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ノービルの街
ノービルの街 1
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「お、やっと見えてきたな。あれが、ノービルの街か?」
「そうですよ。あと少しですが、街に入るまではしっかり頼みますよ」
「もちろんだ。ここまで来て、護衛の依頼を失敗させるつもりなんてないさ。任せてくれよ」
かぽかぽと荷馬車を引く馬の足音を聞きながら、周囲を警戒する。
街が見えて油断したところで、山賊や魔物に襲われた、なんて間抜けな冒険者の話はよく聞く。
依頼主の言う通り、目的地にたどり着く最後の一瞬まで、決して気を抜いてはならない。
その程度のことも出来ない冒険者なら、他人の命を預かる護衛依頼など、受ける資格すらない。
冒険者になって、良かったことは知らない街に行けるということ。
新しい国や新しい街では、人間関係がまっさらになる。
ふらりとやって来た冒険者が、どこで何をしても、誰も気にしない。
冒険者なんてものは、元々根なし草のようなものだから、余程の活躍でもしない限り、注目されることもない。
それでも、同じところに居続ければ、知り合いや顔見知りなんていうものが増え、そのうち友人や恋人なんて深い関係のものまで出来ることもあるだろう。
そういう気のおけない知り合いがいる街で暮らすのもいいが、時々、俺はそれが息苦しく感じることがある。
だから、誰も俺を知らない街へ行く依頼を受け、外の世界に飛び出してしまう。
知らない土地で、思う存分羽を伸ばし、また古巣へと戻る。
俺は、そんな生活を、もう二十年くらい過ごしている。
「いい街だな」
「ええ、この辺りでは、一番大きな街ですよ」
国境を越えてやって来た街は、活気に満ちていて、そこかしこに笑顔が溢れていた。
純粋な人間だけでなく、エルフやドワーフ、獣人のような亜人種も、普通に街を歩いている。
思わず街行く人々を眺めながら、溢れてきた唾を密かに飲み込む。
「こりゃ、楽しめそうだな」
「私はしばらくここを拠点に、いくつかの町や村へ出向く予定ですので、良ければまた依頼を受けてください。あなたなら、安心してお任せ出来ますから」
「そうかい? 縁があれば、受けさせてもらうよ」
依頼書に完了サインをもらって、依頼主とは街門のところで別れた。
彼のような裕福な商人たちが泊まる南区画の宿に用はない。
ギルドで依頼完了の報告をして、報酬を受け取る。
金を手にしたら、行く先は決まっているのだが、いささか時間が早すぎた。
フードを目深にかぶり、下見がてら街をぶらつくことにした。
◆◆◆
もう何年も冒険者として、剣を振るってきた。
成人する少し前に、生まれ故郷を飛び出してからもう二十年。
数えで三十五になるこの年まで、大きな怪我もなく冒険者を続けられているのは、奇跡と言っても過言ではない。
年齢的に体のあちこちにガタが来ているが、これまでの鍛練によって鍛え上げられた俺の体は、いかにも精力が強そうにでも見えるのだろう。
顔を隠していても、がっちりとした筋肉の鎧をまとうこの体は、ある種人目をひくらしい。
歓楽街に入ると、娼館の側に立つ娼婦や男娼から、熱い視線がちらほらと送られてくる。
「兄さん、今夜の宿は決まってるのかい?」
あだっぽい姉さんに声をかけられたが、手を振って逃げた。
ここで女を買うつもりはない。
冷やかしてもいいことなんてないから、打つべき手は逃げの一手だ。
「お兄さん、僕と遊ばない?」
色目を使うガキにも、興味はない。
そうやって、逃げて逃げて逃げて。
迷い込むように誘われて、街の闇へと潜り込んだ。
どんな街にも必ずある闇を抱える裏街にこそ、俺の求めるものはある。
まだ薄暗い夕闇の中、酒場を示す看板の下に、黒い輪をぶら下げている店を見つけた。
赤や青、緑などいくつか、同じような輪をぶら下げている店はあったが、俺が求めていたのはこの黒い輪だった。
早速、中へと入ろうとして、後ろから声をかけられた。
「ニイさん、看板はよく見て入ンなよ。間違えて、穴ン中、落ちたら大変だぜ」
にやにやと笑う若い男は、俺と同じかそれ以上に鍛え上げられた体をしていた。
胸の前で腕を組み、盛り上がった筋肉を見せつけてくる。
冒険者に成り立てか、それとも他の職についているのか。
もしそうなら、まだ見習いか、見習いを抜けたばかりといった風情の若者だ。
穿いているズボンの前が、恐らく平時だろうにすでにもっこりと膨らんでいて、何やら自信ありげなのは、そのご自慢のちんぽのおかげのようだった。
「問題ない。ここでいいんだ」
俺が口の端をつり上げて答えれば、男は呆気に取られたようにぽかんとした。
「ニイさん、モテそうなナリしてンのに、こんなところで穴の世話ンなるのかい?」
「まあ、そんなとこだ」
「そうかい。ンじゃ、楽しンでくれよ。オレは、ここの常連なンだ。中で会えたら、ぜひ、遊んでくンな」
「縁が、あったらな」
せっかくの新しい街だ。
まっさらなところから、楽しまなくては損というものだろう。
俺は、常連だという若い男に頷いて、店の中へと足を踏み入れた。
これが、縁だというなら、きっともう一度会えるはずだ。
こんな風に顔を合わせることは、ないかもしれないが。
店の中に入れば、そこでも値踏みするような視線が向けられた。
じっと見つめてくる者、見てもすぐに目をそらす者、盗み見るようにしながら、隣のやつと話す者。
酒場の中に居る男たちの目は、どれも似た色を宿していた。
いくつか飢えた獣のような目を向けられて、思わずぞくりと震える。
これは、本当に楽しめそうだ。
「飯とエールをくれ」
空いていたカウンターの椅子に座り、ひとまず飯を頼む。
このあと、楽しむにしても、腹ごしらえはしておきたい。
「あいよ」
銅貨を五枚。
カウンターの上に金を置けば、すぐにシチューと黒パン、エールが目の前に現れる。
まずはエールに口をつけ、喉を潤してから、シチューと黒パンを胃袋へ詰め込んだ。
思っていたよりも、シチューの具は多くてうまかった。
店が繁盛しているのなら、ここは良い店なのだろう。
黒パンの下に皿として置かれていた木札に書かれた、文字を指先でなぞる。
書かれているのは、シンプルに『壁』と『穴』。
俺は木札の『壁』を上にして、その上に銀貨を二枚乗せた。
「うまいな」
「おかわりはいるか?」
「そうだな。もう一杯、もらおうか」
さらに、銅貨を三枚追加して、木札と空になっていた皿をカウンターへと乗せた。
金と木札は回収され、黒パンが乗った新しい物に変えられた。
空になっていた皿には、シチューが満たされる。
「エールも、もう一杯くれ」
銅貨を二枚置いて、差し出されたエールと小さな鍵を受け取った。
そこからは、無言で飯を食って、すぐに酒場を後にした。
俺の背中を追いかけてくるいくつもの視線は、見ない振りをした。
「そうですよ。あと少しですが、街に入るまではしっかり頼みますよ」
「もちろんだ。ここまで来て、護衛の依頼を失敗させるつもりなんてないさ。任せてくれよ」
かぽかぽと荷馬車を引く馬の足音を聞きながら、周囲を警戒する。
街が見えて油断したところで、山賊や魔物に襲われた、なんて間抜けな冒険者の話はよく聞く。
依頼主の言う通り、目的地にたどり着く最後の一瞬まで、決して気を抜いてはならない。
その程度のことも出来ない冒険者なら、他人の命を預かる護衛依頼など、受ける資格すらない。
冒険者になって、良かったことは知らない街に行けるということ。
新しい国や新しい街では、人間関係がまっさらになる。
ふらりとやって来た冒険者が、どこで何をしても、誰も気にしない。
冒険者なんてものは、元々根なし草のようなものだから、余程の活躍でもしない限り、注目されることもない。
それでも、同じところに居続ければ、知り合いや顔見知りなんていうものが増え、そのうち友人や恋人なんて深い関係のものまで出来ることもあるだろう。
そういう気のおけない知り合いがいる街で暮らすのもいいが、時々、俺はそれが息苦しく感じることがある。
だから、誰も俺を知らない街へ行く依頼を受け、外の世界に飛び出してしまう。
知らない土地で、思う存分羽を伸ばし、また古巣へと戻る。
俺は、そんな生活を、もう二十年くらい過ごしている。
「いい街だな」
「ええ、この辺りでは、一番大きな街ですよ」
国境を越えてやって来た街は、活気に満ちていて、そこかしこに笑顔が溢れていた。
純粋な人間だけでなく、エルフやドワーフ、獣人のような亜人種も、普通に街を歩いている。
思わず街行く人々を眺めながら、溢れてきた唾を密かに飲み込む。
「こりゃ、楽しめそうだな」
「私はしばらくここを拠点に、いくつかの町や村へ出向く予定ですので、良ければまた依頼を受けてください。あなたなら、安心してお任せ出来ますから」
「そうかい? 縁があれば、受けさせてもらうよ」
依頼書に完了サインをもらって、依頼主とは街門のところで別れた。
彼のような裕福な商人たちが泊まる南区画の宿に用はない。
ギルドで依頼完了の報告をして、報酬を受け取る。
金を手にしたら、行く先は決まっているのだが、いささか時間が早すぎた。
フードを目深にかぶり、下見がてら街をぶらつくことにした。
◆◆◆
もう何年も冒険者として、剣を振るってきた。
成人する少し前に、生まれ故郷を飛び出してからもう二十年。
数えで三十五になるこの年まで、大きな怪我もなく冒険者を続けられているのは、奇跡と言っても過言ではない。
年齢的に体のあちこちにガタが来ているが、これまでの鍛練によって鍛え上げられた俺の体は、いかにも精力が強そうにでも見えるのだろう。
顔を隠していても、がっちりとした筋肉の鎧をまとうこの体は、ある種人目をひくらしい。
歓楽街に入ると、娼館の側に立つ娼婦や男娼から、熱い視線がちらほらと送られてくる。
「兄さん、今夜の宿は決まってるのかい?」
あだっぽい姉さんに声をかけられたが、手を振って逃げた。
ここで女を買うつもりはない。
冷やかしてもいいことなんてないから、打つべき手は逃げの一手だ。
「お兄さん、僕と遊ばない?」
色目を使うガキにも、興味はない。
そうやって、逃げて逃げて逃げて。
迷い込むように誘われて、街の闇へと潜り込んだ。
どんな街にも必ずある闇を抱える裏街にこそ、俺の求めるものはある。
まだ薄暗い夕闇の中、酒場を示す看板の下に、黒い輪をぶら下げている店を見つけた。
赤や青、緑などいくつか、同じような輪をぶら下げている店はあったが、俺が求めていたのはこの黒い輪だった。
早速、中へと入ろうとして、後ろから声をかけられた。
「ニイさん、看板はよく見て入ンなよ。間違えて、穴ン中、落ちたら大変だぜ」
にやにやと笑う若い男は、俺と同じかそれ以上に鍛え上げられた体をしていた。
胸の前で腕を組み、盛り上がった筋肉を見せつけてくる。
冒険者に成り立てか、それとも他の職についているのか。
もしそうなら、まだ見習いか、見習いを抜けたばかりといった風情の若者だ。
穿いているズボンの前が、恐らく平時だろうにすでにもっこりと膨らんでいて、何やら自信ありげなのは、そのご自慢のちんぽのおかげのようだった。
「問題ない。ここでいいんだ」
俺が口の端をつり上げて答えれば、男は呆気に取られたようにぽかんとした。
「ニイさん、モテそうなナリしてンのに、こんなところで穴の世話ンなるのかい?」
「まあ、そんなとこだ」
「そうかい。ンじゃ、楽しンでくれよ。オレは、ここの常連なンだ。中で会えたら、ぜひ、遊んでくンな」
「縁が、あったらな」
せっかくの新しい街だ。
まっさらなところから、楽しまなくては損というものだろう。
俺は、常連だという若い男に頷いて、店の中へと足を踏み入れた。
これが、縁だというなら、きっともう一度会えるはずだ。
こんな風に顔を合わせることは、ないかもしれないが。
店の中に入れば、そこでも値踏みするような視線が向けられた。
じっと見つめてくる者、見てもすぐに目をそらす者、盗み見るようにしながら、隣のやつと話す者。
酒場の中に居る男たちの目は、どれも似た色を宿していた。
いくつか飢えた獣のような目を向けられて、思わずぞくりと震える。
これは、本当に楽しめそうだ。
「飯とエールをくれ」
空いていたカウンターの椅子に座り、ひとまず飯を頼む。
このあと、楽しむにしても、腹ごしらえはしておきたい。
「あいよ」
銅貨を五枚。
カウンターの上に金を置けば、すぐにシチューと黒パン、エールが目の前に現れる。
まずはエールに口をつけ、喉を潤してから、シチューと黒パンを胃袋へ詰め込んだ。
思っていたよりも、シチューの具は多くてうまかった。
店が繁盛しているのなら、ここは良い店なのだろう。
黒パンの下に皿として置かれていた木札に書かれた、文字を指先でなぞる。
書かれているのは、シンプルに『壁』と『穴』。
俺は木札の『壁』を上にして、その上に銀貨を二枚乗せた。
「うまいな」
「おかわりはいるか?」
「そうだな。もう一杯、もらおうか」
さらに、銅貨を三枚追加して、木札と空になっていた皿をカウンターへと乗せた。
金と木札は回収され、黒パンが乗った新しい物に変えられた。
空になっていた皿には、シチューが満たされる。
「エールも、もう一杯くれ」
銅貨を二枚置いて、差し出されたエールと小さな鍵を受け取った。
そこからは、無言で飯を食って、すぐに酒場を後にした。
俺の背中を追いかけてくるいくつもの視線は、見ない振りをした。
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