52 / 90
52、王女はそれでも楽しくお茶をする
しおりを挟む「心配をさせるようなことをお伝えして申し訳ありません。
おそらくは混乱も一時のことでしょう。
ベネディクト王国としては、殿下が我が国で平穏に暮らしていかれるよう引き続き尽力する所存です」
王太子殿下のその言葉に、私はホッとした。
「ええ、あの……ありがとうございます」
「ホメロス将軍はこれまで戦闘における活躍のみならず、今回のように外交交渉の場で力を振るうことでも我が国を守ってきた人物です。
ですから、私個人としても、末永く幸せな結婚生活でありますよう願いたいのです」
「……そう言っていただけて、とても嬉しく思いますわ」
良かった。私はベネディクト王国にいていいらしい。
『もしもトリニアスがアルヴィナ王女の帰還を求めてきたら、両国の揉め事を避けるため大人しく帰ってほしい』
と、求められたらどうしようと思った。
父や母がクロノス王太子殿下の立場なら、きっとそうしただろう。国を守るためと言って。
この違いは国力への自信と……国として約束を守るという、プライドの差なのだろうか。
「この国の多くの方々に親切にしていただいて……実りある結婚生活を送らせていただいております。
与えられるばかりなのが恐縮ですので、いずれは何らかの形でお返しできればと思うのですけれども……。
ぜひ末永くこの国で、夫のそばで暮らさせていただきたく存じます」
「ありがとうございます。またもし何かあれば、お知恵をお貸しいただけると幸いです」
そう言うクロノス王太子殿下に、ピクッ、とカサンドラ様が反応した。
んんん?
「……カサンドラ。今日はそういう場ではありませんよ」
殿下の方がめざとく気づいて制すると、「いや、でも、せっかく……ですので」とカサンドラ様が歯切れの悪いことを言う。
後付けの敬語が丸わかりなのがちょっと面白い。
「カサンドラ様、何かおありなのですか?」
「そうなんです!
いま治水工事を進めている地域があるのですが、工事が終わった後には防災体制について強化したくて……。
もしよければアルヴィナ殿下にもご意見をお伺いできれば、と」
「カサンドラ」
「いえ、問題ございませんわ、王太子殿下。
恥ずかしながら、ベネディクト王国に比べれば、災害が遥かに多く起きてしまっているのがトリニアスですから……私の経験も役に立つかもしれません」
「では失礼してお話しさせていただきますね────」
カサンドラ様はある大きな河川の水害対策についてお話を始めた。
流域を治める領主たちの仲が非常に悪く、大雨や嵐などで水害が起きても、初動の対策が遅れて、そのせいで被害を拡大させてきたのだという。
「工事後は水害も大幅に減る見込みなのですが……それでも災害は突然くるものですし、しっかり防災体制を整えたいんです。
素案を作り、流域領主たちに見せたんですけど、領主同士が協力を嫌がって」
そう言ってカサンドラ様が大まかに語った防災体制は、『その手があったの!?』とお手本にしたいと思うようなものだった。
もし私がトリニアスの政務を担っていた頃なら、是非真似させていただきたかった……。
「クロノスが……王太子が、皆に従うように勅令を下してくれると言うんですけど、それでもいざというときに領主同士が協力できないと機能しないんじゃないかと気になってしまって。
トリニアス王国ではこういうとき、どのようになさっていたのですか?」
「そ、そうですね……トリニアスでも領主同士の協力は難しくて。
ですので、災害時もとにかく少しでも早く王家が介入するようにしておりました。
あとは……領主同士が仲が悪くても現場レベルで協力し合えるよう、災害の第一報を最初に発する担当の者同士の顔合わせをさせるなどしました。
人同士のつながりをつくり、いざというときは腕木通信のやりとりで連絡し合うように、王家から指導したりなど。ああでも、嵐だと腕木通信は……」
クロノス王太子殿下は私の言葉を聞いてしばらく何事か考え、それから形の良い唇を開く。
「たとえば、各地の災害の第一報を発する立場の者を、王家から直接派遣するというのは」
「え、王家が派遣した人を常時置くっていうこと? 領主が反発しない?」
「電信を引き、その者がいち早く王都に災害状況を伝えられるようインフラを整えます。
支援を少しでも早く得られるなど、メリットがあると領主たちが納得すれば良い。
王家から派遣すれば、担当の者同士先に十分顔合わせさせておくことができ、災害発生時もスムーズでしょう」
王太子殿下とカサンドラ様のやりとりを聞きながら、私は感心した。
私が話した経験から要点をさっと拾い、その場で案をひとつまとめてしまう。やはり頭の良い方だわ。
「それでは、こういうやり方も使えるのではないでしょうか────」
すっかり嬉しくなって、さらに私はかつての自分の経験について語りだした。
────予定の時間を過ぎた頃。
王太子殿下付きの従者の方がティールームに入ってきて、そっと殿下に耳打ちをする。
軽くうなずいたクロノス王太子殿下は、私の顔を見る。
「長くお時間をいただいてしまいました。貴重なお話をたくさんお聞かせくださり、ありがとうございます」
「いえ! お役に立てたかわからないのですが、こちらこそ楽しいお時間をすごさせていただきました。
本当にありがとうございます。
結婚披露パーティーでも、どうぞよろしくお願いいたします」
王太子殿下に礼をして、私はティールームを退室した。
(楽しかった…………)
何故だろう。つらかったはずの政務の話なのに、ひどく楽しかった。
トリニアスでやってきた仕事なんて、思い返してもキツいばかりでつらいことばかりだったのに。
それでも、確かに全身全霊で懸命に取り組んできた仕事ばかり。
話すことができるのが、そしてがんばってきたことを認めてもらえるのが、こんなに嬉しくて楽しいなんて。
……トリニアスにいた頃も誰かがこんな風に認めてくれていたなら、もっとつらくなかったのかしら。
(こういう会話でも同性のお友達ができてくれたら良いのだけど……。
そういえば、女の子同士がお茶で話すことってどんなことなのかしら?)
そんなことを考えていたら、「殿下」と声をかけられた。
「あら? イーリアス様??」
まだ仕事中の時間のはずのイーリアス様が、廊下で私を待っていた。
「少し抜けて参りました。邸までお送りいたします」
「え、ええ? よろしいのですか?」
会えるのは嬉しいけれど、イーリアス様、いったいどうしたのかしら??
13
お気に入りに追加
1,513
あなたにおすすめの小説
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
上官は秘密の旦那様。〜家族に虐げられた令嬢はこの契約結婚で幸せになる〜
見丘ユタ
恋愛
幼くして家を追い出された元男爵令嬢アルティーティは弓騎士を志し、騎士団の遊撃部隊に入隊する──女ということを隠して。
絶対に正体がバレてはいけないのに、配属初日、隊長のジークフリートにバレてしまう。
あわや除隊か、と思われたが、彼から思わぬ提案が出される。
「このことを黙っている代わりに、俺と結婚しろ」と。
ある時は騎士、ある時は貴族、秘密の二重生活の中ふたりは次第にお互いを意識していき──。
※体調不良のため、しばらく不定期更新
妹よ。そんなにも、おろかとは思いませんでした
絹乃
恋愛
意地の悪い妹モニカは、おとなしく優しい姉のクリスタからすべてを奪った。婚約者も、その家すらも。屋敷を追いだされて路頭に迷うクリスタを救ってくれたのは、幼いころにクリスタが憧れていた騎士のジークだった。傲慢なモニカは、姉から奪った婚約者のデニスに裏切られるとも知らずに落ちぶれていく。※11話あたりから、主人公が救われます。
この裏切りは、君を守るため
島崎 紗都子
恋愛
幼なじみであるファンローゼとコンツェットは、隣国エスツェリアの侵略の手から逃れようと亡命を決意する。「二人で幸せになろう。僕が君を守るから」しかし逃亡中、敵軍に追いつめられ二人は無残にも引き裂かれてしまう。架空ヨーロッパを舞台にした恋と陰謀 ロマンティック冒険活劇!
【二部開始】所詮脇役の悪役令嬢は華麗に舞台から去るとしましょう
蓮実 アラタ
恋愛
アルメニア国王子の婚約者だった私は学園の創立記念パーティで突然王子から婚約破棄を告げられる。
王子の隣には銀髪の綺麗な女の子、周りには取り巻き。かのイベント、断罪シーン。
味方はおらず圧倒的不利、絶体絶命。
しかしそんな場面でも私は余裕の笑みで返す。
「承知しました殿下。その話、謹んでお受け致しますわ!」
あくまで笑みを崩さずにそのまま華麗に断罪の舞台から去る私に、唖然とする王子たち。
ここは前世で私がハマっていた乙女ゲームの世界。その中で私は悪役令嬢。
だからなんだ!?婚約破棄?追放?喜んでお受け致しますとも!!
私は王妃なんていう狭苦しいだけの脇役、真っ平御免です!
さっさとこんなやられ役の舞台退場して自分だけの快適な生活を送るんだ!
って張り切って追放されたのに何故か前世の私の推しキャラがお供に着いてきて……!?
※本作は小説家になろうにも掲載しています
二部更新開始しました。不定期更新です
【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。
そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。
婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。
どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。
実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。
それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。
これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。
☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆
全てを義妹に奪われた令嬢は、精霊王の力を借りて復讐する
花宵
恋愛
大切なお母様にお兄様。
地位に名誉に婚約者。
私から全てを奪って処刑台へと追いやった憎き義妹リリアナに、精霊王の力を借りて復讐しようと思います。
辛い時に、私を信じてくれなかったバカな婚約者も要りません。
愛人に溺れ、家族を蔑ろにするグズな父親も要りません。
みんな揃って地獄に落ちるといいわ。
※小説家になろうでも投稿中です
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる