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しおりを挟む「にしても。余生ってなに年寄りみてぇなこと言ってんだよ。ムイック隊長まだ四十過ぎだろが」
あれはダメこれはやれ。何かと決まりが多い隊長の座に座りたくないラシャドは、ついそんなことを突っこんだ。
***
「悪魔でしたか」
沈黙を貫く執務殿で静かな声が響いた。早朝にラシャドと別れ数時間がたつ。突きつけられた言葉が離れず、自分の心に区切りをつけるためグレンは口を開いた。
奏上を整理する手を止めず、政務の確認事項かと思う口ぶりで問いかける。対して、手を止めて書類から顔を上げた皇帝は眉を吊り上げた。金の瞳を尖らせて無言で先を促してくる。厳しい眼差しを肌で感じ、目線を上げたグレンは真っ向から見返した。
「昨夜、あなたが召した人間の少年は、悪魔でしたか。陛下」
皇帝を毎夜悩ます悪魔の申し子だったか。霧雨のようにひっそりと降りかかる問いに、陽光を背にする視線が鋭さを増した。それはグレンしか知らない皇帝の心髄だ。
いつの頃からか、皇帝は同胞が皆殺しにされる悪夢を見続けている。己の同族が、友が、親族が。悪鬼になった人間に殺戮される夢だ。時空を超え、太古に降り立ったと錯覚するほど、生々しく。
従わぬ獣人の首を躊躇なく刎ね飛ばす。人間は悪魔だと咽び泣いた、幼い姿がいつまでも心に残る。決して完璧ではない、己の弱さも抱えこんで、それでも強くあり続ける存在に憧れた。
同じ乳で育ったのだ、皇帝は弟ができた感覚だったかもしれない。三つ違いの兄の乳兄弟だった皇帝は、とりわけグレンと仲が良かった。剣の稽古や勉強などよく面倒をみてくれた。
兄よりも一緒にいる時間が長く、グレンの見識の礎は皇帝が作ったといっても過言ではない。ともにいれば阿吽の呼吸で、だから側近に抜擢された。誰にも弱みを見せられない皇帝の苦悶は、鬼門の話だ。
すべてを承知の上で口火を切ったグレンに、皇帝の冷ややかさが増した。
「余に何を言わせたい」
低く唸る冷たい怒気にグレンの留飲が下がる。けれど、渦中にいるルトをこのまま見過ごすなどできない。書類を掴む手を無意識に握り、口を開いた。
「ルトは……陛下が、実際に目にした人間は、悪鬼などではなかったでしょう。孕み腹をどうこうする気が陛下にないなら、ルトを、そっとしておいてください。陛下が見る悪夢にルトは関係ありません。ルトが獣人を殺したわけではありません」
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