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しおりを挟む兵舎で過ごす衛兵のために造られた庭だ。獣人の視界でも遠くまで見通せて、巨大な獅子をかたどった石造りの噴水が中央にある。いつでも水浴びができ、心置きなく汗も流せた。
さらに武を極められるよう足場の悪い砂利場や、綺麗に刈られた芝生も設置され、奥には深い森林が茂る。獣人が獣化しても好きなところで走り回れる、なんとも贅沢な中庭だった。
早い時間で剣を振るうのはラシャドひとりだ。澄んだ空気を存分に味わい、広々した空間で大胆に剣をかかげた。地を蹴って空高く飛び、大きな体躯を空中でひねる。心地よく宙を回転しながら剣を躍らせ、刃を鳴かせた。
じっとりと汗をかき始めた頃、陛下が住まう宮殿の方角から細身の獣人が歩いてくる。見知った獣人だったが気にする性格でもなく腕を磨いた。
しかし細身の獣人はラシャドに用があるらしい。遠く離れた距離が、見る見る間に兵舎へ近づいてくる。
広すぎる庭だというのに振り回す剣先の前に立たれ、相手の鼻先寸前で剣を振り下ろした。寸分の狂いなく、動きを止めぬまま剣先を鞘に納める。眼前で刃を振りぬかれてもまったく動じない相手を正面に見た。
「何の用だ、グレン」
対面するのは琥珀の豹だ。無言でラシャドの正面に迫り、どことなく切羽詰まっている。優しい顔立ちは顔色も悪いようだ。
グレンは陛下に罰せられた傷が癒えていない。口添えの礼もかねて、監獄牢を出たとき一応はラシャドも手当はしてやった。だがやはり体調が悪いのかと顔をしかめた。
ルトに手厚く看病されたラシャドの傷は、すっかり癒えた。一方グレンは手当てが遅れ膿んでしまった傷もあった。外界からすべて遮断された、じめじめした空間も、傷を悪化させた要因だろう。
刑罰の傷は自力で治すしかない。具合が悪いなら、こんな時間にうろつかず大人しくいしていればいい。ラシャドは仏頂面になった。
「なんだ」
「陛下が」
様子がおかしいので何事かと思っていれば。陛下がらみになれば盲目的になる奴だ。ラシャド自身は、帝王としての威厳は認めている。しかしグレンほど崇拝はしていない。拍子抜けして、気を緩めたラシャドだったが、グレンの次の一声で顔色を変えた。
「陛下が、ルトを、召した」
「――馬鹿な」
孕み腹どころか、人間自体に興味がない皇帝だ。そんな馬鹿な話があるか。シーデリウム帝国で、誰よりも人間を嫌っている。その陛下がルトを召すだと。
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