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45、王女は告白される
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イーリアス様への好意を口にすると、一気に顔が熱くなってしまった。
ああ、駄目だこの空気。
心拍数が上がりすぎて死にそう。
「……初めて会った時のことを覚えていらっしゃいますか?」
「は、はい! あの時は悲鳴を上げてしまい、申し訳ありませんでした!」
「いえ、それは良いのです。
元々、トリニアス王家の方々については詳しい情報を得ておりました。
殿下のことも書類の上ではよく存じておりました」
王太子妃候補だったなら、それは詳細に調べていたことだろう。
「…………あの日会議のあと、王子殿下に暴言を吐かれていらっしゃったのを、たまたまお見かけしたのです。
足取りがふらふらとしていらしたので、心配になって、つい、あとを追いました」
「そう……だったの、ですね。
おかげで命が助かりました」
「はい、追ったおかげで、殿下を受け止めることができたのですが」
目をそらし、少し言いにくそうにして、イーリアス様は続けた。
「自分の腕のなかにいる殿下を見て、なぜか唐突に思ったのです。
『この女性をお守りしなければならない』と」
「………………?」
「落ちていらした殿下を自分の腕で受け止めたときに、何か運命が大きく変わった気がしたのです。
……求婚の言葉は、嘘をついたつもりはありませんでした。
結婚すれば、殿下をあの窮状から連れ出せる。私の手でお守りできる。
そのために私はこの女性と出会ったのだと、本気で考えていた」
「あの、イーリアス様、それは……」
「…………あとから冷静になって考えてみれば、ただの一目惚れです。
30近くのいい大人になって、運命の女性だと舞い上がった、痛い男です。
それでも、殿下を知るほど…………聞かせてくださった思い、私を気遣ってくださる優しさ、王女としての気高さ、酔ったときの意外な可愛らしさ、好きなものに夢中になる姿、夫である私に向けてくださる健気さ……ひとつひとつが愛おしくてたまらなくなりました」
「………………っ」
言葉が出てこない。
(まさか、そんな風に思ってくれていたなんて)
「言葉にはしない方が良いと考えておりました。
お伝えしてしまえば、殿下は私を愛そうと、ご無理をなさるのではないかと、恐れていたのです」
「!! そんな……無理なんて」
言いながら、イーリアス様の言葉に納得していた。
確かにイーリアス様が『愛している』と伝えることさえ待ってくれたのは良かったのだ。
もしも求婚直後に『愛している』と言われていたら……私は、心の中で彼を恐いと思ってしまったかもしれない。
今なら。今ならイーリアス様には愛されても恐くないと信じられる。
「今夜、殿下のお気持ちを聞くことができたことがどれだけ私にとって嬉しいことか、想像できますか。
そして、こうして私の思いを殿下にお伝えすることができて……」
イーリアス様が、何か噛み締めるように言葉につまる。
「…………殿下。
少しだけ、抱き締めてもよろしいでしょうか」
「!! は、はいっ」
イーリアス様から触れたいと求めたのは初めてだ。
長い腕が私を包む。
広い胸に、顔を埋めた。
愛されているのに、守られている。
心からそう思えるのは、不思議な感覚だった。
「……ありがとうございます」
それはほんの一瞬の出来事で、イーリアス様はすぐに遠慮がちに身体を離す。
────そのとき、深夜12時の時計の鐘の音がした。
「お誕生日おめでとうございます」
「……ありがとうございます」
つい、ふふっ、と笑った。
「殿下?」
「イーリアス様はお歳を気にされるのかもしれませんけど、私、イーリアス様がひとつ歳を取る瞬間にそばにいることができて、すごく嬉しいです」
「それは……なんともうしますか」
イーリアス様が鼻をこする。
「気にしているというよりも、歳を重ねるほど、自分の未熟ぶりと年齢が解離している気がしてしまうのです。
先ほど『いい大人』などと申しましたが、30年も生きても、中身はそんなに威張れたものではありません。
好きな女性のことで独断で暴走して、嫌われたくなくて右往左往して。それだけの人間です」
「そんなの、全然……」
イーリアス様の言う好きな女性が、自分だということが嬉しい。
この瞬間、彼の妻でいられることが嬉しい。幸せだ。
「……ごめんなさい、本当なら邸に帰って、日付が変わった瞬間にプレゼントを贈りたかったんです。
酔いつぶれてしまって、それだけが残念です」
「謝ることではありません。明日を楽しみにしております」
私は、布団のなかを動いて、ベッドの端に寄った。
「殿下?」
「あの、触れあわなければ、おそらく一緒に眠れると思いますのでっ。
一緒に、眠りましょう」
「……い、いえ、私は」
「そこのソファでは、イーリアス様のお体では足がはみ出てしまいますし…………。
その……同じベッドに眠るのに夫婦の営みができないことは、申し訳ない限りなのですが」
イーリアス様の顔をちらっとうかがうと、彼はふっと息をついて、布団のなかに入った。
(……たぶん、いま、笑った)
口元がほんの少し、緩んでいた。
「お言葉に甘えて、離れて眠らせていただきます。
……殿下は、どうか焦らないでください。
心を癒すというのは、気長に時間をかけてじっくりやることです」
「……はい」
「何より、あなたと結婚できて私は幸せなのです」
「………………はい」
イーリアス様の言葉に、じんわり涙があふれてきた。
◇ ◇ ◇
ああ、駄目だこの空気。
心拍数が上がりすぎて死にそう。
「……初めて会った時のことを覚えていらっしゃいますか?」
「は、はい! あの時は悲鳴を上げてしまい、申し訳ありませんでした!」
「いえ、それは良いのです。
元々、トリニアス王家の方々については詳しい情報を得ておりました。
殿下のことも書類の上ではよく存じておりました」
王太子妃候補だったなら、それは詳細に調べていたことだろう。
「…………あの日会議のあと、王子殿下に暴言を吐かれていらっしゃったのを、たまたまお見かけしたのです。
足取りがふらふらとしていらしたので、心配になって、つい、あとを追いました」
「そう……だったの、ですね。
おかげで命が助かりました」
「はい、追ったおかげで、殿下を受け止めることができたのですが」
目をそらし、少し言いにくそうにして、イーリアス様は続けた。
「自分の腕のなかにいる殿下を見て、なぜか唐突に思ったのです。
『この女性をお守りしなければならない』と」
「………………?」
「落ちていらした殿下を自分の腕で受け止めたときに、何か運命が大きく変わった気がしたのです。
……求婚の言葉は、嘘をついたつもりはありませんでした。
結婚すれば、殿下をあの窮状から連れ出せる。私の手でお守りできる。
そのために私はこの女性と出会ったのだと、本気で考えていた」
「あの、イーリアス様、それは……」
「…………あとから冷静になって考えてみれば、ただの一目惚れです。
30近くのいい大人になって、運命の女性だと舞い上がった、痛い男です。
それでも、殿下を知るほど…………聞かせてくださった思い、私を気遣ってくださる優しさ、王女としての気高さ、酔ったときの意外な可愛らしさ、好きなものに夢中になる姿、夫である私に向けてくださる健気さ……ひとつひとつが愛おしくてたまらなくなりました」
「………………っ」
言葉が出てこない。
(まさか、そんな風に思ってくれていたなんて)
「言葉にはしない方が良いと考えておりました。
お伝えしてしまえば、殿下は私を愛そうと、ご無理をなさるのではないかと、恐れていたのです」
「!! そんな……無理なんて」
言いながら、イーリアス様の言葉に納得していた。
確かにイーリアス様が『愛している』と伝えることさえ待ってくれたのは良かったのだ。
もしも求婚直後に『愛している』と言われていたら……私は、心の中で彼を恐いと思ってしまったかもしれない。
今なら。今ならイーリアス様には愛されても恐くないと信じられる。
「今夜、殿下のお気持ちを聞くことができたことがどれだけ私にとって嬉しいことか、想像できますか。
そして、こうして私の思いを殿下にお伝えすることができて……」
イーリアス様が、何か噛み締めるように言葉につまる。
「…………殿下。
少しだけ、抱き締めてもよろしいでしょうか」
「!! は、はいっ」
イーリアス様から触れたいと求めたのは初めてだ。
長い腕が私を包む。
広い胸に、顔を埋めた。
愛されているのに、守られている。
心からそう思えるのは、不思議な感覚だった。
「……ありがとうございます」
それはほんの一瞬の出来事で、イーリアス様はすぐに遠慮がちに身体を離す。
────そのとき、深夜12時の時計の鐘の音がした。
「お誕生日おめでとうございます」
「……ありがとうございます」
つい、ふふっ、と笑った。
「殿下?」
「イーリアス様はお歳を気にされるのかもしれませんけど、私、イーリアス様がひとつ歳を取る瞬間にそばにいることができて、すごく嬉しいです」
「それは……なんともうしますか」
イーリアス様が鼻をこする。
「気にしているというよりも、歳を重ねるほど、自分の未熟ぶりと年齢が解離している気がしてしまうのです。
先ほど『いい大人』などと申しましたが、30年も生きても、中身はそんなに威張れたものではありません。
好きな女性のことで独断で暴走して、嫌われたくなくて右往左往して。それだけの人間です」
「そんなの、全然……」
イーリアス様の言う好きな女性が、自分だということが嬉しい。
この瞬間、彼の妻でいられることが嬉しい。幸せだ。
「……ごめんなさい、本当なら邸に帰って、日付が変わった瞬間にプレゼントを贈りたかったんです。
酔いつぶれてしまって、それだけが残念です」
「謝ることではありません。明日を楽しみにしております」
私は、布団のなかを動いて、ベッドの端に寄った。
「殿下?」
「あの、触れあわなければ、おそらく一緒に眠れると思いますのでっ。
一緒に、眠りましょう」
「……い、いえ、私は」
「そこのソファでは、イーリアス様のお体では足がはみ出てしまいますし…………。
その……同じベッドに眠るのに夫婦の営みができないことは、申し訳ない限りなのですが」
イーリアス様の顔をちらっとうかがうと、彼はふっと息をついて、布団のなかに入った。
(……たぶん、いま、笑った)
口元がほんの少し、緩んでいた。
「お言葉に甘えて、離れて眠らせていただきます。
……殿下は、どうか焦らないでください。
心を癒すというのは、気長に時間をかけてじっくりやることです」
「……はい」
「何より、あなたと結婚できて私は幸せなのです」
「………………はい」
イーリアス様の言葉に、じんわり涙があふれてきた。
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