19 / 70
◇19◇ 【マレーナ視点】協力者の報告
しおりを挟む◇ ◇ ◇
翌日。王宮の一角で、密やかにお茶会が開かれました。わたくしが同行させたのは、『協力者』の侍女1人。
「――――それで、本日わたくしをお招きいただいた理由は?」
「ええ、マレーナ嬢。リリス・ウィンザーのことです」
「それにしても、リリスがまさかファゴット侯爵と偶然出会うことになるとは、神が味方しましたなぁ」
そこにいらっしゃる皆様が笑いました。
一同は、昨年からわたくしを王太子妃にと支援してくださっている『協力者』の皆様です。
わたくしにそっくりな女優、リリス・ウィンザーのことを知らせた際には『では仲間に引き入れましょう』と動いてくださったのです。
「1人女優を篭絡して、協力させようとしたのですが、うまくいきませんでして……団長に直接要望しても無視をされ……そこにあの事件で、リリス・ウィンザーの件は完全に諦めつつありました」
「いや、何がどう転ぶかわかりませぬな」
「リリスは、いま、わたくしの替え玉としてかなりの力を発揮しておりますわ。
ギアン様はいまだわたくしの替え玉とは気づいておりません」
「はははは。長男でありながら家も継げないようなお方です。そのような知恵はないのでしょう」
再び皆様がお笑いになります。
「できましたらリリス・ウィンザーをこのまま、わたくしに忠誠を誓わせたく考えておりますの。
それで、彼女の身辺調査をご依頼したのです」
望むものを与えて言うことをきくならばそうしましょう。
それが難しければ、言うことをきかせるための材料が必要です――――つまり脅迫ということになりますが。
まぁ、卑しい平民ですもの。少し探ればきっと、本人や親の前科など出てくることでしょう。
「ええ。それが、その。
少し説明が難しいので……こちらの報告書をご覧いただけますか。
リリス・ウィンザーの身元、というよりも、その父親についての調査となります」
わたくしはそれに目を通し――そして、目を見張りました。
「これは……?」
「はい……まぁ、ろくでもない男ではございますが……これはいまは、我々としては公にはしたくない事実ですな」
リリス・ウィンザーにとってはどうかはわかりませんが、そこにあったのは、ファゴット家にとって不都合な事実でございました。
日頃もう少しお父様の戯言もしっかりきいていれば良かったと、少し後悔をしました。
「しかし、この男の所在を我々は掴んでおりますし、いずれはこの事実が役に立つときがくるやもしれません」
「役に立つ――とは、たとえば?」
「そうですなぁ。マレーナ様がめでたく王太子妃に選ばれた際には、代わりに、この女に大公国に嫁いでもらうというのは」
わたくしはため息をつきます。
その言い方があまりに軽く、大公子妃に選ばれたわたくしという存在、これまでの妃教育をこなしてきたわたくしの努力を、ひどく軽く扱われるように感じたのです。
……ですが。それは、リリス・ウィンザーに会ったときからわたくしの頭のなかにもあった考えでございました。
「そうですわね。
わたくしが王太子妃に選ばれたときに、王太子がレイエスの大公子の婚約者を奪ったという話が広まってしまっては、クロノス殿下の名誉にかかわってしまいます。
ですがその際、その大公子に代わりに嫁がせることができる相手がいれば、比較的丸くおさめることができますわね……」
レイエス大公国としては、何より大切なのはベネディクト王国の高位貴族の娘を迎えることでベネディクト王国との関係性を強化すること。
リリス・ウィンザーを我がファゴット家の養女に迎えれば、血筋のぶんわたくしよりはもちろん劣りますが、レイエス大公国の目的は果たせるはずですわ。
妃教育は必要になるでしょうが、どのみち跡継ぎではない方の妻、そこまで血筋は関係ないはずですし、わたくしほど優秀でなくてもかまわないでしょう。
そこにギアン様の感情など関係ないはずですが……あの方は口をつぐむでしょう。
いまギアン様がわたくしだと信じて夢中になっている女は、リリスなのですから。
……そちらは万全だと思っているのですが、肝心の、王太子殿下のお心をとらえるほうにはいま、暗雲が立ち込めております。
「……王太子殿下のお妃の選定はどうなっていらっしゃるの?」
「少しずつ協議は続いているかたちですなぁ。
我々はもちろんマレーナ様を推しておりますが。なかなかに他の候補の方が強く、難儀しております」
他の強い候補というのは、カサンドラ・フォルクスも入っているのでしょうか?
いえ、さすがに良識がおありになる殿方なら、カサンドラは王妃としてはあり得ないと判断されますわよね?
「では、やはり、重臣の皆様による選定ではなく、王太子殿下ご自身に選んでいただく必要があるのですわね。
それにしても、近頃はまったく殿下にお会いできないのですけれども、王宮の執務領域からまったくお出にならないのかしら?」
最近のわたくしは、学園が終わればすぐに王宮に行き、あちこち、殿下が立ち寄られそうな場所を回ったのです。
……王宮図書館、庭園、噴水、馬場……。しかし、ずっと王太子殿下を見つけられずにおりました。
国を離れる前に、終えられるだけお仕事を終えて出ようとされているのでしょうか。
このままではわたくしの存在を王太子殿下にアピールできないまま、どんどんギアン様との既成事実が積み上がってしまう。
あの替え玉は、わたくしとそっくり同じように振る舞いながら、なぜかギアン様の好感度がぐいぐいと上がっているのです。
「そんなことは……公務と同時に王太子教育も受けていらっしゃいます。お食事の時間もございますし、王宮から出られることも」
(……だとしたら、わたくしが避けられている……まさか?)
あるいは……。
「以前のように、王太子殿下のスケジュールを教えていただくことはできませんの?」
「それが……殿下の身辺警護の強化ということで、以前よりも殿下の一日のスケジュールを把握する者が限られているのです。
そしてつい最近また、情報統制が強化され……」
きっとカサンドラのせいですわ。わたくしは唇を噛みました。
やはりあの女は、王妃の座を狙っているのです。
「いずれにせよ、王太子殿下は、王立学園の卒業式にお出になったあと、間もなく国を立たれます。
どうぞマレーナ様におかれましては、それまでに殿下との仲をお深めになるきっかけを掴まれますよう」
「…………承知しておりますわ」
わたくしはうなずき、そして、卒業式の謝恩パーティーのことに思いを馳せました。
◇ ◇ ◇
0
お気に入りに追加
287
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
愛する貴方の愛する彼女の愛する人から愛されています
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「ユスティーナ様、ごめんなさい。今日はレナードとお茶をしたい気分だからお借りしますね」
先に彼とお茶の約束していたのは私なのに……。
「ジュディットがどうしても二人きりが良いと聞かなくてな」「すまない」貴方はそう言って、婚約者の私ではなく、何時も彼女を優先させる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
公爵令嬢のユスティーナには愛する婚約者の第二王子であるレナードがいる。
だがレナードには、恋慕する女性がいた。その女性は侯爵令嬢のジュディット。絶世の美女と呼ばれている彼女は、彼の兄である王太子のヴォルフラムの婚約者だった。
そんなジュディットは、事ある事にレナードの元を訪れてはユスティーナとレナードとの仲を邪魔してくる。だがレナードは彼女を諌めるどころか、彼女を庇い彼女を何時も優先させる。例えユスティーナがレナードと先に約束をしていたとしても、ジュディットが一言言えば彼は彼女の言いなりだ。だがそんなジュディットは、実は自分の婚約者のヴォルフラムにぞっこんだった。だがしかし、ヴォルフラムはジュディットに全く関心がないようで、相手にされていない。どうやらヴォルフラムにも別に想う女性がいるようで……。
公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~
薄味メロン
恋愛
HOTランキング 1位 (2019.9.18)
お気に入り4000人突破しました。
次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。
だが、誰も知らなかった。
「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」
「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」
メアリが、追放の準備を整えていたことに。
モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました
みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。
ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。
だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい……
そんなお話です。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
悪役令嬢は二度も断罪されたくない!~あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?~
イトカワジンカイ
恋愛
(あれって…もしや断罪イベントだった?)
グランディアス王国の貴族令嬢で王子の婚約者だったアドリアーヌは、国外追放になり敵国に送られる馬車の中で不意に前世の記憶を思い出した。
「あー、小説とかでよく似たパターンがあったような」
そう、これは前世でプレイした乙女ゲームの世界。だが、元社畜だった社畜パワーを活かしアドリアーヌは逆にこの世界を満喫することを決意する。
(これで憧れのスローライフが楽しめる。ターシャ・デューダのような自給自足ののんびり生活をするぞ!)
と公爵令嬢という貴族社会から離れた”平穏な暮らし”を夢見ながら敵国での生活をはじめるのだが、そこはアドリアーヌが断罪されたゲームの続編の世界だった。
続編の世界でも断罪されることを思い出したアドリアーヌだったが、悲しいかな攻略対象たちと必然のように関わることになってしまう。
さぁ…アドリアーヌは2度目の断罪イベントを受けることなく、平穏な暮らしを取り戻すことができるのか!?
「あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?」
※ファンタジーなので細かいご都合設定は多めに見てください(´・ω・`)
※小説家になろう、ノベルバにも掲載
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる