兄たちが弟を可愛がりすぎです

クロユキ

文字の大きさ
上 下
266 / 484

王様と妃達⑩

しおりを挟む

 日が沈みかけ、夜を迎えようとしてい狭間の時間。

 そんな薄暗い路地を、わたしたちは歩く。

「この時間帯になると、やはり冷え込んできますねぇ」

 はー、と両手を重ねて息を吐き掛けるのは日和ひよりさんだ。

 冷たくなっていく空気を感じながら、その肩をすくめている。

「ええ、春なのでまだ寒さが残ってますね」

 ていうか、日和さんと二人きりでお出掛けだよねぇ、これぇ……!?

 わたしだけ日和さんを独占して、誰かに恨まれたりしないよねぇ……!?

 作戦の為とは言え、こんなことをしていいのでしょうか……?

「昼は制服だけでも問題ないですのに、難しい季節です」

「分かります」

 日和さんはオーバーサイズのナイロンパーカーを制服の上から羽織っている。

 定番で安定なカジュアルコーデなのに、日和さんが着ると品が加味されるのはどうしてでしょう。

 とにかく、格が違う。

「そういう花野はなのさんの恰好は寒くないのですか……?」

 こんな会話をしながら、わたしは制服のまま何も羽織っていない。

 アウターなしで外を出歩いている。

「大丈夫です、日和さんがいれば寒くないです」

「わたしは何もしてませんよ……?」

 いえ、なぜか見てるだけで体が熱くなってくるんです。

 こんな変態発言さすがに言えませんけど。


        ◇◇◇


 歩いて10分ほどで最寄りのスーパーへと到着する。

 日和さんは先を歩きながら、買い物かごに手を伸ばします。

「待ってください、日和さんっ」

「はい?」

 その手を制止させて、わたしが先に買い物かごを持つ。

「今日はわたしが荷物運びですから、これは任せて下さい」

「ですが、お店の中くらいは……」

 出ましたね。

 他人に遠慮してしまう日和さん。

 だけど今日のわたしにはそうはいきません。

「重たい物を持ってその繊細な手が傷ついたら大変です。ここはわたしに任せて下さい」

「何だか心苦しいですが」

「いえいえ、これくらいお安い御用です」

 ふっふっふ……。

 さっそく日和さんに頼ってもらってしまった。

 これはなかなか順調なのではなかろうか……?

「わたしに遠慮する必要なんてないですからね。下僕だと思ってください」

「そんな趣味はありませんが……」

 あれ、余計なことをちょっと引かれたかもしれない。

「じゃあ、執事だと思ってください」

「……そこまで頼りがいはないような」

 うぐっ……。

 モブとしての基本スペックの低さが仇になってしまった。

「とにかく、わたしは何でもしますから。困ったら言って下さいね?」

「はあ……」

 気のない返事ですが、とりあえずここは良しとしましょう。






 天ぷらに必要な食材を揃えると、全体で結構なボリュームになった。

 比例して重量もなかなかで、両手じゃないと持ち運べないくらいの重さになっている。

「大丈夫ですか?」

「これくらいへっちゃらです」

「腕が震えてるような……」

 完全に失念していたけど。

 そもそも、わたしも非力なのだった。

 もしかしたら日和さんより力が弱い可能性もあったりして……いや、それはあってはならない。

「武者震い、ですかね」

「……何かと戦っているんですか?」

 すいません。

 わたしも何を言ってるのかよく分からないです。

 とにかく、必要な材料は揃ったのでレジへと向かう。

「お会計は済ませておきますから、花野さんは食材を詰めて頂いててもいいですか?」

「わかりました!」

 日和さんから預かったエコバックを持っていく。

 ナチュラルカラーの特別主張のないデザインだけど、日和さんが持つと品が……(以下略)

「あれ?」

 荷物を一通りを詰め終わる。

 けれど、すぐに来ると思っていた日和さんの姿がなかった。

 どこにいるのかと視線を散らすと――

「え、あれ?」

 なぜか日和さんはスーパーの入り口付近にいた。

 それも、なぜか知らない人と。

「……知り合い、かな?」

 日和さんはニコニコと笑顔を振りまいている。

 振りまいているが……。

「なんか、ぎこちない?」

 明らかに愛想笑いというか、見ようによっては困っているようにも見える。

 それに所々、手を振るようなジェスチャーも垣間見える。

 何かを断っている所作、だろうか。

「……これ、まずいんじゃない?」

 危険を察知したわたしはすぐさま日和さんの元へと駆け寄った。






「ねえねえ、いいでしょ?ちょっとだけ」

「えっと、ですから――」

 二人の会話は断片的にしか聞こえない。

 でも、悠長に事情を把握しているような暇もない。

「はいはーい、わたしが通りますよぉ」

「うわっ、なにお前っ」

「花野、さん……?」

 わたしが間に割って入り込む。

 荷物も持っていることもあって、かなりの圧迫感を生んだことだろう。

「日和さん、買い物は終わりましたから帰りましょう」

「え、あ、その……」

 口ごもる日和さん。

 その視線は話し掛けてきた他人に対して注がれています。

「ちょっと待ってよ。今その子をこっちが誘ってたところで……」

「ダメです」

「は……?」

「わたしは今、この子と買い物デート中なんです!邪魔しないでもらえますかぁ!!」

 なんか素直に言う事を聞いてくれなさそうなので、こっちも思いをぶちまける事に。

「げっ……」

「え……?」

 おかげで二人ともきょとんですよ。

「じゃ、そういうわけですから。ほら行きますよ日和さん」

「え、あのっ……」

 わたしは日和さんの手を引いて足早にスーパーを後にしました。





「それで、あれは何なんですか?」

 人通りの少ない路地まで戻ってきたところで、歩調を緩め日和さんの話を聞くことにします。

「いえ、これから暇ならお茶でもどうかと誘われまして……」

 なんてテンプレートなナンパなんだ……。

「それで、日和さんは何と?」

「いえ、お気持ちは嬉しいのですが家に帰って料理を作らなければならないと……」

 うあー……。

 日和さんの優しさがよくない方向に発揮されていますね。これ。

「ダメですよ日和さん。その気がないならちゃんと断らないと」

「? 断ってはいましたが」

「“お気持ちは嬉しいのですが”とか言ったらダメです。向こうは脈ありだと勘違いしますよ」

「ですが、お声を掛けるのにも勇気が必要でしょうから……」

 あー……もう、日和さん。

「日和さん、気を遣う相手を間違ってはいけませんよ」

「……と、言いますよ?」

「日和さんは誰にでも優しいですけど、でも全然興味のない人にも時間を与える必要はないと思います。だって、そうなったら千夜さんや華凛さんのご飯はどうなるんですか?」

「それは……」

 わたしは日和さんが料理を作れと言いたいわけじゃない。

 ただ、日和さんは優先順位があるにも関わらず、突然それを曖昧にしてしまう。

 その優しさゆえの歪みは、良くない結果を生んでしまうと思う。

「断りづらかったなら、わたしを呼んで下さいよ」

「ですが、それだとわたしが花野さんを利用するような形になってしまいますから……」

 ……なるほど。

 そこも遠慮なんですね、日和さん。

 でも、それは違うと思うんです。

「日和さん、わたしに出来る事なら頼ってくれていいんです」

「そういうわけには……」

 わたしは月森三姉妹にしか興味がないから、他人に気を遣うリソースは極端に少ない。

 だから、究極的には日和さんの悩みを理解してあげることは出来ないと思う。

「日和さんが、どうしてそんなに全員に気を配るかは正直分かりません」

 でも、そんなわたしでも出来ることがあるとするなら――。

「他人にも、姉妹にも気を遣ってしまうのなら。義妹ぎまいのわたしはどうですか?」

 家族でも友人でも他人でもない、そんな曖昧なわたしなら。

「どうして、そこまで――」

「日和さんと仲良くなりたいからです」

「……はあ」

 呆気にとられたような表情の日和さん。

「何でもいいんです。助け合って、お互いの事を知っていきたいんです」

「そんな事をして、いいのでしょうか?」

「いいんです。さすがの日和さんもああいう場面では困るでしょう?わたしでもたまには役立ちますよ?」

「……」

「それに、そんなに気を遣うのでしたら、“日和さんと仲良くなりたい”っていうわたしの気持ちも汲み取ってくださいよ」

 きょとんと日和さんは目を丸くする。

「……なるほど、そうきましたか」

 くすりと日和さんは奥ゆかしく笑う。

「そういう気の遣い方は考えた事もありませんでしたが……いいですね、興味が湧いてきました」

 わたしの思いを初めて真正面から受け止めてくれた気がしました。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

無自覚な

ネオン
BL
小さい頃に母が再婚した相手には連れ子がいた。 1つ上の義兄と1つ下の義弟、どちらも幼いながらに イケメンで運動もでき勉強もできる完璧な義兄弟だった。 それに比べて僕は周りの同級生や1つ下の義弟よりも小さくて いじめられやすく、母に教えられた料理や裁縫以外 何をやっても平凡だった。 そんな僕も花の高校2年生、1年生の頃と変わらず平和に過ごしてる それに比べて義兄弟達は学校で知らない人はいない そんな存在にまで上り積めていた。 こんな僕でも優しくしてくれる義兄と 僕のことを嫌ってる義弟。 でも最近みんなの様子が変で困ってます 無自覚美少年主人公が義兄弟や周りに愛される話です。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)

黒崎由希
BL
   目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。  しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ? ✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻  …ええっと…  もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m .

その男、有能につき……

大和撫子
BL
 俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか? 「君、どうかしたのかい?」  その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。  黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。  彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。  だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。  大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?  更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...