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36、王女は乗馬場に出かける
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◇ ◇ ◇
「……どうしたんですか?
結婚証明書なんて見つめて」
朝食のあと、お仕事に出るイーリアス様を見送り、必要な仕事を終えて、ダイニングで結婚証明書を眺めていたら、ナナに話しかけられた。
「ええ……今日からイーリアス様がお仕事だから、寂しいなぁって」
「夜になったら帰ってきますよ?」
「そうなのだけど」
触れあえないのに、くちづけも夜の営みもできないのに、イーリアス様にはそばにいてほしい。
そんな私は自分勝手なのかしら。
一緒にいられる間にはしゃぎすぎた自分を反省する。
(……もう少しお友達づくりが順調にいっていれば良かったのだけど)
この国での数少ない女性の知人、ということで、まずはカサンドラ様やアイギス様、エルドレッド夫人に、お礼のお手紙を出した。
3人ともすぐ返事が返ってきた……のだけど、さすがにとても礼儀正しいお手紙で、ここから『お友達になりましょう』的な誘いをするのにはちょっと憚られるものだった。
(みんな……お友達って、どうやってつくってるのかしら?
プレゼントとかあげて仲良くなるの?
それともお茶会に招待?
……って、まず招待するほど仲良くなるにはどうしたら?
ちょっと知り合ったぐらいで招待したら痛い女だと思われない??)
うーん……外交関係とか仕事では問題なくできるのに。
プライベートでの加減が……わからない……。
「今日はお天気も良くて春みたいな陽気ですし、お出掛けしてみませんか?
近くに乗馬場もありますし」
「乗馬場……」
イーリアス様も言っていた場所かしら。
そうね。愛馬を紹介してもらうのは先だとしても、場所だけ先に下見しておくのは良いかもしれない。
「そうね、行ってみましょう」
◇ ◇ ◇
お目当ての乗馬場は、馬車で王宮方面に少し進んだところにあった。
だけど、近づいてみると、
(…………?)
何だか、警備がものものしい。
「ここって、入ってもいいの?」
「おかしいですねぇ。
いつもは普通に出入りできるんですけど」
「誰か来ているのかしら?」
疑問に思いながら、私たちは馬車を下りる。
険しい顔をした衛兵たちが駆け寄ってきた。
だけど、私の顔をみると、あっ、という顔をして、困ったように互いに顔を見合わせる。
近づくと、皆、敬礼してみせた。
「皆さん、いまは、こちらには入ってはいけないのですか?」
「……おそれながら王女殿下。
そのようなわけでは……ないのです、が……」
「見学に来ただけで所用があったわけではありませんので、ご迷惑になるようでしたら結構です」
「いえいえいえ!!
そうですね、あの……トラックの方には出ずにいただければ……と……。
王太子殿下がいらしているのです。
ただいま殿下と、官僚の候補生への、乗馬の講義中でございまして」
「……ああ、それでこの警備なのですね」
私もナナのほかに警護人を引き連れての来場だ。
できるだけ大人しく、ささっと見学して帰ろう。
「どなたか、案内してくださるかしら?」
「は、はいっ!!」
衛兵の1人に案内されて私たちは乗馬場の中に入った。
私と同じ年頃の男性たちが乗った馬が、テンポ良く歩いていく。
馬が何やら木枠で囲まれたところに入った……と思ったら、一斉に走り出した。
(速駆けの練習なのかしら?)
いずれもかなり速い。
その中で途中で一頭飛び抜け、それに別の一頭が続く。
騎手の腕がいいのか、二頭が熾烈なトップ争いを繰り広げる。
鹿毛の馬と、葦毛の馬……騎手の髪色は遠目にもわかる、鮮やかな銀髪と黒髪のコントラスト。
ゴール前のスパートで、黒髪の騎手が乗る葦毛の馬がグンと前に出た。
追いすがる鹿毛の馬。
だけどあと一歩届かない。
葦毛の馬が一番でゴールラインを走り抜けた。
黒髪の騎手がガッツポーズして
「ッしゃぁぁあ! 私の143勝めッ!!」
と……ハスキーな女性の声で叫んで、
「こらっ!カサンドラ!」
と講師らしき人に注意される。
騎手が帽子を外し、帽子のなかにまとめていたらしい長い黒髪の束がファサリ、と落ちてきた。
(……カサンドラ様?)
その褐色肌の華やかな顔立ちは見間違わない。
侯爵令嬢カサンドラ様だ。
遅れてゴールした銀髪の騎手が帽子を外し、その白皙の美貌が目に入る。
(……と、クロノス王太子殿下、か)
常にクールな印象だったクロノス殿下が、悔しげな顔で鼻の土ぼこりをぬぐいながら、得意げにピースサインで煽るカサンドラ様を軽くにらむ。
……と、カサンドラ様が私の存在に気づいて、ニッと笑って手を振った。
「────ナナ」
「はい?」
「ちょっとここ、長居してもいいかしら?」
◇ ◇ ◇
「……どうしたんですか?
結婚証明書なんて見つめて」
朝食のあと、お仕事に出るイーリアス様を見送り、必要な仕事を終えて、ダイニングで結婚証明書を眺めていたら、ナナに話しかけられた。
「ええ……今日からイーリアス様がお仕事だから、寂しいなぁって」
「夜になったら帰ってきますよ?」
「そうなのだけど」
触れあえないのに、くちづけも夜の営みもできないのに、イーリアス様にはそばにいてほしい。
そんな私は自分勝手なのかしら。
一緒にいられる間にはしゃぎすぎた自分を反省する。
(……もう少しお友達づくりが順調にいっていれば良かったのだけど)
この国での数少ない女性の知人、ということで、まずはカサンドラ様やアイギス様、エルドレッド夫人に、お礼のお手紙を出した。
3人ともすぐ返事が返ってきた……のだけど、さすがにとても礼儀正しいお手紙で、ここから『お友達になりましょう』的な誘いをするのにはちょっと憚られるものだった。
(みんな……お友達って、どうやってつくってるのかしら?
プレゼントとかあげて仲良くなるの?
それともお茶会に招待?
……って、まず招待するほど仲良くなるにはどうしたら?
ちょっと知り合ったぐらいで招待したら痛い女だと思われない??)
うーん……外交関係とか仕事では問題なくできるのに。
プライベートでの加減が……わからない……。
「今日はお天気も良くて春みたいな陽気ですし、お出掛けしてみませんか?
近くに乗馬場もありますし」
「乗馬場……」
イーリアス様も言っていた場所かしら。
そうね。愛馬を紹介してもらうのは先だとしても、場所だけ先に下見しておくのは良いかもしれない。
「そうね、行ってみましょう」
◇ ◇ ◇
お目当ての乗馬場は、馬車で王宮方面に少し進んだところにあった。
だけど、近づいてみると、
(…………?)
何だか、警備がものものしい。
「ここって、入ってもいいの?」
「おかしいですねぇ。
いつもは普通に出入りできるんですけど」
「誰か来ているのかしら?」
疑問に思いながら、私たちは馬車を下りる。
険しい顔をした衛兵たちが駆け寄ってきた。
だけど、私の顔をみると、あっ、という顔をして、困ったように互いに顔を見合わせる。
近づくと、皆、敬礼してみせた。
「皆さん、いまは、こちらには入ってはいけないのですか?」
「……おそれながら王女殿下。
そのようなわけでは……ないのです、が……」
「見学に来ただけで所用があったわけではありませんので、ご迷惑になるようでしたら結構です」
「いえいえいえ!!
そうですね、あの……トラックの方には出ずにいただければ……と……。
王太子殿下がいらしているのです。
ただいま殿下と、官僚の候補生への、乗馬の講義中でございまして」
「……ああ、それでこの警備なのですね」
私もナナのほかに警護人を引き連れての来場だ。
できるだけ大人しく、ささっと見学して帰ろう。
「どなたか、案内してくださるかしら?」
「は、はいっ!!」
衛兵の1人に案内されて私たちは乗馬場の中に入った。
私と同じ年頃の男性たちが乗った馬が、テンポ良く歩いていく。
馬が何やら木枠で囲まれたところに入った……と思ったら、一斉に走り出した。
(速駆けの練習なのかしら?)
いずれもかなり速い。
その中で途中で一頭飛び抜け、それに別の一頭が続く。
騎手の腕がいいのか、二頭が熾烈なトップ争いを繰り広げる。
鹿毛の馬と、葦毛の馬……騎手の髪色は遠目にもわかる、鮮やかな銀髪と黒髪のコントラスト。
ゴール前のスパートで、黒髪の騎手が乗る葦毛の馬がグンと前に出た。
追いすがる鹿毛の馬。
だけどあと一歩届かない。
葦毛の馬が一番でゴールラインを走り抜けた。
黒髪の騎手がガッツポーズして
「ッしゃぁぁあ! 私の143勝めッ!!」
と……ハスキーな女性の声で叫んで、
「こらっ!カサンドラ!」
と講師らしき人に注意される。
騎手が帽子を外し、帽子のなかにまとめていたらしい長い黒髪の束がファサリ、と落ちてきた。
(……カサンドラ様?)
その褐色肌の華やかな顔立ちは見間違わない。
侯爵令嬢カサンドラ様だ。
遅れてゴールした銀髪の騎手が帽子を外し、その白皙の美貌が目に入る。
(……と、クロノス王太子殿下、か)
常にクールな印象だったクロノス殿下が、悔しげな顔で鼻の土ぼこりをぬぐいながら、得意げにピースサインで煽るカサンドラ様を軽くにらむ。
……と、カサンドラ様が私の存在に気づいて、ニッと笑って手を振った。
「────ナナ」
「はい?」
「ちょっとここ、長居してもいいかしら?」
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