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24 ロデリックの葛藤②
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「一応聞くが、ほかに部屋は?」
「大変申し訳ございませんが、ご用意できず……」
「すぐ近くにホテルはなし。それを承知の上でこちらも選定したのだが……」
貴族の知り合いと出会うことを恐れるマージェリーのため、人目がない方が良いと考えたのはロデリック自身だ。
それでもさすがにこれは想定外だった。
当の彼女の方をうかがうと、先ほどにも増して真っ赤な顔で「で、殿下と、同じお部屋……?」と呟いている。
こちらが見ていることに気がつくと、彼女はパッと目をそらす。
耳まで赤く染めている。その姿は何とも言えず可愛らしいのに、また胸を搔き乱される。
────まだ彼女と一緒にいたい。
そんな思いが不意にわき上がってしまったが、ロデリックは押し込めた。
(……絶対にダメだ。同じ客室に泊まっては)
「仕方ない。私だけ王宮に泊まろう」
急にロデリックが深夜に現れれば王宮も混乱するだろうが、背に腹は代えられない。
「あ、あの、殿下」マージェリーはロデリックの袖を引っ張り、小声で囁く。
「私はどこでも眠れます。
それこそ物置小屋でも眠れるほどですので。
ホテルの床ならむしろ快適なぐらいです」
「そういう問題ではなくてだな?」
「大丈夫です。
せっかくこんな素敵なホテルなのですもの。
ベッドは殿下がお使いになっていただければ」
「女性を床に寝かせる男だと思われているなら心外なのだが?
……いや、脱線した。それよりも大事なのは、君の名誉の問題だ」
「名誉?」
「男と同じ客室に泊まったという事実ができてしまうだろう?」
客室単位としては一つでも、その中には複数の部屋がある。
予約していた客室は、天蓋付きベッドのある主寝室、応接室、居間、書斎、化粧部屋、浴室、簡素なベッドのある使用人用の寝室があった。
今回このホテルにはマージェリーのために先に侍女を一人だけ向かわせ待機させていた。ロデリックの方はホテル付きの従者を予約していたからだ。
使用人用の寝室には確か、複数ベッドがあった。
そこに侍女と並んでマージェリーが眠ることをよしとすれば、ロデリックとマージェリーが物理的に同じ部屋で寝なければならないという状況ではない。
(ちなみに馬車の御者用の寝所は、客室とは別に馬屋の近くに作られている)
問題は、未婚である伯爵家令嬢マージェリー・ヴァンダービルに、結婚前に男と同じ客室で泊まったという事実ができてしまうということだ。
ホテルはもちろん皆に固く口止めするだろうが、これから彼女の名誉を回復するという時にリスクが大きすぎる。
「君を一人でホテルに泊めさせるのは心配だが、侍女もいる。
ホテルの者たちにもしっかり話しておけば大丈……大丈夫か? マージェリー嬢」
目に見えて彼女がショボンとしている。ひどく胸が痛んだ。
「王宮で眠り、早朝にまた迎えに来るつもりだが……。
やはり一人で泊まるのは不安か?」
「だ、大丈夫です。大人ですもの、平気です。
私の名誉はともかく、殿下に変なお噂がたってしまっては申し訳ないです。
せっかくのお部屋を私が使わせていただくのは申し訳ないことですが、やはり殿下は王宮に……」
─────ガラガラガラガラピシャアアアン!!
「「…………!!??」」
閃光とともに外で炸裂した爆音が、マージェリーの言葉を遮った。
ロデリックはホテルの外に駆け出る。
夜の闇のなか、いつの間にか激しい雨が降っている。
先ほどの光と音はやはり落雷か。
馬車の御者たちがあわてて馬屋の方に走っていくのが見えた。
「……雷……ですか?」
「ああ。雷雨だ。天気がこんなに急変するとは」
建物のなかに戻ったロデリックに駆け寄ってきたマージェリーは、うってかわって真っ青な顔をしている。
「先ほどの稲光と音は、ほぼ同時でしたよね。
きっと、すぐ近くに落ちたのでは」
「よく知っているな」
「は、はい。新聞で読みました」
雷の稲光と音には時間差があることは知られている。
だが、光と音の間が短いほど近くの落雷で、長いほど遠くの落雷だというのは、最近になって知識人の間で知られるようになった話だ。
「…………で、殿下」
マージェリーにギュッと袖を掴まれた。ロデリックは息をのむ。
「行かないでください!」
「マージェリー嬢?」
「か、雷はとても恐ろしいです! 落雷での死亡事故を新聞でどれだけ読んだか……。馬車に落ちた事例もありましたし、ヴァンダービル領でも死者が出ていたのです。
どうかここにお泊まりになってください。お願いです、殿下……お願いです」
「……………………」
箱形馬車に落雷があっても、乗っている者の身に危険が及ぶ可能性は意外と低い。王家の馬車は雷対策も施してある。
とはいえ構造上、御者の身に危険が及ぶ可能性は否めない。
何より、マージェリーの、心底雷を恐れている、真っ青な、泣きそうな顔。
……こんな彼女を置いてはいけない。
ロデリックはため息をひとつつき、ホテルの支配人に目を向けた。
「このことは、他言無用。絶対に外に漏らさないように」
支配人が神妙な顔で「天地神明に誓って」とうなずくのを確認し、ロデリックはもう一度ため息をついた。
***
「大変申し訳ございませんが、ご用意できず……」
「すぐ近くにホテルはなし。それを承知の上でこちらも選定したのだが……」
貴族の知り合いと出会うことを恐れるマージェリーのため、人目がない方が良いと考えたのはロデリック自身だ。
それでもさすがにこれは想定外だった。
当の彼女の方をうかがうと、先ほどにも増して真っ赤な顔で「で、殿下と、同じお部屋……?」と呟いている。
こちらが見ていることに気がつくと、彼女はパッと目をそらす。
耳まで赤く染めている。その姿は何とも言えず可愛らしいのに、また胸を搔き乱される。
────まだ彼女と一緒にいたい。
そんな思いが不意にわき上がってしまったが、ロデリックは押し込めた。
(……絶対にダメだ。同じ客室に泊まっては)
「仕方ない。私だけ王宮に泊まろう」
急にロデリックが深夜に現れれば王宮も混乱するだろうが、背に腹は代えられない。
「あ、あの、殿下」マージェリーはロデリックの袖を引っ張り、小声で囁く。
「私はどこでも眠れます。
それこそ物置小屋でも眠れるほどですので。
ホテルの床ならむしろ快適なぐらいです」
「そういう問題ではなくてだな?」
「大丈夫です。
せっかくこんな素敵なホテルなのですもの。
ベッドは殿下がお使いになっていただければ」
「女性を床に寝かせる男だと思われているなら心外なのだが?
……いや、脱線した。それよりも大事なのは、君の名誉の問題だ」
「名誉?」
「男と同じ客室に泊まったという事実ができてしまうだろう?」
客室単位としては一つでも、その中には複数の部屋がある。
予約していた客室は、天蓋付きベッドのある主寝室、応接室、居間、書斎、化粧部屋、浴室、簡素なベッドのある使用人用の寝室があった。
今回このホテルにはマージェリーのために先に侍女を一人だけ向かわせ待機させていた。ロデリックの方はホテル付きの従者を予約していたからだ。
使用人用の寝室には確か、複数ベッドがあった。
そこに侍女と並んでマージェリーが眠ることをよしとすれば、ロデリックとマージェリーが物理的に同じ部屋で寝なければならないという状況ではない。
(ちなみに馬車の御者用の寝所は、客室とは別に馬屋の近くに作られている)
問題は、未婚である伯爵家令嬢マージェリー・ヴァンダービルに、結婚前に男と同じ客室で泊まったという事実ができてしまうということだ。
ホテルはもちろん皆に固く口止めするだろうが、これから彼女の名誉を回復するという時にリスクが大きすぎる。
「君を一人でホテルに泊めさせるのは心配だが、侍女もいる。
ホテルの者たちにもしっかり話しておけば大丈……大丈夫か? マージェリー嬢」
目に見えて彼女がショボンとしている。ひどく胸が痛んだ。
「王宮で眠り、早朝にまた迎えに来るつもりだが……。
やはり一人で泊まるのは不安か?」
「だ、大丈夫です。大人ですもの、平気です。
私の名誉はともかく、殿下に変なお噂がたってしまっては申し訳ないです。
せっかくのお部屋を私が使わせていただくのは申し訳ないことですが、やはり殿下は王宮に……」
─────ガラガラガラガラピシャアアアン!!
「「…………!!??」」
閃光とともに外で炸裂した爆音が、マージェリーの言葉を遮った。
ロデリックはホテルの外に駆け出る。
夜の闇のなか、いつの間にか激しい雨が降っている。
先ほどの光と音はやはり落雷か。
馬車の御者たちがあわてて馬屋の方に走っていくのが見えた。
「……雷……ですか?」
「ああ。雷雨だ。天気がこんなに急変するとは」
建物のなかに戻ったロデリックに駆け寄ってきたマージェリーは、うってかわって真っ青な顔をしている。
「先ほどの稲光と音は、ほぼ同時でしたよね。
きっと、すぐ近くに落ちたのでは」
「よく知っているな」
「は、はい。新聞で読みました」
雷の稲光と音には時間差があることは知られている。
だが、光と音の間が短いほど近くの落雷で、長いほど遠くの落雷だというのは、最近になって知識人の間で知られるようになった話だ。
「…………で、殿下」
マージェリーにギュッと袖を掴まれた。ロデリックは息をのむ。
「行かないでください!」
「マージェリー嬢?」
「か、雷はとても恐ろしいです! 落雷での死亡事故を新聞でどれだけ読んだか……。馬車に落ちた事例もありましたし、ヴァンダービル領でも死者が出ていたのです。
どうかここにお泊まりになってください。お願いです、殿下……お願いです」
「……………………」
箱形馬車に落雷があっても、乗っている者の身に危険が及ぶ可能性は意外と低い。王家の馬車は雷対策も施してある。
とはいえ構造上、御者の身に危険が及ぶ可能性は否めない。
何より、マージェリーの、心底雷を恐れている、真っ青な、泣きそうな顔。
……こんな彼女を置いてはいけない。
ロデリックはため息をひとつつき、ホテルの支配人に目を向けた。
「このことは、他言無用。絶対に外に漏らさないように」
支配人が神妙な顔で「天地神明に誓って」とうなずくのを確認し、ロデリックはもう一度ため息をついた。
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