冷遇王女の脱出婚~敵国将軍に同情されて『政略結婚』しました~

真曽木トウル

文字の大きさ
上 下
90 / 90

後日談1ー3後編:【ダンテス視点】

しおりを挟む
   ◇ ◇ ◇


「…………大丈夫ですか??」

 女の声で目を覚ました時、最初に目に入ったのは天井。
 俺はあわてて跳ね起きる。診療所の空きベッドに寝かされていたことに気づく。
 俺のそばに座っていたレクタム先生が、安堵した様子で俺から離れ、部屋のすみにある椅子に座りなおした。


「……母親は?」

「開腹部分は私たちが治癒魔法で塞ぎました。今は赤ちゃんと一緒に身体を休めています」

「……生きているんですね?」

「ええ。お母さんも家族も、“名無し”さんがお目覚めになったらお礼を言いたいとおっしゃっていました。
 私からもお礼を申し上げます。ありがとうございました」

「……………………」


 思わず、息を漏らす。
 死なせずに済んだという事実を反芻する。
 身体は、まだ重くだるい。
 魔力はさほど回復していないらしい。


『国ごと断罪するのならば、兄様の守りたい方も含めて滅ぼしてしまうことにはなりませんか?』

『断罪するのは、これから先、同じ過ちが起きて欲しくないからでしょう?
 でも、同じように苦しめられている人はきっとこの国の中にもいるのです。
 本来は兄様が守りたいはずの人が』


 なぜかあいつの言葉が頭をよぎる。
 悔しいが、アルヴィナの言った通りだったのだろう。
 ああいう状況にある母親はトリニアスにだっているわけで、もし同じような母親が目の前にいたら、俺は母子ごと国を滅ぼすことはできなかったはずだ。


「…………こちらこそ、俺が倒れた後に母親に治癒魔法をかけてくださって、ありがとうございました。
 結局俺は痛みを取ることしかできませんでしたが」

「いいえ。とても役に立ちました。素晴らしい魔法だと思います」


 その『役に立った』という言葉に、俺は救われた気がして……いや、と否定する声が頭の中に響いた。


 ……それで罪滅ぼしできたつもりか?
 ……あの母親は、おまえを産まされた彼女じゃない。
 まったくの別人だ。


 和らぎかけた気持ちがずるずると闇に引きずられていく。
 俺が彼女とその夫を死なせた事実は変わらない。俺が生きている限り、その事実はつきまとう。


「……どうかしましたか?」
「……いえ。なんでもありません」


 感情を隠して、俺は答えた。


   ◇ ◇ ◇


 魔力切れがよほど身体にこたえていたのか、レクタム先生との会話の後、俺はまた寝入ってしまったようだ。
 次に目覚めたときに視界に入ったのは、山吹色の頭の大男だった。


「お疲れさまッス。洗濯物代わりにやるの、大変でしたよ!」

「開口一番それか」

「嘘、嘘。“名無し”さん、よくがんばったッスね。お疲れさまでした。
 ここに来たときはこの世の人間みんな敵みたいな顔してた“名無し”さんが人助け……なんか感慨深いッス。
 うっ、立派になって……」

「しょうもない泣き真似やめろ」


 ファランとしゃべっていると力が抜ける。
 かなり時間が経過したのか、魔力は先ほどよりはだいぶ回復していた。
 身体を起こす。


「時間は?」

「夜の9時ッスね。赤ちゃんのご家族はいったん帰って、明日またお礼に来るって言ってましたよ。お母さんと赤ちゃんは寝てます。
 晩飯食べます?」

「……そうだな」


 うなずく。

 食堂に移動すると、ファランが俺の分の粥とスープを運んできた。
 もう火を落としてしまったのだろう、どちらも冷たかったが、久しぶりにスープに肉が入っているのを、少し嬉しいと思った。


「……帰って良いぞ。付き合わなくていい」
「あー、俺は一杯飲んで帰ります」
「酒か?」


 ファランがさらに持ってきたのは、酒瓶にカップ、それとカラフルな砂糖菓子の入った瓶だった。


「砂糖菓子をつまみに酒を?」
「ええ」


 ファランは俺の向かいに座り、手酌で飲み始める。
 おかしな飲み方をする奴だと思ったが、久しぶりの酒の匂いは食欲を刺激した。

 本音を言えば飲みたかったところだが、残念ながら平民向けの酒はどうしても口に合わない。


「……食べます?」


 粥とスープを食べ終えた後、視線が砂糖菓子に向かったのを察知したようにファランが砂糖菓子の瓶を差し出す。

 普段なら断ったと思う。だが、今夜は魔力切れを起こした直後で疲れきっており、目の前の甘いものにとても心惹かれた。
 俺はひとつ摘まみ、口にいれる。


「ん?」


 見た目に反して、上等なウイスキーが口に広がる。
 砂糖菓子に酒が入っていたのは予想外だが、味が平民向けの酒と明らかに違う。


「美味いでしょ? それ」

「……ウィルヘルミナか?」

「あれ? バレちゃいました?
 そうです妹さん便の中に入ってたやつです」


 もっと早く気づくべきだった。
 大抵の平民にとって砂糖菓子は、手が出ないほどの高級品だということに。


「これ、ベネディクト王国のお菓子らしいッスよ」


 ……ということは、元々はアルヴィナから送られたものか?


「美味いでしょ?
 せっかく妹さんが送ってきてくれたんだし、これ食べないのは損してるなーって思って、持ってきちゃいました」


 俺の顔を見ながらいたずらっぽく笑うファラン。


「おまえは、なんでそうウィルヘルミナに肩入れする?」

「妹さん、この診療所とか俺とか、“名無し”さんのお世話をしてるみんなにも贈り物や手紙をくれてるんスよ。
 女王陛下ともあろう人が、ほんと、まめッスよね。
 そりゃ味方になりますって」

「……そういうことか」


『あいつらに守られる価値はない』
と俺が切り捨てた名もない人間たちを、ウィルヘルミナは味方につけていて、それが力になっている。


「もう少し甘えても良いと思いますよ?」

「どういう意味だ」

「なんか、優しさとかいたわりを、素直に受け取っちゃいけないって思ってるでしょ? “名無し”さん。
 自分を罰するみたいに。そんで、何もかも自分だけで完結してしまいたい、みたいに」

 でも、とファランは続ける。

「結局誰だって1人で生きられないんだし。
 だったら、誰かに受けた優しさを“名無し”さんが誰かに返したら、それだけで誰かの命とか助かったりするんじゃないスかね? 今日みたいに。
 それって、“名無し”さんが生きてるからできることでしょ?」

「……………………」

「あのお母さんもご家族も、今日のこと、一生忘れないと思いますよ?
 “名無し”さん、赤ちゃんもお母さんも無事でどう思いました?」

「…………良かった、と」


 そうだ。心底良かったと思った。


「良かったでしょ? それで良いじゃないスか」

「…………そう、なのかな」


 俺は、そう思っていいんだろうか。
 誇っていいんだろうか。
 役に立てたことを喜んでいいんだろうか。

 感謝されて、いいんだろうか?


「お菓子、もう1個食べます?」
「……食べる」
「前にもらったお菓子も美味しかったんスよ? 今度からちゃんと食べてくださいね」


 ファランの言葉に生返事をしながら、もう1つ、砂糖菓子に手を伸ばして口に入れる。
 パリッという食感と甘さ、ウイスキーの美味さと心地よい酔いが身体を癒していく。
 やっぱり、美味い。

 ウィルヘルミナに手紙を書いてみようかと、ふと思った。
 たぶん俺は……少なくとも、ここに来て良かったようだ、と。


【おわり】
しおりを挟む
感想 38

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(38件)

ゆきねこ
2023.01.14 ゆきねこ
ネタバレ含む
解除
ちゃこ
2023.01.13 ちゃこ

連投すみません💦
夫婦の幸せ、長々と読みたいです!  子供も出来たら良いなぁ

解除
ちゃこ
2023.01.13 ちゃこ

後日談嬉しいです!
皆、それぞれに幸せになって欲しいですね~

解除

あなたにおすすめの小説

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

ファンタジー
癒しの能力を持つコンフォート侯爵家の娘であるシアは、何年経っても能力の発現がなかった。 能力が発現しないせいで辛い思いをして過ごしていたが、ある日突然、フレイアという女性とその娘であるソフィアが侯爵家へとやって来た。 しかも、ソフィアは侯爵家の直系にしか使えないはずの能力を突然発現させた。 ——それも、多くの使用人が見ている中で。 シアは侯爵家での肩身がますます狭くなっていった。 そして十八歳のある日、身に覚えのない罪で監獄に幽閉されてしまう。 父も、兄も、誰も会いに来てくれない。 生きる希望をなくしてしまったシアはフレイアから渡された毒を飲んで死んでしまう。 意識がなくなる前、会いたいと願った父と兄の姿が。 そして死んだはずなのに、十年前に時間が遡っていた。 一度目の人生も、二度目の人生も懸命に生きたシア。 自分の力を取り戻すため、家族に愛してもらうため、同じ過ちを繰り返さないようにまた"シアとして"生きていくと決意する。

愛されない皇子妃、あっさり離宮に引きこもる ~皇都が絶望的だけど、今さら泣きついてきても知りません~

ネコ
恋愛
帝国の第二皇子アシュレイに嫁いだ侯爵令嬢クリスティナ。だがアシュレイは他国の姫と密会を繰り返し、クリスティナを悪女と糾弾して冷遇する。ある日、「彼女を皇妃にするため離縁してくれ」と言われたクリスティナは、あっさりと離宮へ引きこもる道を選ぶ。ところが皇都では不可解な問題が多発し、次第に名ばかり呼ばれるのはクリスティナ。彼女を手放したアシュレイや周囲は、ようやくその存在の大きさに気づくが、今さら彼女は戻ってくれそうもなく……。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

ゼラニウムの花束をあなたに

ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。