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しおりを挟む「元気に生まれてる、安心しろ。お前にそっくりだ。ふにゃふにゃして猿みたいだったがな。お前が寝てる間に、安全なところへ預けたんだよ。今はルイスと一緒にいる。それより、ルト。これからどうするか覚えてるか」
時間が惜しいと矢継ぎ早に言うラシャドが、にやけた表情を改める。真剣な顔を間近で見て、ルトも表情を引き締めた。
もちろん覚えている。自分が決めたのだ。これからルトは、ラシャドとコルネーリォの協力を得てグレンと落ち合う。しっかり頷き、シーツをきゅっと握った。
「ちゃんと、覚えてます。俺を連れて行って」
揺るぎなく、力強く応じるルトにラシャドの口角が緩む。背中を支える大きな手が、ほっそりしたルトの顎に伸ばされた。硬い指の腹で、顎先を優しく持ち上げられる。ラシャドの端正な顔が少しずつ近づいた。
ゆるやかな、自然な動作を見つめながら、ルトはそっと瞼を落とした。触れるだけの穏やかな口づけだ。ルト、と小さく呟かれた。
瞼の裏でラシャドが離れる気配がする。静かに目をあければ、ルトをまっすぐ見つめる漆黒の瞳があった。
「ちょうどコルネーリォが、報告に出向いてる。きついかもしんねぇが急ぐぞ」
ルトに伸ばされた太い腕が、今度はルトの左足首を掴む。かしゃんと音を立ててアメジストの足環が外された。ひどく重たかった、小さな枷が。獣人の手で外される日が来るなんて、夢にも思わなかった。
ラシャドは足環を寝台の下に置くと、代わりになぜか、ルトの小さい足へ丁寧に靴を履かせてくれる。二人目の子を避難させたときに、準備でもしたのだろうか。どうにも不可解な行動をされるがままにしていれば、重い身体を軽々と抱えられた。
「わ……っ」
「ここから出るぞ。しっかり掴まってろ」
急に襲う浮遊感にラシャドの胸元を握りしめる。ルトを両腕に抱いたラシャドは、どんどんと突き進んだ。確実な足取りで。迷わず進む先を見つめる、ルトの丸い目が点になった。
「え。ま、窓? 窓から出るの? ここ、二階……」
「心配ねぇって。絶対に落っことしたりしねぇよ。こっから出んのがいちばん簡単で、手っ取り早いだろ」
決して、そんなことはないと思うが。それに、落っことされる心配をしているのでもないのだが。獣人の……というか、ラシャドの身体能力にはつくづく驚かされる。本気だろうか。にかっと、自信満々な笑みを見せる顔つきは冗談でもなさそうだが。とりあえず、丸い目を白黒させていたら、ラシャドは二階の窓を飛び降りた。
「わふ…っ……!」
もうほんとやめてほしい。下から突きぬける風の圧がものすごかった。ラシャドの腕でがっちり守られているとはいえ、突風で押し上げられたルトの内臓が、浮き出てきそう。でも口から出たのは内臓じゃなくて変な声だった。浮き沈みの激しい、シーソーゲームをしているようだ。
これは何の罰ゲームかと思ったが、一瞬で月白殿を出たラシャドはぐんぐん風を切った。見事な着地とともに地を蹴り出す。地鳴りに似た凄まじい風の咆哮が、必死にしがみつくルトの耳をかすめとった。
獣人がいない宮殿の裏山へ走り去る。ルトをしっかり抱く剛腕の隙間から、伏せた顔をやっと上げた。景色が次々と流れてゆく。月白殿が、瞬く間に遠ざかった。ラシャドと過ごした宮殿が。少々気持ちの悪さと戦いつつ、もの寂しい思いを感じ、漆黒の狼を見上げた。
「あの……今まで、ありがとう」
大きな腕のなかでぽつんと呟く。ゴォゴォと風を切り裂き、前方を向くラシャドの瞳が静かにルトを捉えた。過ぎ去る速度が緩くなって、腕のなかのルトを見つめる。数秒だけ互いの視線が交え、ルトはもう一度言った。
「本当にありがとう。ずっと、気にかけてくれていて。あなたもずっと、俺を守ってくれてた」
「礼なんかいらねぇ。俺は、間抜けな誰かと違って、やることはやってたからな」
ルトが嫌がってもぼろぼろになっても、毎日しっかり腹の中に子種を注ぎ続けた。皮肉にラシャドの口角が上がる。ルトの胸に、目に見えない棘が刺さった。ほんの微かに痛んだ胸をきつく握り締める。
そこで地を駆けるラシャドが、だが、とにやつく声を出した。
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