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第1章 修道院での子供時代

31、フアンの誕生日と復活祭の宝探し(2)

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次に私はフアンの手を引いて懺悔室へと向かった。そこは修道士の宿舎や孤児院、家畜小屋や広場とは離れた場所にある。糸杉とオリーブが植えられた林の中にその建物はあるが、その中に入ることは滅多にない。私は前に1度だけカルロス先生と一緒に懺悔室と地下室に入った。ちょうどその時フェリペが鞭打ちの罰を受けていた。懺悔室が見えてきた。私の記憶よりもそこは小さな建物だった。

懺悔室の入り口の鍵は開けられていた。カルロス先生が開けておいてくれたのだろう。でも近くに他の子供はいない。私は扉を開けて懺悔室の中に入った。そこは小さな部屋だった。前に来た時は気付かなかったが、大きな十字架とキリストの祈る姿の絵が飾ってあった。

「ゲッセマネの園の絵だ。キリストが祈りを捧げた場所だよ」

小さなフアンはここに入るのは初めてである。彼は絵をじっと見上げて静かに涙を流した。

「ミゲルお兄ちゃんが僕のためにお祈りしている」

ここでもまたフアンはキリストの物語と私のことをごちゃ混ぜにしている。説明をするのも面倒なので、フアンに話を合わせた。

「僕はお前のために何をお祈りしているの?」
「ミゲルお兄ちゃんは僕のせいで捕まって牢屋に入れられた。これから酷いことされて殺されるのに、お兄ちゃんは神様に自分を苦しみから救って欲しいとは言わなかった。ただ自分が殺される姿を見て、裏切り者の僕が苦しまないように、ただそれだけを祈っている」

フアンの話はかなり間違っている。どうやら私をキリスト、自分をユダに例えているようだが、それでもキリストがユダのために祈るという話は聞いたことがない。

「ここにはたくさんのオリーブの木がある。ミゲルお兄ちゃんは死んだ後で復活して姿を現すとわかっていた。そしてそのことを僕に伝えようとしていた。何も知らない僕が苦しまないように・・・」

彼の話は支離滅裂でよくわからないが、絵の下にある説教台の引き出しを開けると卵型の飾りが出てきた。引き出しの中にはロウソクも入っていた。私はロウソクに火をつけた。

「フアン、下にも行ってみよう」




ロウソクの火をたよりに階段を下りて地下室に向かった。途中からロウソクの火以外は何も見えなくなる。怖がるフアンをなだめてゆっくり下りた。分厚い鉄の扉を開けて地下室の中に入った。壁にあるランプにロウソクで火をつけると薄暗い中の様子が少しわかった。壁に大きな十字架が掲げてあり、その下に体を固定する台が置かれている。大きな机の上には様々な太さの鞭や鎖、そしてよくわからない器具がいろいろ並べられている。

「ここは悪いことをした時に罰を受ける部屋だよ」
「僕も鞭で打たれるの?」
「悪いことをしなければ鞭で打たれたりはしないさ」
「でもキリストは鞭で打たれた。何も悪いことはしてないのに」
「そうだね、キリストは人間の罪を贖うために代わりに鞭打たれた」
「僕もカルロス先生から鞭で打たれるよ」
「それはお前がもっと大きくなって、何か悪いことをするからじゃないか?」
「僕は余計なことばかりしゃべって危険だから、もう2度と人とはしゃべるなと言われるの。僕がしゃべっていいのはロバのビエホーだけだって」
「ハハハ、お前は本当によくわけのわからない話をする。カルロス先生がそんなこと言うわけがない。ほら、この机の上に卵もあった。これを持ってくれ。ここを出て次の場所へ行くよ」

私はフアンの話を笑って否定した。彼の話を詳しく聞くよりも、早く次の場所に行って卵を見つけたい気持ちでいっぱいであった。だが後にこの時フアンが言っていたことはすべて本当のこととなる。フアンは予言の力を持っていた。だが彼の言葉は封印され、誰も知ることができなくなる。




そして私たちは墓地へと向かった。糸杉の林が続いている。途中で大きな木の十字架があり、フアンが指さすので近付くとその下にも卵型の飾りが置いてあった。これで私たちは4個の卵を見つけたことになる。糸杉の林が終わり、視界が広がると墓地が見えてきた。比較的新しい墓は手前の方にある。私は手前にある墓の1つに白い花束が置かれていることに気がついて、フアンの手を離して近付いた。白い石の十字架と墓標にスペイン語で文字が刻まれている。その字を読み上げた。

「マリア、マドレ・デ・フアン」

マリア、フアンの母と書かれていた。この白い花束はカルロス先生が置いたに違いない。フアンの誕生日は彼のお母さんが死んだ日でもある。私はフアンが生まれた日のことをよく覚えていた。カルロス先生はとても悲しそうであった。きっとフアンのお母さんはカルロス先生にとって大事な人に違いない。その死を心から悼み、毎年ここに花を捧げている。カルロス先生はわがままなフアンを大切にし、大抵のことは許している。私が今まで大切に育てられたのはたくさんの寄付金があったからである。いつ家族が引き取りたいと言ってくるかわからないから大切に育て、教育を与えられてきた。でもフアンの両親はもう死んでいる。それなのに私と同じ部屋に入れ、私と同じ特別扱いしているのはカルロス先生がフアンを大切に思っているからに違いない。私の心にどす黒い煙が渦を巻いた。後ろを振り返るとフアンがゆっくり歩いて近付いている。

「フアン、見てごらん。これがお前のお母さんのお墓だよ」
「僕のママのお墓?」
「そう、間違いない。ここに名前とフアンの母であることが刻まれている。お前のお母さんはお前が生まれた日に死んでいる。お前がお母さんを殺したのと同じだ!」
「僕がママを殺したの?」
「そう、お前はお母さんを殺しているのに、カルロス先生はお前を1番大切に思っている。1番愛しているのは僕ではなくお前だ!」

この時の私はとても残酷なことを言っている。だが白い花を見て芽生えた気持ちを抑えることができなかった。小さなフアンは私の言葉に泣くのでもなく、ただ黙って立っていた。そしてこう答えた。

「ミゲルお兄ちゃん、カルロス先生が1番愛しているのは僕じゃない、ミゲルお兄ちゃんの方だよ。だから安心して」

フアンの言葉にハッとした。彼は私の心の中を知って答えている。私は急に恥ずかしくなった。

「フアン、ごめん。僕は酷いことを言った。許してくれ」

私はフアンの前に跪き、小さな体を抱いて声を上げて泣き出した。自分の気持ちがうまく抑えられなくなっていた。しばらくそうしていたが、やがてフアンはゆっくり歩いて白い花束を持ち上げた。

「ミゲルお兄ちゃん、見て。ここだけ卵が2つ置いてある。カルロス先生は僕たちがここに来るとわかっていて、卵を2つ置いていった。僕たちがケンカしないで仲良くするように・・・」

小さなフアンに教えられていた。私は最後に見つけた2つの卵のうち1つをフアンのポケットに入れ、もう1つを自分の服のポケットに入れた。




食堂に戻るとニコラス先生とカルロス先生が待っていた。ニコラス先生のテーブルにはお菓子が入っているらしい袋が6個置かれている。

「君たちが最後だ。残り6個だが、全部見つけられたか?」
「はい、ちょうど3個ずつ卵を持っています」

私とフアンはポケットから卵を出してテーブルに並べた。カルロス先生に声をかけられた。

「ミゲル、ちょっと話がある」

カルロス先生について少し離れた場所まで行った。

「全部見つけたということは墓地に行き、フアンの母親のお墓の前にも行ったのだな」
「はい、カルロス先生」
「私はあそこにだけ卵を2つ置いた。なぜだかわかるか?私はお前とフアンを兄弟のように思っているからだ」
「フアンと兄弟なのですか?」

そのような言われ方は私には不満である。

「もちろんお前たち2人に血のつながりはないし、顔や性格もまったく違っている。それでも私はお前たち2人が兄弟、いやもっと強い絆で結ばれているような気がしてならない。1つの魂が分かれて2つの体に入っているような・・・」

兄弟よりももっと深い絆と言われて私はとまどった。墓地で私が言ったことはカルロス先生には絶対に知られてはならないし、フアンにも口止めした方がよさそうだ。私はカルロス先生から酷い子だと思われたくない。

「カルロス先生、僕はフアンと兄弟のようになれるよう努力します。でも1つだけお願いがあります」
「なんだ?」
「僕を本当の家族に会わせてください。家族と一緒に暮らせないということはわかっています。でも1度でいいから家族の顔を見て、母に抱きしめられ、愛していると言って欲しいのです。今の僕は自分がどんな両親から生まれたのか、何もわからないでとても不安です。1度でいいので会わせてください」
「お前の家族については私も何も知らない。ただドン・ペドロ大司教がよく知っているようだから、今度会った時に相談してみよう。何か事情があるなら名前や身分は明かさなくてもよい。それでもいいから会わせて欲しいと言ってみるつもりだ」
「ありがとうございます」

私は家族、とりわけ母に会える日を楽しみに待っていた。後に知ることになるのだが、私の家族、特に母は同じころ私に会いたいと願っていた。母が子に会いたいと願うその気持ちが大きな悲劇を引き起こしてしまう。だがこの頃の私は何も知らなかった。何も知らないからこそフアンに対して酷いことを平気で言っていた。


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