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35、亡霊を使って異母弟を恐怖のどん底に突き落とす

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 護身術の学校で偶然再会した異母弟のマルティンは、亡霊を見ていたということを知って驚いていた。彼は僕の小さな頃と、僕を苛めて追い出した継母を足して2で割ったような顔をしている。この異母弟は僕との再会を喜び、夜には僕の部屋まで遊びに来て無邪気に話しかけてくるのだが、僕としては彼の顔を見れば昔の嫌な記憶が蘇る。だからなるべく真正面からの顔を見ないようにベッドに並んで腰かけて話すようにした。

「本当にあの2人は亡霊だったの?」
「そう、僕とお前にしか見えていない」
「でも、僕たちと変わらない生きている人間のように見えたよ」
「お前、亡霊を見たのは初めてか?」
「もちろんだよ、あんなにはっきり見えるとは思わなかった。亡霊というのは普通人里離れた修道院とかに真夜中に出るものでしょう」

 弟の言葉に僕は笑った。確かに僕がラミロ2世やペドロ2世の亡霊と初めて会ったのは修道院の中にある僕の部屋で真夜中であった。僕は継母の嫌な記憶を思い出させる弟の顔を横目でチラリと見た。嫌な記憶よりも今彼がどのような表情をしているかの方が気になった。彼は怯えているようだった。僕は心の中でニヤリと笑った。

「マルティン、お前は怖い話を聞くと夜トイレに行かれなくなるタイプか?」
「そんなことないよ。お化けの話、僕は大好きだから」
「それなら、僕があの2人の亡霊に会った時のこと話してやろう」

 お化け話が大好きと言いながら、彼の体が小刻みに震えているのがベッドの振動でわかった。僕は笑いをこらえながら神妙な顔をした。どう話したら、彼を恐怖のどん底に突き落とすことができるか。もちろん僕は継母は恨んでいるけど、8歳の弟には何の罪もなく、僕を慕ってくれているのはわかっている。でもせっかくのチャンスなんだから、亡霊の話で怖がらせてもいいだろう。







「僕のいた修道院は街から遠く離れていて、昔は戦場になったり処刑場にもなっていた場所だから、恨みを持つ亡霊がよく出るらしい。鎧を着て体に矢がたくさん刺さっていたり、切り落とされた首を自分で持って歩いていたり、火あぶりにされて黒焦げになった姿の亡霊とかも出るという話を聞いた」
「えー!そういう亡霊も出るの?」

 マルティンの体の震えが大きくなっているのがわかった。僕はかなり嘘をついているが、これで怖ろしい亡霊が出る修道院という舞台は整った。

「僕は歴史の勉強が大好きだった。そして14歳の時、アラゴンの歴史とラミロ2世についての話を聞いた」
「ラミロ2世?聞いたことないな」
「お前が白い衣装を着た校長先生だと言っていたのは、ラミロ2世の亡霊だ」
「どうしてラミロ2世の亡霊が?」
「ここからが重要な話だ。覚悟はいいか?」
「覚悟はできているよ」

 そうは言っても、彼の体は震えが止まらず、歯もカチカチ音がしていた。僕はできるだけ低い声で淡々と話を続けた。

「その日、歴史の授業でラミロ2世の話を聞いた。ラミロ2世は兄が2人いる3番目の王子だったから、子供の頃から修道院に入れられていた」
「うん」
「でも運命は皮肉で、2人の兄が後継者を残さないまま亡くなり、修道士だったラミロが王位を継いでラミロ2世と名乗ることになった」
「・・・」
「王になっても、修道院育ちのラミロ2世は政治のことは何も知らず、戦いに行くこともできなかった。今まで馬に乗ったことも剣を握ったこともないのだから」
「・・・」
「貴族たちはラミロ2世を馬鹿にして各地で反乱が起きた。ラミロ2世はウエスカに大きな鐘を作ると言って貴族達を呼び集め、1人ずつ部屋に入れてその反乱に加わった者はその場で斬首されてその首は鐘のように高く積み上げられた」
「えー!切り落とされた首を高く積み上げたの?」

 マルティンの恐怖は最高潮に達した。無理もない、14歳の僕だってその話を聞いた夜に夢でうなされたのだから。

「その夜、僕は夢でうなされた。思わず大声でラミロ2世!と叫んでしまった。そして目を開けたら、そこにいたのは・・・」
「ラミロ2世だ!」

 僕は迫真の演技で、目を閉じて話していた。だが、マルティンの声が前と違っている。目を開けると本当にラミロ2世の亡霊が立っていた。

「うわー、すごい。本物のラミロ2世の亡霊が出た!」

 マルティンは大喜びでラミロ2世の亡霊に近付いた。手で触れようとしたが、亡霊だからすり抜けてしまう。

「すごいね、フェリペ兄さん。本物のラミロ2世が僕の目の前にも来てくれたよ」

 彼はもう喜んで飛び跳ねている。

「ラミロ2世、なんで出てきたの?」
「なんでって、そなたが私の話をして、名前を呼んでくれたではないか」
「そういうつもりで言ったわけでは・・・」
「その子供はなんていう名前だ?」
「異母弟のマルティンだよ」
「マルティンか、そなたの兄には世話になっている」
「わーい、僕の名前を呼んでくれた」

 マルティンは怖がるどころかすっかり喜んでしまった。



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