67 / 70
後日談3:【マクスウェル視点】3
しおりを挟む────いつものように、シンシアと一緒に出かけようと親戚の邸まで迎えにいった。
その邸の玄関で、私はそれを告げられた。
「お茶会で言われてしまったんですよね。私よりも5つも下の女の子に。
『いくら元侍女だからって、マクスウェル様と出かけすぎでは? 婚約者でもそれを前提とした交際でもないのに、不適切ではありませんの?』
って」
目をそらしながら、シンシアは言う。
「……どうも外出していた際にどなたかに見られてしまったようですね」
「別にシンシアと一緒にいるところを見られても私はかまわない」
「……私、わかってなかったんですけど、貴族の男女で一緒にいたらそれは簡単に醜聞になってしまうって。人目のないところで男性と2人きりでいたら、もう処女ではなくなったものと見なされるって……そういうものなんですね」
『貴族の男女の交際は、平民のようにはいかなくてよ』
マレーナの言っていた、リリスの見落としとは、貴族社会における男女の性規範の厳しさのことだったのか?
私自身はそれはもちろんわかっていたし、その上で他の女性避けのつもりもあって、シンシアと頻繁に出かけていたのだが。
「まぁ私はそもそも結婚するつもりはないので……ご親戚のおうちに長くご厄介になってしまう申し訳なさを除けば、どんな噂になってもかまわないのですが…………」
「だから、私もかまわないと言っている」
「でも私、醜聞で社交界から閉め出されてしまうのは困るんです。リリス様のお力になれないから」
「……………………は?」
しばらく、次の言葉が出てこなかった。
「私が侍女をやめて社交界デビューしたのは、貴族の側からリリス様のお役に立ちたいと考えたからです。私がいることで、リリス様が社交界に少しでも馴染みやすいように。
だから私、社交界に出られなくなったら困るんです」
私よりも、リリスを取ると?
こんな理由で拒絶されるなんて。
「マクスウェル様には、今まで数えきれないほどたくさん、演劇や楽しいところに連れていっていただき、心から感謝しております。今まで、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げるシンシア。やめてくれ。らしくない。
「…………これからは、できれば適切な距離でお付き合いをできましたらと思います」
『友人としてはありだけど恋人候補としては見てなかったりとか。まさか相手からそう見られているとは思ってなかったりとか』
リリスが言った言葉が頭によみがえる。私がシンシアを誘っていたのは迷惑だったのか?
リリスと私を天秤にかけたとき、選ぶのはリリスなのか?
「実家から何か、言われたのか?」
「いいえ。そういうことでは」
「私が嫌いになったのか?」
「……そんなわけないでしょう?」
あんなにずっと一緒にいたのに、いつもと違う様子のシンシアがわからない。恐い。
「シンシア、私は────」
「噂になってしまいます。どうぞお帰りください」
再度、シンシアに頭を下げられた。
「私はシンシアのことを────」
「どうか、お帰りください」
シンシアは頭を上げようとしない。もう、私の顔さえ見ないつもりなのか。
何も言うことができず、私は吐息を漏らして、その場を去るしかできなかった。
◇ ◇ ◇
────その夜。
父の名代で私はある夜会に出ることになっていた。
気分が優れないと欠席をしたいところだったが、そうもいかない。早めに失礼するつもりで夜会に向かった。
「お噂の妹君は、今夜はいらっしゃいませんの?」
会場で、主催の夫人に声をかけられ、私は曖昧な笑みを浮かべた。
「何せ誘拐されてずっと平民として育っていたものですから、マナーや言葉遣いなど、いまから叩き込んでいるところです。失礼のない振る舞いができるようになるまで、まだしばらく時間はかかるでしょう」
嘘である。いま夜会に出ても全然問題なく振る舞えるだろう。
だがリリスを社交界に出すまでは、しばらくは時間をおきたかった。意地の悪い質問をぶつけてくる輩が多いことが予想されたからだ。
「でも、レイエス大公家はマレーナ様よりその方の方が良いとお選びになったのですわね? マレーナ様よりも大公子殿下と気が合ったと?」
微笑みながら探るような目を夫人は向けてくる。
どうもリリスがマレーナから婚約者を寝取ったという話が一部で広まっているようだ。
下手な言い方をしたらそれを強化しかねない。
「どうもマレーナは勉強するうちに官僚職の方に関心が向き始めたようで……。またリリスはリリスで、平民育ちで体力があり身体が強いところを大公殿下が気に入られたので、そのようないろいろあってのことです」
「あら、マレーナ様とは対照的に元気なお嬢さんですのね?」
「むしろレイエスの武術などに関心があるようで、女性ながら戦場に出ていらした大公殿下と話が合うのです」
これは嘘ではない。
一番の理由は当人たちの気持ちだが、もしそう言えば『寝取られ』説に拍車をかけてしまう。大公殿下を理由にするのが最も丸く収まるところだろう。
主催の夫人が興味を失ったように離れていき、私はふうと息をついた。
この夜会にはシンシアは来ていない。
もう一度話したい、真意を聞きたい。だが、もう一度聞いて同じ答えがかえってきたら────。
考え込んでいた私に「お久しぶりですな」と声がかけられた。
顔を上げる。
二度と話したくなかったシンシアの実父、グルーフィールド伯爵が、笑みを浮かべて立っていた。作り笑顔とまるわかりの、微妙にひきつった笑顔。
「…………ご無沙汰をいたしております、グルーフィールド伯爵」
「うちのシンシアが長らくお世話になりましたな。こちらは末の娘の────」
そばにいた少女を紹介されたが、シンシアに少し顔が似ている以外は関心を持てなかった。
執拗に娘を売り込んでくる伯爵をかわし、適当なところで話を切り上げて離れた。
ところが、少女は私を追ってくる。
(なんだ? 何をしても私を捕まえろとでも伯爵から言われているのか?)
少し苛立ちながら、「何か?」と尋ねる。
すると少女は懸命に私の顔を見上げ……
「あの、ぶしつけに申し訳ございません。
姉は……私の姉シンシアは、どのような人なのでしょうか?」
0
お気に入りに追加
287
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです
古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。
皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。
他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。
救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。
セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。
だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。
「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」
今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる