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第1章 修道院での子供時代

22、1月1日

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今日は1月1日、新しい年の始まりの日である。昨日の夜からフアンは同じ部屋にはいない。1年の終わりの日、そして新しい年の始まりの日は特別なミサがあるため、フアンは孤児院に預けられていた。私は子供用の黒い僧衣に着替えて部屋の外に出た。カルロス先生が待っていた。

「ミゲル、今朝のミサもお前はただ他の修道士と一緒に話を聞いていればいい。そんなに緊張しなくても大丈夫だ」
「はい、カルロス先生」

先生と一緒に礼拝堂に入った時は外はまだ暗かったが、他の修道士はもうみんな集まっていた。礼拝堂の中はいつもよりたくさんの香が焚かれていた。ミサが始まると先生の大きな声が礼拝堂の隅々にまで響き渡った。長い祈りの後、ワインに浸したパンが配られ、みなで新年を祝った。朝のミサが終わった後、修道士はそれぞれ自分の部屋にもどって瞑想をすることになっている。私とカルロス先生は最後に礼拝堂から外に出た。朝日がまぶしい。

「カルロス院長、新年おめでとうございます」

礼拝堂の外で待っていたニコラス先生がカルロス先生に声をかけた。ニコラス先生は修道士ではないため特別なミサの時は礼拝堂の中には入らない。

「おお、ニコラス医師か。今年もよろしく頼む」
「ところでカルロス院長、ご相談があるのですが・・・」
「なんだ、今日は学習室ではなくてこんな場所での相談か。今日は私は忙しい。手短に頼む」
「次の公現祭について考えていることがあります」
「修道士ニコラの書いた本によると公現祭の時には村人を呼んで焼き菓子を配り、子供たちによるキリストの誕生と3人の博士の訪問の劇を行ったからそれを真似してやりたい、そんなところか」
「その通りでございます。なぜわかるのですか?」
「そなたの考えはわかりやすい。いいだろう。私は目をつぶっている」
「それがよろしいかと思います。私と違ってカルロス院長は非常に敏感な感性の持ち主、招かれざる客がまた集まってしまった場合は、目をつぶっていらっしゃるのが1番です」

カルロス先生の大きな目がぎょろりと動いた。これは機嫌の悪いしるしなのだが、ニコラス先生は気づいていないらしい。

「目をつぶると言う意味が違う!私はそなたのすることにはあきれるばかりだから口出ししないと言ったまでだ。そもそも吟遊詩人の歌ならともかく子供の下手な芝居を見るために死者が集まるとも思えぬ。好きにしてよい」
「ありがとうございます。実はカルロス院長にも出演していただきたいのですが・・」
「どんな役だ?」
「3人の博士の中の乳香を持った者を演じていただきたいのです。乳香は神聖さを象徴するもの、この役をできるのはカルロス院長しかございません。私は没薬を持つ博士を演じるつもりです」
「いいだろう。だが私は練習に付き合えるほど暇ではない」
「大丈夫でございます。カルロス院長でしたらただ歩いて出て来るだけで威厳を出すことができるのですから」
「わかった。今日は無理だが明日からミゲルを貸し出す。公現祭まであまり日がない。しっかり練習しなさい」
「わかりました」



夕方までカルロス先生と忙しく過ごしたが、夜の行事には子供は参加しなくていいと言われた。私は先生に命じられて孤児院に預けられているフアンを迎えに行った。ロバのいる小屋にアルバロとフェリペがフアンを連れて来ていた。私の顔を見るとすぐにフアンは私のそばに歩いて来た。

「ミゲルお兄ちゃん!」
「やあ、フアン。いい子にしていたかい?」

アルバロとフェリペの顔を見たが、2人は微妙な顔をしていた。

「何かあったの?」
「いやあ、正直けっこう大変だった。フェリペがつきっきりで面倒見ていたが、夜中にフアンが突然興奮してしゃべり出していた。フェリペはほとんど寝ていないと思う」
「そうだったの」
「ミゲル、気にしなくていい。新しい年が始まって門が開いたのだと思う。フアンが突然僕にも理解できないようなことをしゃべり出して・・・きっと今夜は君にしゃべると思う。小さな子供の言うことだから気にしなくていいと思うけど、ただカルロス院長やニコラス先生には言わない方がいい」
「どうして?」
「フアンの話はキリスト教の教えからはずれている。なぜ突然そんなこと言うのかまったくわからない」
「そうか・・・」
「ミゲルはニコラス先生から聞いている?明日から公現祭の劇の練習をこの広場でやるって」
「うん、聞いている」
「じゃあ明日また会えるね」
「うん、フアンのことありがとう」

私はフアンの手を引いて修道士の宿舎へ戻った。



夜、部屋で寝る準備をしていると、小さなフアンが私のベッドに入り込み、しがみついてきた。

「ミゲルお兄ちゃん、長いこと会えなくて寂しかった」

たった一晩離れていただけで何を大げさなこと言っていると思ったが、とりあえずベッドの中で彼を抱きしめ話を合わせた。

「僕も昨日はお前に会えなくて寂しかった」
「僕が10歳になった時からミゲルお兄ちゃんにはもう会えなくなるの。大人になってからもずっと会えなくて、ようやく会えた時にお兄ちゃんは僕に1冊の本をくれたの」

フアンが10歳になった時、私は15歳になる。私は15歳になった時にフランスかイタリアの大学に行く予定だとカルロス先生が話してくれた。おそらくそのことを言っているのだろう。

「お兄ちゃんがくれた本にはこんなことが書いてあったの」

フアンはたどたどしく私があげたという本の内容について話し始めた。




イエスが人間として生まれる前、神の世界から人間の世界を見ていた。

「父なる神よ。人間の世界では大変なことが起きてます。残虐非道な者が王となり、王位を奪われることを怖れて周りの者を粛正し、幼い子供の命を奪っています。このままでは人間の世界は争いが続き、人間は滅びてしまうかもしれません。どうか私を人間の世界に行かせてください」
「我が子イエスよ。人間と同じように肉体を持って地上に行けば、想像を絶する苦しみを体験するかもしれない。それでもよいのか?」
「構いません。どのような苦しみがあっても私は人間を救いたいのです」

こうしてイエスは人間の世界に降り立ち、キリストとなった。キリストの教えを守る者は増え、迫害の後にキリスト教は公認された。そして数百年後、イエスは再び神の世界から人間を見た。

「父なる神よ。人間の世界では再び大変なことが起きています」
「どうした。そなたの教えを守る者は栄えているではないか」
「はい。けれども私の教えを守る者は今度は聖地を取り戻すと称して軍隊を派遣し、残虐非道な行いをしています。ユダヤ教徒やイスラム教徒を虐殺しています。これは私が教えたことではありません」
「人間はそなたの教えを間違って伝えている。やがて間違いに気づく者が出るであろう」
「私がもう1度地上に降りることはできませんか?」
「そなたは1度ユダヤ人として地上に降り立った。その時と同じ姿で地上に行けば、そなたの教えを守る者に殺されるだけだ」
「私にできることは何もないのですか?」
「人間を信じて見守るしかない」

そして数百年後、再びイエスは地上を見た。

「父なる神よ。人間は狂気に陥っています。私の教えを守ると称して互いに争い、殺し合っています。異教徒や異端者とされた者は次々に残酷な方法で殺されています。お願いです。もう1度私を地上に行かせてください」
「今そなたが地上に行けばユダヤ人として拷問を受け、処刑されるだけだ。そのような危険な場所に我が子を行かせるわけにはいかない」
「お願いです。地上に行かせてください。このままでは地上にはキリスト教徒以外の人間がいなくなります」
「それがそなたの望んだ世界ではないのか?」
「違います。地上は私の望んだ世界とはかけ離れた地獄になっています。どうか私をもう1度地上に行かせてください」
「それはできない。彼らはみなそなたの教えを忠実に守る者ばかりだ」
「もし私があの時地上に行かなければこのようなことにはならなかったのですか?」
「そうかもしれぬが、すべては人間の選んだこと。そなたの責任ではない」
「私は人間を愛しています。どうかもう1度誤りを正すために地上に行かせてください」
「それはできぬ。その理由はそなたはよくわかっているはずだ」

イエスの目から涙が流れた。そばにいた小さな子供が心配して尋ねた。

「イエス様、どうしたのですか?」

イエスがその子供を抱き上げると、子供は小さな手でイエスの頬に流れる涙をぬぐった。イエスは子供を下におろし、子供の濡れた手を両手で包んだ。

「1500年前、私が地上に降りたことが原因で人間は狂気に陥っている。だが私は彼らの過ちを正すことができない。お前が代わりに地上に行って人間に伝えてくれないか。私は涙を流している。早く過ちに気づいて欲しいと」

小さな子供は頷いて地上へと降りて行った。



フアンの話を聞いて、私の体は震えが止まらなくなった。冬の寒さだけではない。聞いてはいけない話を聞いてしまった怖ろしさである。
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