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第1弾『俺の保護者は王子様』
第1弾『俺の保護者は王子様』続き(王子様視点)
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ひたり、ひたりと近付いてくる誰かの足音を感じ、ルベウスは目を覚ました。
王子という身分に生まれ、それなりに命の危険と隣り合わせにしてきたからか、ルベウスは人の気配に敏いところがある。
だから、その足音の主が、ルベウスの一目惚れした相手であることにもすぐに気がついた。
そうでなくとも、就寝中のルベウスに近付けるものは限られている。
まず、ルベウスの自室前には、屈強な護衛騎士が二人立っており、寝ずの番をしているため近付けない。
彼らは、緊張感を保つために数時間で交代する。
毎日タイミングを変えて交代しているため、交代の隙をつくこともできないし、交代要因として何人も待機しているため、賄賂を渡してあらかじめ話を通しておくことなどもできない。
さらに、公表されていないことだが、天井裏には『影』と呼ばれる隠密護衛兵が潜んでおり、眠るルベウスの元に鼠一匹通さぬための厳重な警備が敷かれていた。
だが、何事にも例外はある。
ルベウスは、ほんの少しだけ体を動かし、ベッドの端に移動する。
もちろん、『影』に対して、動くな、という指示を出すのも忘れない。
そうやって、迎える準備を整え終えた頃、ようやく待ち望んでいた影が、ルベウスの寝室の入口とは別のところから現れる。
ぼんやりと白く輝く人影は、ルベウスが一目惚れした相手のものだ。
ルベウスの一目惚れの相手は、ニシェナ・アキヒコと名乗った。
ニシェナが家名で、アキヒコが名前だという。
あまり聞いたことのない響きの名だが、こことは違う世界の生まれだと聞いたので、そういうものなのだろう。
ルベウスは、彼のことを『アキヒコ』と呼ぶ。
他の誰にも呼ぶことができない、彼の本当の名だ。
最初にその名を聞いたときは、『アケフェオ』や『アキェイコ』など違う音に聞こえたものだが、どうしても名前で呼びたいと願ったルベウスに、彼が根気よく発音を教えてくれたのだ。
もしかすると、家名の方は正しく言えていないのかもしれないが、どうしても発音ができないとわかると、彼は『ニシェナ』でいいですよ、と受け入れてくれた。
家名を言い間違えるなど、あってはならないことなのだが、彼はとても寛容だった。
まるで、天使のようだ、と思う。
顔立ちは幼く、小柄なこともあって少年のようなあどけさがある。
だが、きちんと成人しているそうで、教えてもらった年齢は、なんとルベウスよりも上のものだった。
そこにいた全員が、我が耳を疑ったのは言うまでもない。
扉を開いたその影は、ふらりふらりとゆれながら、ゆっくりとルベウスの元へとやってくる。
ルベウスは、それをベッドの中からじっと見つめていることしかできない。
それも、すぐそばにくるまでの、ほんの一瞬だけのことだった。
ルベウスは、まぶたをそっと閉じて、気配だけを追うようにする。
起きていることを、悟られてはならない。
だから、声をかけてはならないと思うのに、そういうときほど、無性に声が聞きたくなるものだ。
ルベウスは、せめて吐息のひとつでも、と願ってしまう。
叶うことではないと知っているのに。
ひたり、ひたりと近付いてきた足音は、ベッドに眠るルベウスの横に立つと、そのまましばらく動かなくなった。
どんな顔をしているのだろう。
ルベウスは、いまだにこの時間に訪れる彼の顔をよく知らない。
それは、知ってはならないことだということも、よく知っている。
だから、『影』にも決して見ないように、と厳しく命じてあるほどだ。
(俺ですら見られないものを、見ることなど許せるわけがない)
彼の前では、品行方正、清廉潔白な保護者としての自分の印象を崩さないよう『僕』などと言ってはいるが、ルベウスが王子として発言するときには『私』を使うし、身分を隠して街に降りるときには『俺』を使う。
彼に対して『僕』と言っているのを聞かれたせいで、護衛騎士団の団長からものすごい目で見られたが、ルベウスは彼に気付かれていなければいいと思っている。
ルベウスが、自分をよく見せたいと思っているのは、彼に対してだけだからだ。
もちろん、ルベウスには、自分が可愛い子ぶっている、という自覚がある。
だが、一目惚れした相手に対して、自分をよく見せたいと思うことは、誰にでもあることだろう。
それが、ルベウスにとっては、自分を『僕』ということであり、年下らしく甘えることでもあった。
ルベウスが年下だと知った彼は、あらゆることに寛容になった。
そばにいて欲しいからと、膝にのせても怒らないし、逃げようともしない。
抱きしめて匂いを嗅いでも、くすぐったがることはあっても、やめろとは言わずに許してくれた。
どこかにいくとき、アキヒコと手を繋ぎたいと素直に言えば、迷子になると困るから、などと何かしらの理由をつけて受け入れてくれる。
耳まで赤くなっているアキヒコを、こっそり愛でるのが、最近のルベウスのお気に入りだ。
大好きだった遠乗りや街歩きが、どうでもよくなるほどに。
まだ同じベッドで寝ることや、風呂を一緒にしてくれることはないが、おかげでそれなりに満足できている。
いますぐ抱きしめて、思う様匂いを嗅ぎたい、とルベウスは思う。
淡くただよう彼のものの香りは、ルベウスをひどく狂わせる。
ルベウスは、目を閉じたまま、脳裏に自分を見つめているだろう視線の主の笑顔を思い浮かべていた。
ベッドが、きしりと軋んだ。
広く開けておいたベッドの上を這い、彼がゆっくりとルベウスに近付いてくる。
彼の手が、掛布の上から、いまはもう痕すら残っていない傷を撫でた。
ルベウスが、自分の命を投げ出して、彼の命を守ろうとしたときの傷だ。
死すら覚悟したそのときに、奇跡が起きて消えてしまった。
だが、彼にとってそれは、とても衝撃的な出来事だったのだろう。
あの事件からしばらくして、彼は眠りながらさまようようになっていた。
ふらふらと城の中を歩く彼を、初めて見つけたのは、彼に会いたくて部屋を抜け出したルベウスだった。
彼は、ルベウスと出会うと糸が切れた操り人形のようにかくりと倒れ、そのまま意識を失ってしまった。
翌日、ルベウスが彼の部屋を訪れると、久しぶりの訪問にとても喜んでくれている様子だった。
まるで、昨日会ったことを覚えていないかのように。
事実、彼はなにも覚えてはいなかった。
医者に診せたが、遊魂病という心の病気だということしかわからなかった。
戦場帰りの兵士や、凄惨な現場を見てしまったものが、恐ろしいものから逃れようと魂を飛ばしてしまう病気らしい。
明確な治療方法は確立されておらず、見守ることしかできないと言われた。
ルベウスは、彼の部屋を自室の隣に変更させた。
本来ならばそこは、王子妃に与えるための部屋だが、ルベウスにはまだそれを与えるべき妃はいない。
それに、王子妃用の部屋には、ルベウスの寝室に繋がる扉がある。
病気とはいえ、彼がどこかに行きたいと思うならば、その行き先にはルベウスを選んで欲しい。
そう願ってのことだったのだが、幸いなことに最初から彼の目当てはルベウスだった。
こうして消えてしまった傷を撫でたあと、彼は小さくうずくまりながら、なにか呪文のようなものを唱えて涙を流す。
今夜も、同じであるらしい。
こうなると、彼が泣き疲れて寝てしまうまで、ルベウスは息を潜めて待つことしかできなくなる。
ルベウスは、彼に一刻も早く安息の眠りが訪れるよう、祈らずにはいられなかった。
王子という身分に生まれ、それなりに命の危険と隣り合わせにしてきたからか、ルベウスは人の気配に敏いところがある。
だから、その足音の主が、ルベウスの一目惚れした相手であることにもすぐに気がついた。
そうでなくとも、就寝中のルベウスに近付けるものは限られている。
まず、ルベウスの自室前には、屈強な護衛騎士が二人立っており、寝ずの番をしているため近付けない。
彼らは、緊張感を保つために数時間で交代する。
毎日タイミングを変えて交代しているため、交代の隙をつくこともできないし、交代要因として何人も待機しているため、賄賂を渡してあらかじめ話を通しておくことなどもできない。
さらに、公表されていないことだが、天井裏には『影』と呼ばれる隠密護衛兵が潜んでおり、眠るルベウスの元に鼠一匹通さぬための厳重な警備が敷かれていた。
だが、何事にも例外はある。
ルベウスは、ほんの少しだけ体を動かし、ベッドの端に移動する。
もちろん、『影』に対して、動くな、という指示を出すのも忘れない。
そうやって、迎える準備を整え終えた頃、ようやく待ち望んでいた影が、ルベウスの寝室の入口とは別のところから現れる。
ぼんやりと白く輝く人影は、ルベウスが一目惚れした相手のものだ。
ルベウスの一目惚れの相手は、ニシェナ・アキヒコと名乗った。
ニシェナが家名で、アキヒコが名前だという。
あまり聞いたことのない響きの名だが、こことは違う世界の生まれだと聞いたので、そういうものなのだろう。
ルベウスは、彼のことを『アキヒコ』と呼ぶ。
他の誰にも呼ぶことができない、彼の本当の名だ。
最初にその名を聞いたときは、『アケフェオ』や『アキェイコ』など違う音に聞こえたものだが、どうしても名前で呼びたいと願ったルベウスに、彼が根気よく発音を教えてくれたのだ。
もしかすると、家名の方は正しく言えていないのかもしれないが、どうしても発音ができないとわかると、彼は『ニシェナ』でいいですよ、と受け入れてくれた。
家名を言い間違えるなど、あってはならないことなのだが、彼はとても寛容だった。
まるで、天使のようだ、と思う。
顔立ちは幼く、小柄なこともあって少年のようなあどけさがある。
だが、きちんと成人しているそうで、教えてもらった年齢は、なんとルベウスよりも上のものだった。
そこにいた全員が、我が耳を疑ったのは言うまでもない。
扉を開いたその影は、ふらりふらりとゆれながら、ゆっくりとルベウスの元へとやってくる。
ルベウスは、それをベッドの中からじっと見つめていることしかできない。
それも、すぐそばにくるまでの、ほんの一瞬だけのことだった。
ルベウスは、まぶたをそっと閉じて、気配だけを追うようにする。
起きていることを、悟られてはならない。
だから、声をかけてはならないと思うのに、そういうときほど、無性に声が聞きたくなるものだ。
ルベウスは、せめて吐息のひとつでも、と願ってしまう。
叶うことではないと知っているのに。
ひたり、ひたりと近付いてきた足音は、ベッドに眠るルベウスの横に立つと、そのまましばらく動かなくなった。
どんな顔をしているのだろう。
ルベウスは、いまだにこの時間に訪れる彼の顔をよく知らない。
それは、知ってはならないことだということも、よく知っている。
だから、『影』にも決して見ないように、と厳しく命じてあるほどだ。
(俺ですら見られないものを、見ることなど許せるわけがない)
彼の前では、品行方正、清廉潔白な保護者としての自分の印象を崩さないよう『僕』などと言ってはいるが、ルベウスが王子として発言するときには『私』を使うし、身分を隠して街に降りるときには『俺』を使う。
彼に対して『僕』と言っているのを聞かれたせいで、護衛騎士団の団長からものすごい目で見られたが、ルベウスは彼に気付かれていなければいいと思っている。
ルベウスが、自分をよく見せたいと思っているのは、彼に対してだけだからだ。
もちろん、ルベウスには、自分が可愛い子ぶっている、という自覚がある。
だが、一目惚れした相手に対して、自分をよく見せたいと思うことは、誰にでもあることだろう。
それが、ルベウスにとっては、自分を『僕』ということであり、年下らしく甘えることでもあった。
ルベウスが年下だと知った彼は、あらゆることに寛容になった。
そばにいて欲しいからと、膝にのせても怒らないし、逃げようともしない。
抱きしめて匂いを嗅いでも、くすぐったがることはあっても、やめろとは言わずに許してくれた。
どこかにいくとき、アキヒコと手を繋ぎたいと素直に言えば、迷子になると困るから、などと何かしらの理由をつけて受け入れてくれる。
耳まで赤くなっているアキヒコを、こっそり愛でるのが、最近のルベウスのお気に入りだ。
大好きだった遠乗りや街歩きが、どうでもよくなるほどに。
まだ同じベッドで寝ることや、風呂を一緒にしてくれることはないが、おかげでそれなりに満足できている。
いますぐ抱きしめて、思う様匂いを嗅ぎたい、とルベウスは思う。
淡くただよう彼のものの香りは、ルベウスをひどく狂わせる。
ルベウスは、目を閉じたまま、脳裏に自分を見つめているだろう視線の主の笑顔を思い浮かべていた。
ベッドが、きしりと軋んだ。
広く開けておいたベッドの上を這い、彼がゆっくりとルベウスに近付いてくる。
彼の手が、掛布の上から、いまはもう痕すら残っていない傷を撫でた。
ルベウスが、自分の命を投げ出して、彼の命を守ろうとしたときの傷だ。
死すら覚悟したそのときに、奇跡が起きて消えてしまった。
だが、彼にとってそれは、とても衝撃的な出来事だったのだろう。
あの事件からしばらくして、彼は眠りながらさまようようになっていた。
ふらふらと城の中を歩く彼を、初めて見つけたのは、彼に会いたくて部屋を抜け出したルベウスだった。
彼は、ルベウスと出会うと糸が切れた操り人形のようにかくりと倒れ、そのまま意識を失ってしまった。
翌日、ルベウスが彼の部屋を訪れると、久しぶりの訪問にとても喜んでくれている様子だった。
まるで、昨日会ったことを覚えていないかのように。
事実、彼はなにも覚えてはいなかった。
医者に診せたが、遊魂病という心の病気だということしかわからなかった。
戦場帰りの兵士や、凄惨な現場を見てしまったものが、恐ろしいものから逃れようと魂を飛ばしてしまう病気らしい。
明確な治療方法は確立されておらず、見守ることしかできないと言われた。
ルベウスは、彼の部屋を自室の隣に変更させた。
本来ならばそこは、王子妃に与えるための部屋だが、ルベウスにはまだそれを与えるべき妃はいない。
それに、王子妃用の部屋には、ルベウスの寝室に繋がる扉がある。
病気とはいえ、彼がどこかに行きたいと思うならば、その行き先にはルベウスを選んで欲しい。
そう願ってのことだったのだが、幸いなことに最初から彼の目当てはルベウスだった。
こうして消えてしまった傷を撫でたあと、彼は小さくうずくまりながら、なにか呪文のようなものを唱えて涙を流す。
今夜も、同じであるらしい。
こうなると、彼が泣き疲れて寝てしまうまで、ルベウスは息を潜めて待つことしかできなくなる。
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