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第2章、悪夢と狂気の中で

36、家族への思い

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 アルバロとフェリペが修道院を出て3か月が過ぎた。彼らからそれぞれ手紙が来た。アルバロは傭兵の養成所に入り、剣術の稽古をして、フランス語やラテン語の勉強をしていた。医者の家に引き取られたフェリペは、子供向けの護身術の学校に入り、そこで偶然7歳年下の異母弟に再会してすっかり仲良くなったらしい。迎えに来た実の父と養父も親しくなり、再会を約束して別れ、その後リヨンに無事到着した。ニコラス先生は2人の手紙を私にも見せてくれた。先生は特にフェリペのことを気にかけていたから、手紙を読んでとても喜んでいた。そして私は同じ生活が続いた。フアンと一緒の部屋で寝て食事などは一緒にする、学習の時間になるとフアンは孤児院の他の子と学び、私はほとんど1人でカルロス先生からラテン語と聖書についての勉強をしていた。

 ある日、カルロス先生からこんな話をされた。

「ミゲル、実の家族に会えることになった」
「本当ですか!」

 私は興奮した。5歳の時に1度街へ行ってドン・ペドロ大司教に合ったことはあるが、その時は実の家族に会うことはできなかった。

「ドン・ペドロ大司教から手紙が来た。明日の夕方、お前の家族に会えるようにしてくださった」
「本当に会えるのですね」

 喜びがあふれてきた。

「お前の家族についても詳しく書いてあった。改宗したユダヤ人で貴族の家柄、父親は医者をしていて、母親と長男、お前にとって兄になる12歳の子、3人で暮らしているようだ」
「ユダヤ人、ですか・・・」

 ユダヤ人という言葉にドキリとした。何か聞いてはいけないことを聞いてしまった気がした。

「ユダヤ人ではあるが、改宗してキリスト教徒として誠実に生きていると手紙に書いてある、特に問題はないだろう。私は兄がいるというところが気になった」
「どうしてですか?」
「私も貴族の家に生まれたが兄がいたために跡継ぎにはなれない子であった。お前が修道院に入れられたのも、おそらく2番目の子というのが原因だろう。物心がつく前に修道院に入れ、キリスト教の聖職者としての道を歩ませたかったに違いない。多額の寄付金があったのは、修道院で惨めな思いをしないようにという親心だ」
「は、はい」
「だから実の家族に会う機会はあるが、それで引き取られるとは考えない方がいい。そんなことを期待していたら辛くなるばかりだ」
「大丈夫です。僕はこの修道院の中の生活しか知りません。ただ僕の家族、特に母がどんな人なのか知りたいだけです。1度でいいから母に会い、抱きしめてもらえるならそれで十分です」
「それならよい。明日は暗いうちにここを出るから夜に準備をしておきなさい。フアンは今夜からしばらくは孤児院で暮らしてもらうことにする」
「わかりました」






 暗い時間にカルロス先生に起こされた。素早く着替えて外に出た。子供の泣き声が聞こえる。5歳のフアンが馬車の近くで泣いていて、私が行くと私の体にしがみついた。

「ミゲルお兄ちゃん、行かないで。僕は1人になってしまう。お兄ちゃんのお母さんが殺される。お兄ちゃんも殺される、だから行っちゃだめ!」
「・・・・・」

 カルロス先生と孤児院の院長がそばに来た。

「どういうことだ?フアンのことはそなたに任せたはずだ」
「申し訳ございません。部屋にいないのに気付いて探し、ここにいるのを見つけました」

 10歳の私はかがんでフアンと同じ背の高さになって話しかけた。

「どうしたフアン、また怖い夢でも見たのか?僕はこれから街に行って家族に会うことになっている。でも会うだけで、家族に引き取られるわけではない。少しいないだけですぐに戻ってくる」
「だめ、行かないで!お兄ちゃんの家族が殺される!お兄ちゃんも殺される!」

 カルロス先生がフアンを抱き上げた。

「フアン、わけのわからないことを言ってミゲルを困らせてはいけない。おとなしく待っていなさい」

 すばやく孤児院の院長の手にフアンを手渡し、私の手を引いて馬車に乗り込んだ。

「行かないで!ミゲルお兄ちゃん、お願い。街には悪魔が住んでいる。お兄ちゃんも殺される。だから行かないで!」

 馬車は走り出したが、フアンの泣き声はずっと聞こえていた。







 街に着いたのは夕方近くであった。広場には大勢の人が集まっていた。

「まだ始まらないのか。朝からずっと待っているのに」
「仕方がない。聖母教会に火を付けた異端者の裁判だ。この街だけでなく遠くに住む司祭や修道士も見に来るらしい」
「まさかこの街でそのような怖ろしい事件が起きるとは・・・」
「ここはまだましだ。火は大きくなる前に消し止められた。他の街では全焼して貴重な聖遺物が灰になったところもある」
「やっぱり犯人はユダヤ人なのか?」
「当たり前だ。キリスト教徒が教会に火をつけるわけがない」

 何人かの司祭や修道士が私とカルロス先生のそばに来た。

「カルロス修道院長とミゲル様ですね。お待ちしていました」
「異端者の裁判が始まるのか?ドン・ペドロ大司教が忙しいなら、私達2人は別の場所で待っている」
「いえ、大司教はあなた方2人を裁判の特別席に案内するようにとのことです」
「異端者の裁判や処刑の様子など子供には見せたくない!大司教に会えないなら今夜は別の街に行く」

 カルロス先生は声を荒げていた。そこに豪華な衣装を付けた大司教がそばに来た。

「ドン・ペドロ大司教、どういうことですか?私はあなたから手紙をもらい、ミゲルを家族に会わせるという約束でここに来たのです」
「私は約束は守る。だが今から異端者の裁判が行われる。カルロス院長、あなたもキリスト教徒の高位聖職者である以上、裁判の様子を見る責任と義務があります」
「だが、10歳の子供にまで・・・」
「いえ、彼もまたキリスト教徒の聖職者になる子です。異端者の問題に目を背けるわけにはいきません。さあ、こちらに来てください」

 私とカルロス先生は裁判の様子がよく見える特別席に案内された。


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