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17、病の歴史とキリスト教
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ハインリヒ7世は僕を連れて、異母弟のコンラート4世、エンツォ、マンフレーディに3日続けて会いに行った。僕は1518年にスペインに生まれて今14歳、ユダヤ人商人だった父に捨てられて修道院の中にある孤児院に暮らしている。最後にマンフレーディに会いに行ってから、ハインリヒ7世はしばらく来ていない。会えば連れまわされて大変だが、会えない日が続くのも寂しい。
かなりの日が過ぎて、ようやくハインリヒ7世は僕の部屋を訪ねてきた。前と同じ派手な吟遊詩人の衣装を身に付け、前よりも若くなっているようだが、なんだか元気がない。
「どうしたの?元気がないようだけど・・・」
「そなたも気づいたと思うが、余はどんどん若返っている」
「そうだね」
「最初は反乱を起こす前の姿に戻れてうれしかった。だが、そなたの所に来るたびにどんどん若返った。最初母上の所に行った時は反乱を起こす前の24歳ぐらいだったが、弟たちのところへ行った時は20歳前後、そして今は16歳ぐらいだ。このままいけば余はそなたより年下となり、やがて消えてしまう」
「・・・・・」
「若返りに気づいた今、このまま亡霊としての意識を失い、完全に消えてしまうのが怖くなった。教えてくれ。余は消える前にどこへ行き、誰に会えばこの恐怖を克服できるのか」
ハインリヒ7世は僕に難し過ぎる質問をぶつけてきた。
「余は生きている時、死の恐怖など感じたことはなかった。特に不治の病にかかったのを知ってからは、むしろこの呪わしい人生をどうやって終わりにするか、そればかり考えていた。亡霊になってからは、忌み嫌われていた時と同じ姿であることに絶望した。早く消えたかった。それなのに今は・・・」
「ちょっと待って、ハインリヒ7世がかかった病気についてニコラス先生に聞いたことをノートに書いてあるから」
僕は机に置いてあったノートの前の方のページを開いてハインリヒ7世に説明した。その病は『レプラ』と呼ばれて古代ギリシャから知られていたこと、その病にかかった人は差別されていたこと、でもキリストはその患者に手を触れて清めたことなどを話した。
そして僕はアッシジの聖フランシスコが積極的に救済活動を行い、フランシスコ会が患者のための村を作った話をした。
「その村に行ってみたい。だが、このような派手な衣装はそぐわないかな」
「僕は大人用の修道士服ももらっているけどまだ子供用を使っている。大人用を使えばいいよ」
「ありがとう」
僕は修道士服に着替えて目を閉じた。
目を開けると美しい村が見えた。僕のいるスペインと違って草や木が明るい緑色をしている。石造りの質素な修道院から1人の修道士が出てきた。
「あなた方はこのあたりの方ではないですね」
「はい、私達はアラゴンから来ました。修道士の修行をしています。私の名前はハインリヒ、彼はフェリペといいます」
「アラゴンとはまた随分遠くからいらしたのですね」
遠くからロバの鳴き声が聞こえた。僕のいる修道院にも年を取ったロバがいる。
「ここはのどかでよいところですね」
「はい、何もない村ですが、戦乱に巻き込まれることもなく安心して暮らせます」
「この村にはレプラと呼ばれる病の患者が多数暮らしていると聞きました」
「私達の会は聖フランシスコの教えに従って患者の救済活動をしています」
「実は私の兄はレプラにかかって亡くなりました。大好きだった兄の顔が変わっていき、私達家族は様々な差別を受けました。兄は治療を受けることもなく、苦しみながら亡くなりました。私はそのショックで家を出て、修道士になりました。そして噂を聞いてこの村を訪ねてきました」
「そうでしたか。あなたのお兄様のために祈ります。レプラは昔からある病気で、患者は様々な差別を受けてきました。でも他の疫病のように近くにいた人すべてが感染して死ぬという病ではありません。適切な方法を取れば感染することなく患者の世話ができます。キリストも聖フランシスコも同じことを言っています。私達人間は差別を受け、悩み苦しむ人にこそ手を差し伸べなければいけないのです。この村に住む患者は贅沢な暮らしをしているわけではありません。でも日の光の中で自由に歩き、花を見て鳥の歌声を聞きます。村人や私達修道士と談笑もします。そんな当たり前の生活こそ、患者、いやすべての人間にとって最も大切なことだと思います」
「お話を聞かせていただき、ありがとうございます」
「またいつでもここに来てください」
「はい」
修道士は修道院の中に入り、僕たち2人が残された。また遠くからロバの鳴き声が聞こえる。
「僕も大人になったら、ここと同じような療養所を作るよ。病に苦しむ人が安心して暮らせる場所にして、『ハインリヒ7世の館』という名前にする」
「余の名前を療養所に使うのか」
「そうすればハインリヒ7世の名前は永遠に残る。僕が死んだ後も・・・」
かなりの日が過ぎて、ようやくハインリヒ7世は僕の部屋を訪ねてきた。前と同じ派手な吟遊詩人の衣装を身に付け、前よりも若くなっているようだが、なんだか元気がない。
「どうしたの?元気がないようだけど・・・」
「そなたも気づいたと思うが、余はどんどん若返っている」
「そうだね」
「最初は反乱を起こす前の姿に戻れてうれしかった。だが、そなたの所に来るたびにどんどん若返った。最初母上の所に行った時は反乱を起こす前の24歳ぐらいだったが、弟たちのところへ行った時は20歳前後、そして今は16歳ぐらいだ。このままいけば余はそなたより年下となり、やがて消えてしまう」
「・・・・・」
「若返りに気づいた今、このまま亡霊としての意識を失い、完全に消えてしまうのが怖くなった。教えてくれ。余は消える前にどこへ行き、誰に会えばこの恐怖を克服できるのか」
ハインリヒ7世は僕に難し過ぎる質問をぶつけてきた。
「余は生きている時、死の恐怖など感じたことはなかった。特に不治の病にかかったのを知ってからは、むしろこの呪わしい人生をどうやって終わりにするか、そればかり考えていた。亡霊になってからは、忌み嫌われていた時と同じ姿であることに絶望した。早く消えたかった。それなのに今は・・・」
「ちょっと待って、ハインリヒ7世がかかった病気についてニコラス先生に聞いたことをノートに書いてあるから」
僕は机に置いてあったノートの前の方のページを開いてハインリヒ7世に説明した。その病は『レプラ』と呼ばれて古代ギリシャから知られていたこと、その病にかかった人は差別されていたこと、でもキリストはその患者に手を触れて清めたことなどを話した。
そして僕はアッシジの聖フランシスコが積極的に救済活動を行い、フランシスコ会が患者のための村を作った話をした。
「その村に行ってみたい。だが、このような派手な衣装はそぐわないかな」
「僕は大人用の修道士服ももらっているけどまだ子供用を使っている。大人用を使えばいいよ」
「ありがとう」
僕は修道士服に着替えて目を閉じた。
目を開けると美しい村が見えた。僕のいるスペインと違って草や木が明るい緑色をしている。石造りの質素な修道院から1人の修道士が出てきた。
「あなた方はこのあたりの方ではないですね」
「はい、私達はアラゴンから来ました。修道士の修行をしています。私の名前はハインリヒ、彼はフェリペといいます」
「アラゴンとはまた随分遠くからいらしたのですね」
遠くからロバの鳴き声が聞こえた。僕のいる修道院にも年を取ったロバがいる。
「ここはのどかでよいところですね」
「はい、何もない村ですが、戦乱に巻き込まれることもなく安心して暮らせます」
「この村にはレプラと呼ばれる病の患者が多数暮らしていると聞きました」
「私達の会は聖フランシスコの教えに従って患者の救済活動をしています」
「実は私の兄はレプラにかかって亡くなりました。大好きだった兄の顔が変わっていき、私達家族は様々な差別を受けました。兄は治療を受けることもなく、苦しみながら亡くなりました。私はそのショックで家を出て、修道士になりました。そして噂を聞いてこの村を訪ねてきました」
「そうでしたか。あなたのお兄様のために祈ります。レプラは昔からある病気で、患者は様々な差別を受けてきました。でも他の疫病のように近くにいた人すべてが感染して死ぬという病ではありません。適切な方法を取れば感染することなく患者の世話ができます。キリストも聖フランシスコも同じことを言っています。私達人間は差別を受け、悩み苦しむ人にこそ手を差し伸べなければいけないのです。この村に住む患者は贅沢な暮らしをしているわけではありません。でも日の光の中で自由に歩き、花を見て鳥の歌声を聞きます。村人や私達修道士と談笑もします。そんな当たり前の生活こそ、患者、いやすべての人間にとって最も大切なことだと思います」
「お話を聞かせていただき、ありがとうございます」
「またいつでもここに来てください」
「はい」
修道士は修道院の中に入り、僕たち2人が残された。また遠くからロバの鳴き声が聞こえる。
「僕も大人になったら、ここと同じような療養所を作るよ。病に苦しむ人が安心して暮らせる場所にして、『ハインリヒ7世の館』という名前にする」
「余の名前を療養所に使うのか」
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