どうしても弟が欲しかった私は毎日のようにお父様とお母様に弟がほしいってねだっていたわ。きっと、1人が寂しかったのね」
そう言ってエレノアは悲しげに笑う。
「お父様たちは、ねだる私に、いつも困ったような笑みを浮かべながら、ごめんねって言うだけだった。子供ながら変だと思ったのね。.私付きのメイドに尋ねてみたの。どうしてあんな顔を2人はするのかって」
その先がなんとなく想像出来てしまって、僕も悲しくなった。
「……最初は渋って教えてくれなかった皆も、私があまりにもしつこく聞いてくるものだから最後はこそっと教えてくれたわ。お母様は私を産んだ時の後遺症で子供を二度と産めない体になってしまったって聞かされたわ。私は大馬鹿だった」
エレノアは口元だけに苦しげに笑みを浮かべる。その顔があまりにも辛そうで、繋いだ彼女の手を撫でてあげた。
「アレンとは私達がまだ産まれたばかりのときから婚約は決まっていたの。お父様と辺境伯爵家の当主は仲が良くて、たまたま歳が近く産まれた私たちは2人の強い希望で婚約を結んだ。9歳までは本当に仲が良くて、私もアレンもこのまま結婚するんだって信じきってたわ」
「それなのに……婚約破棄してしまったの?」
「……そうよ。アレンを愛してたわ。今もそれは変わらない。アレンは天人で、きっと花人の方と居た方が上手くいくって思っていたけれど、アレンはいつも私が好きなんだって言ってくれていた。真っ直ぐな人だから、彼の言う通り裏切ったのは私だわ」
「エレノア……」
「私が婚約破棄を申し出たの」
ぽろりと涙を零した彼女を、そっと抱きしめて優しく頭を撫でて上げる。声を噛み殺して泣く彼女は深く深く傷ついていて、どうしたら彼女のその傷を癒してあげられるのかわからなかった。
僕の胸の中で静かに涙を流すエレノアは、嗚咽混じりに話を続けてくれた。
「……お母様が子供を産めない身体だと知らされたとき、自分の浅はかさを恨んだわ。自分のせいなのに、なにも知らずにずっと兄妹が欲しいと言っていたのよ……」
「まだ幼かったんだから仕方ないよ」
「っ……それでも自分が許せなかった。由緒あるエーデルシュタイン公爵家に子供は私だけ。それが自分のせいだというなら、私が公爵家を引き継がないとって幼いながらに思ったの。……けれど、アレンと婚約した状態ではいずれ辺境伯爵家に嫁がなければいけないでしょう。だから、婚約破棄をしたの。周りからは止められたわ」
エレノアの言葉は1つ1つが重く、まだ14歳の少女が背負うには酷なことだと思ってしまう。愛する人を手放してまで、彼女は家の為に尽くすと言うけれど、それじゃあエレノアの幸せは何処にあるっていうんだろう。
「……エレノアはそれで幸せ?」
僕の質問にエレノアは顔を上げて、しっかりと僕の目を見つめながら、幸せよって答えた。
その返答に目を丸くしてしまう。
「私は、アレン=マクホランドのことを愛しているわ」
「……それなら、どうして」
好きな人と離れてしまったのに、どうして幸せだと言えるのだろう?
「家の為になにか出来ることが嬉しい。家にいればお父様とお母様と離れなくてすむし、素敵なお義兄様も出来たわ。アレンとは道を違えてしまったけれど、彼が好きな人を見つけて今が幸せならそれでいいの。ジュディ様が恋人なのは不安だけれど、私もいつか彼を忘れて、他の人を好きになれるはずだわ」
どこまでも彼女は強いと思った。
僕なんかよりもずっとずっとエレノアは先を見据えている。けれど、自分の幸せよりも人の幸せを優先してしまう優しい彼女は、見ていて危うく、その華奢な背中には背負いきれない沢山のものを抱えているから、壊れてしまわないか心配になった。
僕はエレノアの手を取ると、その手の甲に1つキスを落とす。
彼女のことを尊敬している。
天使のように可愛い義妹は、いつも笑顔で気が強くて自由奔放に見えるけれど、その奔放さの中に自分の思いもなにもかもを隠して生きている。
「エレノアのことは僕が守るよ。君が辛いときも悲しいときも、もちろん楽しいときだって、僕は君の義兄として傍に居てずっと君を守るから。だから、どんなときでも頼って欲しい」
僕の自慢の妹は少し頑張りすぎる節があるから。
初めて彼女に出会った日、指先しか握れなかった手を今はしっかりと握りしめる。
この華奢な手を守っていこう。
僕は今、ようやく本当の意味で彼女の兄になれた気がした。
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