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第1章 修道院での子供時代
4、影の支配する街(2)
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大きな街に着いた時には夕方になっていた。私たちは煌びやかな衣装を身に付けた聖職者に案内されて宮殿のような豪華な屋敷の中に入った。
「カルロス修道院長とミゲル様ですね。長旅お疲れ様でした。大司教がお待ちですが、まずはこちらの控室で体を清めてください」
控室と言っても普段私たちが生活している修道院の食堂より広い部屋に案内された。椅子に座らされ、使用人がお湯を持ってきて手足を洗ってくれ、その後私の足にはよい香りのする油が塗られた。初めての体験ばかりでどうも落ち着かない。そして大広間にと案内された。大きなテーブルがあり、私はカルロス先生とは少し離れた場所にある子供用の椅子に座らされた。先生のすぐ隣には白地に金の模様がついた豪華な衣装を身に付けた人が先に座っていた。この人が大司教である。私たちの前には飲み物の入ったグラスが置かれている。
「カルロス修道院長、ご苦労であった。その子が前から話をしていたミゲルだな」
「はい、ドン・ペドロ大司教、この子がミゲルでございます。ミゲル、ご挨拶しなさい」
「はじめまして、だいしきょうさま」
「ミゲルはいくつになる?」
「5歳です」
「そんなに緊張しなくてもよい。私が怖いか?」
「いえ、ただカルロス先生からだいしきょうさまはこの地方全体のキリスト教徒を束ねるとても偉い方だと話を聞いています」
「そうか、賢い子だ。母親によく似ている」
「ドン・ペドロ大司教、あなたはこの子の母親を知っているのですか?」
「よく知っているし、洗礼を行いミゲルという名前を与えたのもこの私だ」
「ありがとうございます」
「ところで修道院長、あなたはミゲルが元の家族に引き取られることを望みますか?もし望まれるのであればこの後家族に引き合わせることもできますが・・・」
元の家族と聞いて私はドキリとした。でもカルロス先生は険しい顔をしている。
「元の家族と申しましてもこの子は物心がつく前に修道院に預けられたのです。何か事情があったのでしょう。今この子を家族に返してもこの子のためになるとは思いません。私はミゲルは神が私に与えた子と考え大切に育てて参りました。今この子と離れることなど私には考えられません」
「修道院長、安心してください。私もミゲルは家族の元に返すよりもこのまま修道院で暮らす方が幸せだと考えています。家族について私は秘密を守ります。どうかミゲルを今までのように修道院で大切に育ててください」
「ありがとうございます」
カルロス先生はほっとして飲み物に口をつけた。私も真似して目の前にあるグラスを手に取り中のものを飲んだ。甘いワインであった。
「ところでドン・ペドロ大司教、1つお願いがあります」
「私にできることならなんでもしよう」
「私は貴族の家に生まれ、若い頃にパリの大学で学びました。ミゲルは賢い子です。ですが修道院育ちであればまず外の世界を知ることもなく一生を終えるでしょう。私はミゲルをフランスやイタリアで学ばせたいのです。広い世界を知り、そして再びこの街に帰ってきて欲しいのです。そのためにもぜひあなたに後見となっていただきたいのです」
こうけんという言葉がよくわからなかったので、私は心配になってカルロス先生の顔を見た。
「わかりました。私がミゲルの後見となり、しかるべき年齢になった時には留学の費用も用意しましょう。彼は私の親戚の子ということにします」
「ありがとうございます。そう言えばミゲルは目元があなたによく似ている。もしやあなたの親戚の中に・・・」
「そのことに関してはこれ以上さぐりを入れないでください。とにかくこの子の将来は私が約束します。だからできるだけ修道院でよい教育を与えてください」
「仰せの通りいたします」
この後テーブルの上にはたくさんのご馳走が並び、カルロス先生とドン・ペドロ大司教の談笑は長く続いたはずだった。でも私はこの5年後に同じ街で起きた怖ろしい出来事のため、この時の記憶は曖昧となっていた。
街の広場で異端者の裁判が行われていた。特別に舞台が作られ3人の異端者が舞台の上に上げられていた。男の人と女の人、そしてもう1人は12歳くらいの子供であった。3人は家族なのだろうか?判決が言い渡され、最後に悔い改める言葉を述べるためにさるぐつわを外された時に女の人が叫んだ。
「ミゲル、ミゲルはどこなの?お願い、一目でいいからあの子に会わせて!」
私はその人の方に駆け寄ろうとしたが、動くことができなかった。カルロス先生が私の体をしっかり押さえていた。
女の人の叫び声は聞こえなくなり、3人は同じ広場の少し離れた場所にある火刑台の前に連れていかれ、体を鎖で縛られていた。火刑台は4台用意され、残りの1つに私は括り付けられていた。火が放たれ私は恐ろしい叫び声をあげた。炎は私の体を包み込みやがて教会や大聖堂へと燃え広がった。街全体が炎に包まれ、空は煙で真っ黒になっていた。
再び目を開けた時、空は青く澄み渡っていた。広場にいた人はみな黒い影となり柱に括り付けられた私のそばにゆっくりと近づいてきた。黒い影は私の足元で次々と倒れ、黒焦げの死体となっていた。
「カルロス修道院長とミゲル様ですね。長旅お疲れ様でした。大司教がお待ちですが、まずはこちらの控室で体を清めてください」
控室と言っても普段私たちが生活している修道院の食堂より広い部屋に案内された。椅子に座らされ、使用人がお湯を持ってきて手足を洗ってくれ、その後私の足にはよい香りのする油が塗られた。初めての体験ばかりでどうも落ち着かない。そして大広間にと案内された。大きなテーブルがあり、私はカルロス先生とは少し離れた場所にある子供用の椅子に座らされた。先生のすぐ隣には白地に金の模様がついた豪華な衣装を身に付けた人が先に座っていた。この人が大司教である。私たちの前には飲み物の入ったグラスが置かれている。
「カルロス修道院長、ご苦労であった。その子が前から話をしていたミゲルだな」
「はい、ドン・ペドロ大司教、この子がミゲルでございます。ミゲル、ご挨拶しなさい」
「はじめまして、だいしきょうさま」
「ミゲルはいくつになる?」
「5歳です」
「そんなに緊張しなくてもよい。私が怖いか?」
「いえ、ただカルロス先生からだいしきょうさまはこの地方全体のキリスト教徒を束ねるとても偉い方だと話を聞いています」
「そうか、賢い子だ。母親によく似ている」
「ドン・ペドロ大司教、あなたはこの子の母親を知っているのですか?」
「よく知っているし、洗礼を行いミゲルという名前を与えたのもこの私だ」
「ありがとうございます」
「ところで修道院長、あなたはミゲルが元の家族に引き取られることを望みますか?もし望まれるのであればこの後家族に引き合わせることもできますが・・・」
元の家族と聞いて私はドキリとした。でもカルロス先生は険しい顔をしている。
「元の家族と申しましてもこの子は物心がつく前に修道院に預けられたのです。何か事情があったのでしょう。今この子を家族に返してもこの子のためになるとは思いません。私はミゲルは神が私に与えた子と考え大切に育てて参りました。今この子と離れることなど私には考えられません」
「修道院長、安心してください。私もミゲルは家族の元に返すよりもこのまま修道院で暮らす方が幸せだと考えています。家族について私は秘密を守ります。どうかミゲルを今までのように修道院で大切に育ててください」
「ありがとうございます」
カルロス先生はほっとして飲み物に口をつけた。私も真似して目の前にあるグラスを手に取り中のものを飲んだ。甘いワインであった。
「ところでドン・ペドロ大司教、1つお願いがあります」
「私にできることならなんでもしよう」
「私は貴族の家に生まれ、若い頃にパリの大学で学びました。ミゲルは賢い子です。ですが修道院育ちであればまず外の世界を知ることもなく一生を終えるでしょう。私はミゲルをフランスやイタリアで学ばせたいのです。広い世界を知り、そして再びこの街に帰ってきて欲しいのです。そのためにもぜひあなたに後見となっていただきたいのです」
こうけんという言葉がよくわからなかったので、私は心配になってカルロス先生の顔を見た。
「わかりました。私がミゲルの後見となり、しかるべき年齢になった時には留学の費用も用意しましょう。彼は私の親戚の子ということにします」
「ありがとうございます。そう言えばミゲルは目元があなたによく似ている。もしやあなたの親戚の中に・・・」
「そのことに関してはこれ以上さぐりを入れないでください。とにかくこの子の将来は私が約束します。だからできるだけ修道院でよい教育を与えてください」
「仰せの通りいたします」
この後テーブルの上にはたくさんのご馳走が並び、カルロス先生とドン・ペドロ大司教の談笑は長く続いたはずだった。でも私はこの5年後に同じ街で起きた怖ろしい出来事のため、この時の記憶は曖昧となっていた。
街の広場で異端者の裁判が行われていた。特別に舞台が作られ3人の異端者が舞台の上に上げられていた。男の人と女の人、そしてもう1人は12歳くらいの子供であった。3人は家族なのだろうか?判決が言い渡され、最後に悔い改める言葉を述べるためにさるぐつわを外された時に女の人が叫んだ。
「ミゲル、ミゲルはどこなの?お願い、一目でいいからあの子に会わせて!」
私はその人の方に駆け寄ろうとしたが、動くことができなかった。カルロス先生が私の体をしっかり押さえていた。
女の人の叫び声は聞こえなくなり、3人は同じ広場の少し離れた場所にある火刑台の前に連れていかれ、体を鎖で縛られていた。火刑台は4台用意され、残りの1つに私は括り付けられていた。火が放たれ私は恐ろしい叫び声をあげた。炎は私の体を包み込みやがて教会や大聖堂へと燃え広がった。街全体が炎に包まれ、空は煙で真っ黒になっていた。
再び目を開けた時、空は青く澄み渡っていた。広場にいた人はみな黒い影となり柱に括り付けられた私のそばにゆっくりと近づいてきた。黒い影は私の足元で次々と倒れ、黒焦げの死体となっていた。
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