上 下
62 / 70

後日談1:大公殿下のお叱りもごもっともです。

しおりを挟む
   ◇ ◇ ◇

「求婚が承諾されたのはよかった────だが、さすがに七、八年はないだろう!?」


 レイエス大公家、大公殿下の書斎。

 エリカ・レイエス大公殿下から投げ掛けられたまったく想像どおりのお言葉に(ええ、ごもっともです)と内心呟いた。


「リリスにも話していたが、大公である私には未だ世継ぎがおらぬ。ギアンを大公世子として披露目をせねばならんのだ。それだけに子だけは早々に成さねばならぬ」

「姉上。どんな歳でも結婚してもすぐ子どもができるとは限りません」

「なればこそではないか!!」


 ご機嫌かご体調でも悪いのか、大公殿下は以前にお会いしたときの印象よりも少しピリピリした印象だった。

 それからしばらく、ギアン様と私はひとしきり大公殿下のお叱りを聞くことになった。
 …………まぁ、これは想定の範囲内。
 それぐらい大それたことを望んだという自覚はある。

 大公殿下は、そこまで結婚を遅らせることがどれほど問題かということを言葉を変えてしばらく語り尽くした。そうして、落ち着いた頃に、ふと、


「せめて、ギアンが士官学校を出た時ではどうだ?」


と、おっしゃった。


「大公世子としての披露目と同時にすれば体裁も整う。もっともそれでもリリスは『行き遅れ』と揶揄されかねん歳にはなるが」

「あ。『行き遅れ』とかまったく気にしてないです」


 21、22あたりでの結婚なら、平民ならむしろ早い方だ。

 まぁ……ギアン様の士官学校卒業辺りがきっと妥協点だろうなとは思っていたので、これも予想の範囲内だな。
 むしろ良かった。


 ……と、私は思ったんだけど。


「姉上。リリスは結婚までに、大恩ある劇団に少しでも長く恩を返したいと望んでいるのです。恩を返す、これは我が国では大変賞賛される行為。大公子妃となる人間がそれを為すことはまさに国民に範を示すものと言えるでしょう」


 よくここまで屁理屈出してきますね、ギアン様。


「ベネディクト式ではなくレイエス式で語って良いのか? ならば我が国の慣習を当てはめ処女性は重んじぬ。結婚は待つが先に子どもを作れ」

「あああ姉上!! み、未婚の女性に対してそのようなはしたないことを……」


 大公殿下強い。
 ……本当に常識って国によって違うんだなー。


「だいたいそなたたちは……」


 大公殿下が何か続けようとしたとき、ノックの音がした。


「何事だ?」

「はい。リリス様がこちらにいらっしゃるとのことで、ファゴット侯爵夫人がいらっしゃいましたが」

「侯爵夫人が? お通ししろ」

「はっ」


 ────しばらくして、どこかうきうきした様子の侯爵夫人が入ってきた。


「あ、どうも、お久しぶりです……わっ」


 入ってくるなり夫人は私を抱き締めてきた。


「あああ、やっと戻ってきてくれる決心がついたのね、リリス!!」

「あの、それは本題では……というかマレーナ様は大丈夫でしょうか?」

「マレーナのことを心配してくれているの?」

「あの。私がファゴット侯爵家に入ると、マレーナ様のお気持ち的にどうかと……」


 マレーナ様がさらに孤立しないか、が、懸念点だった。


「それがね。その、マレーナは家を出て王立学園の寮に入ることにしたの」

「……寮に?」

「フォルクス侯爵家のカサンドラ様と同じ、王宮事務官候補生を目指すための勉強に打ち込むそうよ。候補生になったら国外に出ることも多くなるから、1人で出来ることを増やすために寮に入るんですって」


 ……なるほど。私が心配するまでもなくマレーナ様は自分の選んだ道を進んでいるのか。


(そりゃマレーナ様だものなぁ……)


 変な納得をしてしまった。


「ファゴット侯爵夫人。こちらの説得にご協力ねがえまいか」

「失礼いたしました、大公殿下。説得とは?」

「そちらのリリス殿が弟の求婚を承諾してくれたは良いが、結婚を七、八年後にするというのだ」

「まぁ!! ではわたくしはリリスとそんなにも長く一緒に暮らせるのですね!! 賛成ですわ!!」

「侯爵夫人!?」


 …………大公殿下、味方がいない。


「いや、そこは常識的に考えてほしいのだ。さすがに17歳からの婚約期間がこんなにも長いのは……」

「大公殿下。リリスは貴族としての人生をこれから生き直さねばなりません。あまり短い時間では学べることも少なく、レイエスにご迷惑をおかけしないか心配ですわ」


 侯爵夫人────いや、お母様って呼ばないといけないんだけど、意外と強かった。


「それよりも大公殿下。お顔色がお悪いですわ。ご体調が優れないのではございませんか?」

「おお。よくお気づきになった。そうなのだ。少し前から風邪でも引いたのか、眩暈めまいや、船酔いのような吐き気のある気分の悪さがあってな」

「姉上が船酔いはなさらないでしょう。こっそり寝酒をして二日酔いになられたのでは」

「人聞きが悪いことを言うなギアン! ここしばらくは飲んでおらぬ!!」


 そう言えばお風呂で一緒だったときの大公殿下酔ってたな。やっぱりお酒好きなのかな?


「────眩暈や、吐き気、船酔いのような……」

 侯爵夫人が呟くように繰り返す。

「他になにかお変わりになったことは?」

「ん? うむ。においによってはさらに吐き気が増すのだ。煙などがきついな。また、私は煙草たばこたしなまぬが、吸う家臣が近づくとえづきそうになる。ほか香水もだな」

「においでさらに吐き気が……」


 うんうん、と、うなずき、侯爵夫人は「大公殿下」と立ち上がる。


「少しお耳をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「ああ」


 侯爵夫人が何事かこそこそとお話をすると、んんんん?と大公殿下の表情がなんとも言えないものになっていった……。


「…………確定は先になるかもしれませんが、まずは何よりお医者様をお呼びすることですわ。しばらくはとにかく安静に。のちほど、食べたり飲んだりしては駄目なものをお手紙でおおくりいたしますわ。
 ああ、お酒は絶対に絶対に、お飲みにならないでくださいな」


 そう言って微笑む侯爵夫人。
 うぬぬ……と何事か1人考える大公殿下。
 どういうことなのかわからず、ギアン様と私は顔を見合わせた。


【後日談1:おわり】
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

処理中です...