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66、王女の母は食い下がる

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「…………!!??」


 衝撃のあまり、頭の中が真っ白になった。

 まだ夫婦の営みができていないことを母に知られ、しかも、多くの人の面前でそれを晒された!?

 とっさに何も言葉が出てこない。

 自分のすべてが凍りついてしまい、母の高笑いだけが目に耳に入ってくる。

 どうしたらいいのか……呼吸が……できない。
 イーリアス様に背をさすられ、どうにか息をする。


(なんで……どうして、こんなっ、ことをっ)


「王妃陛下、結婚をお披露目する宴の最中の冗談としては性質たちが悪すぎるとお思いになりませんか」


 私をかばいながらの、イーリアス様の低い声。
 彼は声を抑えているけれど、どうしよう、会場じゅうの注目を集めている。
 意識すると、また息ができなくなる。


「娘の夫でもないあなたに何か言う資格があって?」

「我が国の国王と、大陸聖教会がその成立を認めた結婚です」

「国と教会をたばかって結婚したふりなど、我が娘ながらずいぶんな真似をするものだと、ますます呆れるわ」

「────そもそも、母が娘に言う言葉ではないでしょう」

「一国の王妃と王女が、普通の母と娘と同じだと考えるあなたがおかしいわ。
 それはともかく、私の娘はいまだトリニアス王家の王位継承権を持っているということに……」


 急に、母が喉を押さえる。


(────?)


 何か焦った様子で口をパクパクと動かし、驚いた目を私に向ける。
 私は何もしていない。
 隣のイーリアス様から強い怒りと魔力の流れを感じる。


(これは…………〈拘束魔法〉??)


 そういえば、身体の動きや言葉を止めてしまう魔法があると聞いたことがある。
 イーリアス様が母に〈拘束魔法〉をかけている?
 母を、魔力で凌駕して?


「そうかぁ。アルヴィナ、君はまだ純潔を守っていたのかぁ」


 ねっとりと気味の悪い男性の声が響く。私の元婚約者が、妙に熱っぽい目で私を見つめていた。
 ぞわり、と怖気おぞけが走る。


「すべては私の誤解だったんだね。
 それでも、やはり私のことが忘れられなくて、夫との夜を拒んでいたのか。
 もっと早く私が迎えに来てあげれば……」


 元婚約者の言葉がそこで途切れたのはイーリアス様の拘束魔法、ではなく、その身体がその場で宙を舞ったからだ。

 ドレスをまとった女性の足に強烈な足払いを食らいながら、投げ飛ばされた元婚約者は、重厚なアンティークのテーブルに頭をぶつけて目を回した。

 投げ飛ばしたのはドレス姿のカサンドラ様だった。

 今日も王太子殿下についていたはずだったのに…………殿下は?

「────衛兵!!!」
と、会場に響き渡る声を上げたのはクロノス王太子殿下だった。


「トリニアス王国の頃より王女殿下にしつこく付きまとっていた妄想男が、トリニアス王妃陛下を魔法で人質にとり、会場に乱入しました。
 カサンドラ・フォルクスが確保したこの男を速やかに連行し、王妃陛下の保護を!」


 ────大嘘だった。

 その場で起きていたことから、あっけにとられるほど強引に作り上げたストーリー。

 なのにクロノス王太子殿下の一声で、ざわついていた会場が一気に静まり、貴族たちは何も指示をしていないのにさあっと道を開け、衛兵たちがざざっと走り込んできた。

 一瞬(え……!?)と思ったけど、貴族たちはそれで納得しているように見える。

 ……確かに、他ならぬ王太子殿下の言葉だ。

 しかもイーリアス様ではなくわざわざカサンドラ様が、傍目はためには何もしていない段階で元婚約者を派手に取り押さえた(いえ、投げてるけど)というのが、説得力を増している。

 母は、焦った様子でカサンドラ様と王太子殿下をにらむけど、まだ〈拘束魔法〉が効いているのか、言葉が出てこないようだ。
 瞬く間に衛兵たちに囲まれる。

 …………私は深く息を吸った。

 母の表情が、深い屈辱に歪んでいる。

 魔法自慢、かつ、その魔力で恐れられていた母にとって、魔法勝負で負けるというのは悔しすぎるはずだ。

 それも魔法で見下していた国の、王族でもない爵位も持たない男性に負けたのだから。

 しかもこの場で、乱入者(本当は私の元婚約者)に魔法で人質に取られていたとされた。

 本当に私の身体がどうであろうと、この場でするには無礼すぎるさっきまでの母の言動は
『乱入者に操られてしたことだ』
と、この場にいる大半の人は思うだろう。

 国家間の約束をもって結婚を認めたものなのに、それをわざわざ人前で『結婚が成立していない』と、しかも仮にも一国の王妃が主張するなど、おかしすぎることだから。

 ここからもし何かまだ母が言ったとしても、それもまた操られてのことだと、招待客らには思われるだろう……。


(…………助かった……助けられた)


 イーリアス様が、カサンドラ様が、クロノス王太子殿下が……守ってくださった。


 衛兵を掻き分けるようにして、宰相閣下が入っていらっしゃる。
 表情は相変わらずにこやかで、それだけに、恐い。

 母はイーリアス様に目を向け、喉を指差した。
 何か言わせろ、ということのようだ。

 ほどなくして、母は、喉をさすった。軽く発声をしてみて、その上で宰相閣下に冷たい目を向ける。


「…………この国はずいぶんな屈辱をわたくしに与えてくれたこと。
 この借り、覚えておくわ」


 母の声は先ほどより小さく、衛兵の壁で声は外に通らない。

「まだ、そこに落ちている狼藉者ろうぜきものの魔法の影響が残っていらっしゃるようですな。
 おいたわしいことです。どうぞ控え室にて休まれませ」

「結婚は成立していない。わたくしの娘は貴国をも騙したといえるのではなくて」

「それこそ、王妃陛下が正気でいらっしゃれば、おっしゃるはずのないお言葉ですな。
 国の面子に泥を塗ろうというのですから。
 仮にも一国の王妃でいらっしゃるならその重みを重々承知の上のはず」

「…………国として、王女の返還を求めたいと言ったら?」


(…………!!)


 恐れていた言葉を、母が口にした。
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