上 下
40 / 70

◇40◇ 最後の夜に

しおりを挟む
   ◇ ◇ ◇


(今日の夜で最後かぁ…………)


 私はずっと笑わないマレーナ様のふりをしてきたけれど、それでもレイエスでの滞在は、とても楽しくて心が踊るものだった。

 それだけ心尽くしのもてなしをしてくださっているその国の皆さんには、申し訳なくて胃がきりきり痛んだりもするのだけど、それでも、楽しかった。


 最後の晩餐もとても美味しくて、大きな海老のぷりぷりの身がなんとも素晴らしくてたまらなかった。


(それでも、今日で終わり。
 明日の昼に迎えにくる船に乗れば……私のこの島での仕事も終わり)


 ギアン様ともこれでさよなら。

 どうか、願わくば、マレーナ様がめっちゃ反省をしてギアン様と仲良くしてくれますように。


 そう思いながら食事を終えた。
 入浴を終え、ゆっくりと休んでいると、自然と言葉少なになっていく。
 楽しい時間はいつか終わるものだ。感傷的になっても仕方ないのに。


「リ……マレーナ様、お外、ご覧になりませんか?」

「外?」

「ほら、お月様。ものすごく綺麗じゃありませんこと?」

「あ、ほんと。満月ですわね」


 海に浮かぶ満月。綺麗だ。
 海のそばで見たら、もっと綺麗なのかな……。

 窓から身を乗り出して月を見る。

 すると、コンコン、と、ドアがノックされた。


 私は自分の格好を見る。寝間着だ、人に会う格好じゃない。


「断ってまいりますね」

「待って」思わず、シンシアさんをとめた。


 確信があったわけじゃない。ただ、あの人だったらいいのにと思っただけだ。
 上着を羽織り、とりあえずの体裁を整えると、私がドアを少し開けた。


「……少し良いだろうか」


 ギアン様が、そこにいた。


「遅い時間ですけれど、どうなさったのです」

「一緒に月を見ないか?」

「……え」

「月が綺麗に見える場所に、貴女を連れていきたい」

「……少しだけ、着替えをお待ちいただけますこと?」


 断るという選択肢は私にはなかった。
 シンシアさんに目を向けると、こくっ、と、彼女はうなずいた。


   ◇ ◇ ◇


「…………ああ、ここは、“血闘海岸”なのですね。
 あの宮殿のすぐ下だったなんて」


 昼間用の外出着だけど、着替えて、私はギアン様と徒歩で外に出ていた。

 こんな時間だから馬車なんて使わないだろうと思っていたけど、結構な距離を歩いたはずなのにまったく遠いとは思わなかった。
 むしろもっと遠くても良かった。
 それだけ長くギアン様と一緒にいられるから。


「…………砂浜に、入るか?」

「え?」

「このまえ、本当は自分の足で入りたかったのだろう?」


 危険だ、と、直感した。
 言葉にできないけど、このまま、この誘いに乗ることは危険だ。だけど。

 月があんまり綺麗だったから。何かにあやつられるように、私は、片方ずつ、靴を脱いでしまった。
 靴下を脱いで、砂浜に足を踏み入れる。

 裸足が踏みしめる砂浜。ぬるい温度と、なんとも言いがたい感触。そして解放感。マレーナ・ファゴットからリリス・ウィンザーに還ったかのような。


「……行こう」


 ギアン様が差し出す手を、取った。
 空いた手でスカートを少し持ち上げながら、月明かりの砂浜を歩く。


「……貴女とともに過ごせて、本当に楽しかった」

「いえ、こちらがもてなしていただいてばかりでしたわ」

「そんなことはない。貴女がいてくれたから。
 ……いや、あの夜会の夜からだな」


 ギアン様が、足をとめた。私は海に浮かぶ月を見つめる。宮殿の部屋よりも近く、海にその姿を映している月。


「あのとき、姉の命を救ってくれてありがとう」

「いえ、そんな……」

「それから……レイエス人もベネディクト人も優劣はないと言ってくれて、ありがとう。
 単純な話だが、嬉しかったのだ、とても。
 それから、それから……」


 ギアン様は、少し言葉を詰まらせる。
 歯を食いしばるような表情……涙をこらえている?

 ギアン様の手が、ぎゅう、と、私を抱き締めた。


 もう私は、異変に気づいている。


「夢を見せてくれてありがとう」


 私の部屋を訪れてから、ギアン様は一度も、私を“マレーナ”と呼んでいない。

 こらえかねたのか、私の頬に、ギアン様の涙が落ちる。


「最後に、貴女の本当の名前を教えてくれ」


   ◇ ◇ ◇
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

マレカ・シアール〜王妃になるのはお断りです〜

橘川芙蓉
恋愛
☆完結しました☆遊牧民族の娘ファルリンは、「王の痣」という不思議な力を与えてくれる痣を生まれつき持っている。その力のせいでファルリンは、王宮で「お妃候補」の選抜会に参加することになる。貴族の娘マハスティに意地悪をされ、顔を隠した王様に品定めをされるファルリンの運命は……?☆遊牧民の主人公が女騎士になって宮廷で奮闘する話です。

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

処理中です...