6 / 36
6、元聖女、結婚式当日
しおりを挟む
***
────35歳の王妃候補。
さぞ国内の重臣たちからの反対がくるだろうな、と思ったら、びっくりするほどあっさり認められた。
宰相閣下がしっかり根回ししていたからだそうだ。
事情を少し聞いてみた。
理由のひとつは、ヨランディアと違い、グライシードでは国王・王位継承者は自国か他国の王族と結婚しなければならない法があるためらしい。
たとえば、家臣である貴族の令嬢と国王の結婚はグライシード王国では貴賤結婚扱いになるのだ。
でもいま周囲の国は敵が多く、その上国内で結婚相手を探しても王族同士の近親婚となってしまう……そういうのもあったようだ。
さすがに次代以降の王のためにも、自分の在位中に貴賤結婚に関する法を変えたいとウィルフレッドは言っていたけど。
ウィルフレッドに想いを寄せていた貴婦人たちが嫉妬で少々嫌がらせのようなことをやってきたのを除けば、恐いぐらいスムーズにことは運び、あっという間に結婚式の日がやってきた。
「…………ずいぶん、綺麗にしてもらったわね」
私は、鏡の自分をまじまじと見つめる。
最上級のレースをたっぷりと使ったウェディングドレス。
つやつやに手入れされ、目映い宝石で飾られた髪。
首もとに輝く、大粒のダイヤモンドをたっぷり使った首飾りと、デザインを合わせたイヤリング。
磨き上げられた肌に、素晴らしく華やかに仕上げられた化粧。
まさに『これが私?』状態。
鏡の中の自分が信じられない。
この15年、聖職者として化粧もできなかったし着るのも法衣ばかり。髪は頭布でずっと隠していた。
ウィルフレッドが私を着飾りたがるのにさえ、いまだに慣れない。
(でも35歳でここまで華やかなのって、痛くないのかしら。もう少しこう地味な方が……)
「良く似合うな」
「ぎゃっ!?」
鏡の後ろからウィルフレッドが顔をのぞかせてきてびっくりさせられた。
「ちょっと!
この晴れの日にまた頭突きするところだったわよ!?
あと近い、距離が」
「今日結婚する夫にいう台詞か?」
「そうですよね!
でも驚かすのは心臓に悪いからやめて」
(なんか求婚以来、急に意識してしまって心臓がもたないのよ。
……いえ、正確にいえば、再会以来だけど)
「……やはり、ルイーズは美しくなった」
「いや、それは……今日は化粧とかいろいろあるから……」
「素直に誉め言葉を受け取れ」
15年前に求婚を断ったのは私自身だ。
なのに思ってしまう。
これが15年前の私なら、もっと綺麗な頃の私だったら、と。
「そ、それにしても!
わざわざ私の肌色に合わせた化粧品を輸入してくれたのね。
別にこの国の化粧品で白く塗ってくれても良かったんだけど」
「何を言う。
ルイーズはその琥珀色の肌が美しいのに」
「……!!」
「蜂蜜のように魅惑的だと、15年前も思っていた」
あんまり不用意に揺さぶるようなことを言わないで。
あくまで王妃という仕事をする人間なんだから、精神的には適切な距離でいたいのに。
「…………そ、そういえば、式の前にまた水晶玉見せてもらっても良い?」
ちょっとウィルフレッドの顔を押し退けながら言うと、彼はわかりやすく眉をひそめた。
「今見ても、何も変わらんぞ」
「わかってはいるんだけど……生存確認して安心したくて」
ため息をついてウィルフレッドが侍女に合図する。
間もなく、林檎より一回り大きいほどの水晶玉が運ばれてきた。
────水晶玉のなかに遠くの光景を浮かび上がらせて見る、〈遠隔透視魔法〉がある。
グライシード王城に来てから、私はウィルフレッドに水晶玉を借りて、魔法でヨランディアの様子をしばしば見ていた。
「ああ……今日も……だいぶ混乱しているわね」
────追放刑のせいでちゃんと仕事を引き継いだり教えたりできなかった。
そのせいもあるのだろう、メアリーはパニックを起こしている。
『ちょっと待ってよ、何なのコレ!? こんなことまで国王の仕事なの!? あなた、何とかできないの!?』
『え、あ、いや、その……』
側でおろおろする宰相の息子。
彼はやっぱり大外れで、女遊びと金遣いが酷く、それでいて仕事は全然役に立たない。
元王太子妃であるメアリーの母がある程度補佐をしているようだけど、彼女も政治経験は浅く祭祀の知識もない。
そして私ほど魔力がある人も、ヨランディアにはいない。
このままだと国全体荒れるのも時間の問題っぽい……。
「もう良いだろう?」
ウィルフレッドが水晶玉での〈遠隔透視〉を強制終了させた。
「結婚式の日ぐらい、俺のことだけ考えろ」
彼は言いながら、後ろから頬と首筋に口づけてくる。
「朝までな」
「!?」
そのまま後ろから抱き締められる。
ねぇ。15年の間に、こういうの誰と覚えたの?
きっとあなたなら、引く手あまただったんでしょうけど。
(……そういえば……今夜になるのよね)
結婚式の後には初夜がある。
……男の人と生まれて初めて、そういうことをする。
『白い結婚』つまり夫婦の営みのない結婚でも良いとウィルフレッドが言ったのを、断ったのは私だ。
覚悟はできている。35年間生きてきて初めてだけど。
ただ、想像すると顔がこわばってしまうのは許して欲しい。
────35歳の王妃候補。
さぞ国内の重臣たちからの反対がくるだろうな、と思ったら、びっくりするほどあっさり認められた。
宰相閣下がしっかり根回ししていたからだそうだ。
事情を少し聞いてみた。
理由のひとつは、ヨランディアと違い、グライシードでは国王・王位継承者は自国か他国の王族と結婚しなければならない法があるためらしい。
たとえば、家臣である貴族の令嬢と国王の結婚はグライシード王国では貴賤結婚扱いになるのだ。
でもいま周囲の国は敵が多く、その上国内で結婚相手を探しても王族同士の近親婚となってしまう……そういうのもあったようだ。
さすがに次代以降の王のためにも、自分の在位中に貴賤結婚に関する法を変えたいとウィルフレッドは言っていたけど。
ウィルフレッドに想いを寄せていた貴婦人たちが嫉妬で少々嫌がらせのようなことをやってきたのを除けば、恐いぐらいスムーズにことは運び、あっという間に結婚式の日がやってきた。
「…………ずいぶん、綺麗にしてもらったわね」
私は、鏡の自分をまじまじと見つめる。
最上級のレースをたっぷりと使ったウェディングドレス。
つやつやに手入れされ、目映い宝石で飾られた髪。
首もとに輝く、大粒のダイヤモンドをたっぷり使った首飾りと、デザインを合わせたイヤリング。
磨き上げられた肌に、素晴らしく華やかに仕上げられた化粧。
まさに『これが私?』状態。
鏡の中の自分が信じられない。
この15年、聖職者として化粧もできなかったし着るのも法衣ばかり。髪は頭布でずっと隠していた。
ウィルフレッドが私を着飾りたがるのにさえ、いまだに慣れない。
(でも35歳でここまで華やかなのって、痛くないのかしら。もう少しこう地味な方が……)
「良く似合うな」
「ぎゃっ!?」
鏡の後ろからウィルフレッドが顔をのぞかせてきてびっくりさせられた。
「ちょっと!
この晴れの日にまた頭突きするところだったわよ!?
あと近い、距離が」
「今日結婚する夫にいう台詞か?」
「そうですよね!
でも驚かすのは心臓に悪いからやめて」
(なんか求婚以来、急に意識してしまって心臓がもたないのよ。
……いえ、正確にいえば、再会以来だけど)
「……やはり、ルイーズは美しくなった」
「いや、それは……今日は化粧とかいろいろあるから……」
「素直に誉め言葉を受け取れ」
15年前に求婚を断ったのは私自身だ。
なのに思ってしまう。
これが15年前の私なら、もっと綺麗な頃の私だったら、と。
「そ、それにしても!
わざわざ私の肌色に合わせた化粧品を輸入してくれたのね。
別にこの国の化粧品で白く塗ってくれても良かったんだけど」
「何を言う。
ルイーズはその琥珀色の肌が美しいのに」
「……!!」
「蜂蜜のように魅惑的だと、15年前も思っていた」
あんまり不用意に揺さぶるようなことを言わないで。
あくまで王妃という仕事をする人間なんだから、精神的には適切な距離でいたいのに。
「…………そ、そういえば、式の前にまた水晶玉見せてもらっても良い?」
ちょっとウィルフレッドの顔を押し退けながら言うと、彼はわかりやすく眉をひそめた。
「今見ても、何も変わらんぞ」
「わかってはいるんだけど……生存確認して安心したくて」
ため息をついてウィルフレッドが侍女に合図する。
間もなく、林檎より一回り大きいほどの水晶玉が運ばれてきた。
────水晶玉のなかに遠くの光景を浮かび上がらせて見る、〈遠隔透視魔法〉がある。
グライシード王城に来てから、私はウィルフレッドに水晶玉を借りて、魔法でヨランディアの様子をしばしば見ていた。
「ああ……今日も……だいぶ混乱しているわね」
────追放刑のせいでちゃんと仕事を引き継いだり教えたりできなかった。
そのせいもあるのだろう、メアリーはパニックを起こしている。
『ちょっと待ってよ、何なのコレ!? こんなことまで国王の仕事なの!? あなた、何とかできないの!?』
『え、あ、いや、その……』
側でおろおろする宰相の息子。
彼はやっぱり大外れで、女遊びと金遣いが酷く、それでいて仕事は全然役に立たない。
元王太子妃であるメアリーの母がある程度補佐をしているようだけど、彼女も政治経験は浅く祭祀の知識もない。
そして私ほど魔力がある人も、ヨランディアにはいない。
このままだと国全体荒れるのも時間の問題っぽい……。
「もう良いだろう?」
ウィルフレッドが水晶玉での〈遠隔透視〉を強制終了させた。
「結婚式の日ぐらい、俺のことだけ考えろ」
彼は言いながら、後ろから頬と首筋に口づけてくる。
「朝までな」
「!?」
そのまま後ろから抱き締められる。
ねぇ。15年の間に、こういうの誰と覚えたの?
きっとあなたなら、引く手あまただったんでしょうけど。
(……そういえば……今夜になるのよね)
結婚式の後には初夜がある。
……男の人と生まれて初めて、そういうことをする。
『白い結婚』つまり夫婦の営みのない結婚でも良いとウィルフレッドが言ったのを、断ったのは私だ。
覚悟はできている。35年間生きてきて初めてだけど。
ただ、想像すると顔がこわばってしまうのは許して欲しい。
11
お気に入りに追加
635
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話
みっしー
恋愛
病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。
*番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜
湊未来
恋愛
王に見捨てられた王妃。それが、貴族社会の認識だった。
二脚並べられた玉座に座る王と王妃は、微笑み合う事も、会話を交わす事もなければ、目を合わす事すらしない。そんな二人の様子に王妃ティアナは、いつしか『お飾り王妃』と呼ばれるようになっていた。
そんな中、暗躍する貴族達。彼らの行動は徐々にエスカレートして行き、王妃が参加する夜会であろうとお構いなしに娘を王に、けしかける。
王の周りに沢山の美しい蝶が群がる様子を見つめ、ティアナは考えていた。
『よっしゃ‼︎ お飾り王妃なら、何したって良いわよね。だって、私の存在は空気みたいなものだから………』
1年後……
王宮で働く侍女達の間で囁かれるある噂。
『王妃の間には恋のキューピッドがいる』
王妃付き侍女の間に届けられる大量の手紙を前に侍女頭は頭を抱えていた。
「ティアナ様!この手紙の山どうするんですか⁈ 流石に、さばききれませんよ‼︎」
「まぁまぁ。そんなに怒らないの。皆様、色々とお悩みがあるようだし、昔も今も恋愛事は有益な情報を得る糧よ。あと、ここでは王妃ティアナではなく新人侍女ティナでしょ」
……あら?
この筆跡、陛下のものではなくって?
まさかね……
一通の手紙から始まる恋物語。いや、違う……
お飾り王妃による無自覚プチざまぁが始まる。
愛しい王妃を前にすると無口になってしまう王と、お飾り王妃と勘違いしたティアナのすれ違いラブコメディ&ミステリー
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる