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◇43◇ 【ギアン視点】

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   ◇ ◇ ◇

 しかし再び違和感を覚え始めるのは間もなくだった。
 私がファゴット侯爵邸で会うマレーナと、学園にいるマレーナとの違いを感じ始めたのだ。

 学園でも会いたいと入れた連絡に返事は返ってこない。
 次に会った時のマレーナは、その手紙のことに何も触れない。
 それでいて、会う時はやはり、私が送ったドレスを着てくれるのだ。

 いったい、どういう思いでいるのか。

 やしきで会うマレーナには、会うたび惹かれていく。最愛の人だと実感する。
 だが、学園で遠くから見かけるマレーナは、何かが違う。
 相変わらず、成績は優秀で名高く、婚約者の悪口を言う取り巻きの友人たちを連れている。

 反動のように不安を覚え、だけどそれでもマレーナへの思いは募る。
 驚くことに、この5年の間の感情よりもずっと強く。
 少しでも確かなものが欲しかった。


「もし良ければ、謝恩パーティーのためのドレスを私に贈らせてくれないか?」

「今年はぜひ、あなたをエスコートさせてほしい。婚約者として」


 そう掲げた望み、一つは断られ、もう一つは叶えられることになった。
 卒業式後の謝恩パーティーで、学園の生徒たちの前で、婚約者としてマレーナを連れることができる。
 不安は一度払拭されたように思われた––––。


   ◇ ◇ ◇


 その日のマレーナには、強い違和感を覚えた。
 うまく言えない、マレーナのかたちをした何かべつのものを目の前にしているような、そんな直感だった。

(……そんなはずはないはずだ)

 2年離れていた時とは違う。
 ここ最近、私は高頻度でマレーナに会っていた。
 顔の輪郭、美しい目、細い鼻筋、かたちの良い唇、そして耳。
 いくら似ている人間を探そうが、他人でここまで似ている人間を見つけ出すことなど人間業では不可能だろう。
 ……で、ある以上、この目の前の相手は、マレーナ・ファゴットのはずなのだ。


「それでは、行こうか」
「そうですわね」


 違和感の原因に少しずつ私は気づき始めた。
 目線をはずすのが、おそらく本人も意識できないであろうほどほんのわずか、早い。
 歩幅がいつもより、ほんのわずか、短い。
 周囲をきょどきょどと見る––––昔のマレーナの癖だ。レイエス人なんかと婚約したのかと誰かにからかわれてから、私といるときは、絶えず誰に見られているか把握しないと気が済まないように、周囲を見ていた。


(……邸の中と、学園の中では状況が違うからなのか?)


 ありえない可能性が再び頭をもたげそうになる度、むりやり抑えつけた。
 そんな葛藤の中、私は、マレーナの異変に気づく。
 歩幅が狭く、体幹が力が入らないように震えている。
 顔色が青い。何度も、腹のあたりを気にしている。


「どうかしたのか?」
「なんでもありませんわ」


 マレーナは否定した。なんでもない、わけがない。
 具合はどんどん悪くなっていくように見えた。
 とにかく医務室に連れて行って休ませなければ。


「……大丈夫ですわっ」
「しかし、顔色が悪い。医務室に」
「控え室で十分です」


 おまえには頼らないと言いたげに余裕なく手をはねつけるマレーナ。
 これも昔の彼女がよくしたことだった。
 どうにか控室まで連れて行き、マレーナは、倒れこむように中に入っていった。


(…………)


 今日は昔のマレーナをよく思い出してしまう。
 ……私は今、どちらのマレーナに惹かれているのだろうか。
 初めて恋した時のマレーナと。
 ここ最近何度も邸に通い、話をしてきたマレーナと……。

 控室の前で待っていると、マレーナが出てきた。


「マレーナ! 大丈夫か!?」


 『』は、先ほどの余裕のない様子とは打って変わって落ち着いた声音で、

「ご心配をおかけしましたわ。
 少し休みましたら楽になりました」と言う。

「本当か! 無理していないか!?」

「ええ。少しコルセットで身体を締めつけすぎてしまったようですわ。緩めましたのでもう大丈夫かと」

「そうか……。もう少し休まなくても良いか? いまからでも医務室に」

「いえ。重ねてご心配をおかけして申し訳ないことですわ」

「謝ることではない! 身体は何より大事だろう!?」

「お心遣いありがたく存じます。できるだけ安静にしていればきっと大丈夫ですわ」


 心配だったところに、思いのほか元気そうな『彼女』が出てきて、ホッとした私は、彼女をティーラウンジに連れて行った。
 またいつ具合が悪くなるかわからない。
 少しでも楽なところにいられるように、と思ったのだ。
 ……あとから思えば、『彼女』のことは、自然と心配していた。

 それから、徐々に気が付いたのだ。
 『彼女』が、落ち着いた淑女らしい様子を見せて『申し訳ないことですわ』と言いながら、先ほど私の手をはねつけたことについての謝罪や言及がなかったことに。


「…………マレーナ様、そのようなおっしゃりようはないのではありませんの??」


 突然、我々の会話に、《淑女部》2年の女子生徒たちが割り込んでくる。
 私は把握していた。マレーナの取り巻きたちだ。
 ちらり、と、『彼女』に目をやった。
 ……反応が、明らかに一瞬遅れていた。
 今、起きているのは、マレーナに対して取り巻きが反旗を翻している異常事態ということになるのに。


「ギアン様がおかわいそうですわ」
「そうです。せっかくマレーナ様のお身体を心配してそばにいらっしゃるのでしょう」
「いつも、こんな素敵なギアン様を邪険にあつかわれて。おかわいそうです」
「わたくしが婚約者ならそんなことはいたしませんわ」
「わたくしだって、そうですわ!!」


  思わず身体が動いて、『彼女』の前に出た。


「……どうしてそんなことを? あなたたち、マレーナ殿のご友人方だろう。」


 『彼女』に何をする。その怒りが強く湧いていた。


「ええ、忠誠を誓った友人ですわ。ですがマレーナ様にはどう思われているか……」
「友人だからこそ、わたくし、マレーナ様の態度には苦言を申し上げてきたのですけど」
「先ほども、卒業生の方々にお声をおかけしようとする王太子殿下のお邪魔をして、殿下に叱られたばかりですわね。ギアン様というものがありながら……」


「────私の婚約者を侮辱するのか?」


「で、ですがギアン様……」
「わたくしたちギアン様がお気の毒で」
「いつもいつもギアン様のことを悪くおっしゃるのですよ、マレーナ様は!!」


「どういう立場であなたがたは、私の婚約者を面前で中傷しているのだ」


「ただ、わたくしたちは忠告を……」


「要らぬ、無礼者。
 いますぐ我々の視界から消えろ」


 そそくさと去っていくマレーナの取り巻きたちを見て、息をついた。
 私は『彼女』を傷つけられるのがゆるせなかった。
 ほかの誰でもない、私の隣にいる『彼女』を。

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