上 下
34 / 90

34、第4王女は暴かれる【エルミナ視点】

しおりを挟む
   ◇ ◇ ◇


 ────第1王女アルヴィナの出発から、24日。トリニアス王城。


「陛下のご容態だが、徐々に安定に向かわれている。
 引き続きご回復まで俺が国王代理を務める」


 第1王子ダンテスは、国王襲撃以来、毎朝、王家の皆と主だった貴族を王城の大広間に集め、指揮をしていた。

 一時的な国王代理は多くの場合、王妃が務めるのが常だ。
 しかもダンテス王子は第1王子とはいえ、正式に立太子されてはいない。

 ということは水面下で、王妃がダンテス王子に国王代理の座を譲ったということになる。

 実子のアルヴィナに冷淡きわまりない王妃は、一方で血がつながらない王子ダンテスを溺愛していた。


「取り調べを受けている元帥、および軍上層部の者たちは、アルヴィナ暗殺未遂については自供した。
 だが、国王陛下襲撃については、
『本来はアルヴィナ王女に向けて送った刺客が、なぜか国王を襲った』
という荒唐無稽こうとうむけいな否認を続けている。
 引き続き厳しく取り調べをつづける」


 ははっ、と臣下一同頭を下げる。


 ────今回、多くの重臣たちが初めて知ったことだったが……実は第1王女アルヴィナは、下士官以下、特に兵卒らに人気が高かったそうだ。
 末端の兵の待遇改善、戦死者や戦傷者に対する補償、戦死者の遺体の回収などに務めていたからだという。

 ────ならば『アルヴィナ王女を暗殺しろ』という命令に憤った暗殺部隊の兵たちが、元帥に一矢報いるために、わざわざ国王を襲った上で元帥の命令だと言ったのでは……?
 そう考え始める者もいた。

 だが、暗殺部隊の独断だとすると、2つ疑問が残るのだ。

 まず、当日の国王の外出予定を、暗殺部隊に伝えたのはいったい誰なのか……?
 そして、元帥を陥れるためであっても、国王を標的にするのはやりすぎではないか?


 ────それぞれが困惑の中にいたその場で、第4王女エルミナは鼻白んだ目で兄を見ていた。


(バッカみたい、張り切っちゃって。
 貧乏領主の娘の子のくせに)


 エルミナは兄も姉妹たちも皆嫌いで、かつ、見下していた。

 外面だけでも兄様姉様と可愛く慕って見せていたのは、兄姉が厄介な仕事をしてくれていれば、自分は可愛く着飾って王女としてちやほやされるような仕事のみに専念できるからだ。


(でも、いまは……)


 面倒な仕事ばかりすることになり、結果、大嫌いな勉強をしなければならなくなった。


(『美しさと女らしさを磨き、スペックの高い男を捕まえることが何より重要だ、女に勉強なんか要らない』って、お祖父様(母方)もお母様(生母)も言ってたのに……)


 慣れていないからミスを連発しては、兄に叱責される日々だ。


 イライラが募ってきたエルミナは……先日、あることを思い付いた。


 ────いっそ私が国王になって、面倒な仕事はみんな下に押し付けちゃえば良いんじゃない?

 ────国王陛下も王妃陛下も、着飾って人前に出るときはやる気だけど、そうじゃない仕事は子どもたちに押し付けてるじゃない。
 私もそうしてしまえば良いんだわ。国王になれば素敵な殿方も向こうから寄ってくるはずでしょうし。

 ────ああ、でもやっぱりお顔はベネディクト王国のクロノス王太子殿下が一番だわ。2国の共同統治前提の結婚を持ちかけるのはどうかしら?

 ────ベネディクトにとっても最大の仮想敵がなくなるもの、お互いに得よね。


 エルミナの中で、どんどん夢が膨らんだ。

 ちょうど第1王女アルヴィナは結婚で王位継承権を失い、第2王女イルネアは(たぶん無実だけど)牢に入れられた。
 第3王女ウィルヘルミナは王妃の激しい怒りを買ったところだ。有力な後ろ楯もないし、属国のクズ公子との婚約も決まっているから脅威ではない。

 下に妹が2人いるけど、まだ未成年だし、弟も産まれてすぐ早世していて、生きている王子はダンテスだけだ。

 目障りなのは第1王子ダンテスだけ。


 そして彼には後ろ楯がない。生母だった女性は彼を産んで間もなく死亡、その夫も、妻の後を追うように死んでいる。
 ネックは彼がひどく王妃に気に入られていることだが……それでも立太子はされていないのだ。

 うまくやれば、簡単に失脚させることができるだろう。

 先日エルミナは、その野望実現のための情報工作の一環として、息のかかった新聞社に依頼してダンテス王子の悪評をばらまいてみた(目的をカモフラージュするためウィルヘルミナ王女も巻き添えにした)。

 しかし、アルヴィナ王女の時と違い王家の対応は早かった。
 新聞社の社員らは即日捕らえられ、新聞社には解散命令が下ったのだ。

 他にも子飼いの新聞社はあり、印刷機も予備があり、情報の輸送手段もあるが、さすがに難しかったか……。
 そうエルミナが思った矢先、3つの朗報が飛び込んできた。

 1つはアルヴィナ王女の結婚式が終わったこと。これで彼女は正式に王位継承権を失った。
 2つ目は、国王が軍の人間に襲撃され、重傷を負ったこと。
 3つ目は、その犯人として、小うるさい元帥が捕らえられ、軍が大混乱に陥っていること……。


(運が向いてきたわ!!)


 エルミナが指示した記事を載せた新聞がいま大量に刷られ、馬車に載せられて全国各地へ運ばれている。
 まずは地方で無料で配るのだ。

 ぎりぎりまで気づかれないよう、王都では2週間後に配る予定だ。

 記事の内容は……ダンテス王子の出生について、王妃の子ではないと暴露するもの。


(平民なんて何も知らない馬鹿ばっかりだもの。
 簡単に感情で動くんだわ。
 煽動する力こそ、国を動かすのよ)


 エルミナだって本来は王位継承権を持たないのだが、それが暴かれなければ同じこと。

 国民にそれを暴かれたダンテス王子だけが、地位を落とすことになるだろう……。


(2週間後が楽しみね)


 そう考えていたエルミナの耳に、慌ただしい足音が聞こえてきた。


(?)


「何事だ?」

「恐れながら、ダンテス殿下!!
 王都に広範囲にわたって恐るべき中傷が撒かれており……!!」


(???)


 駆け込んできた衛兵の手には、新聞が握られていた。


(何やってんの!?
 誰か間違えて王都でも配っちゃったの??)


 しかし、その新聞の見出しが目に入った時、エルミナは青ざめた。
 ────自分が指示したものと、違う。
 その見出しの文字を、ダンテス王子は読み上げる。


「…………『エルミナ王女の証言。アルヴィナ王女以外はすべて、愛人の子だった』
 どういうことか、説明してもらおうか、エルミナ」

「わ、わたしっ……ちがう、ちがうの、私が書かせようとしたのは、こんなんじゃなくてっ」

「おまえが関与しているということで間違いないのだな」


 ざわざわと重臣たちが騒ぐ。


「ホントなの!? ……あなたがこんな暴露したの!?」


 ウィルヘルミナにつかみかかられる。


「ちがう、ちがうの!!
 私、そんなに馬鹿じゃない……!!
 自分の名前出したりなんて……!」

(すり替えられた!?)


 これを刷れと言って渡した記事が、どこかですり替えられてしまったのだろうか??

 で、これが、国中にいま出回って配られている……??


「エルミナ。
 わかっていないかもしれないが、事は重大だ。
 俺たちはあくまで、王妃陛下の子だと公式に国が発表することでにすぎない。それが嘘だと暴かれたんだ。
 間が悪いことに、唯一王妃陛下の血を引くアルヴィナは、結婚で継承権を失ったばかり。
 つまり」


 いらだたしげに、ダンテス王子は言う。


「────この国には王位継承権を持つ者が誰もいないと、国民に知られてしまったんだ」


(どうして!? 私じゃないのに!?)


「エルミナを地下牢に。事によっては内乱罪の適用を」


(そんな! そんな重罪なんて……!?)


 引きずられるように連れていかれるエルミナに、重臣たちが冷たい目を注いでいた。


   ◇ ◇ ◇
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

上官は秘密の旦那様。〜家族に虐げられた令嬢はこの契約結婚で幸せになる〜

見丘ユタ
恋愛
幼くして家を追い出された元男爵令嬢アルティーティは弓騎士を志し、騎士団の遊撃部隊に入隊する──女ということを隠して。 絶対に正体がバレてはいけないのに、配属初日、隊長のジークフリートにバレてしまう。 あわや除隊か、と思われたが、彼から思わぬ提案が出される。 「このことを黙っている代わりに、俺と結婚しろ」と。 ある時は騎士、ある時は貴族、秘密の二重生活の中ふたりは次第にお互いを意識していき──。 ※体調不良のため、しばらく不定期更新

この裏切りは、君を守るため

島崎 紗都子
恋愛
幼なじみであるファンローゼとコンツェットは、隣国エスツェリアの侵略の手から逃れようと亡命を決意する。「二人で幸せになろう。僕が君を守るから」しかし逃亡中、敵軍に追いつめられ二人は無残にも引き裂かれてしまう。架空ヨーロッパを舞台にした恋と陰謀 ロマンティック冒険活劇!

【二部開始】所詮脇役の悪役令嬢は華麗に舞台から去るとしましょう

蓮実 アラタ
恋愛
アルメニア国王子の婚約者だった私は学園の創立記念パーティで突然王子から婚約破棄を告げられる。 王子の隣には銀髪の綺麗な女の子、周りには取り巻き。かのイベント、断罪シーン。 味方はおらず圧倒的不利、絶体絶命。 しかしそんな場面でも私は余裕の笑みで返す。 「承知しました殿下。その話、謹んでお受け致しますわ!」 あくまで笑みを崩さずにそのまま華麗に断罪の舞台から去る私に、唖然とする王子たち。 ここは前世で私がハマっていた乙女ゲームの世界。その中で私は悪役令嬢。 だからなんだ!?婚約破棄?追放?喜んでお受け致しますとも!! 私は王妃なんていう狭苦しいだけの脇役、真っ平御免です! さっさとこんなやられ役の舞台退場して自分だけの快適な生活を送るんだ! って張り切って追放されたのに何故か前世の私の推しキャラがお供に着いてきて……!? ※本作は小説家になろうにも掲載しています 二部更新開始しました。不定期更新です

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。 そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。 婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。 どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。 実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。 それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。 これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。 ☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

【第二部連載中】あなたの愛なんて信じない

風見ゆうみ
恋愛
 シトロフ伯爵家の次女として生まれた私は、三つ年上の姉とはとても仲が良かった。 「ごめんなさい。彼のこと、昔から好きだったの」  大きくなったお腹を撫でながら、私の夫との子供を身ごもったと聞かされるまでは――  魔物との戦いで負傷した夫が、お姉様と戦地を去った時、別チームの後方支援のリーダーだった私は戦地に残った。  命懸けで戦っている間、夫は姉に誘惑され不倫していた。  しかも子供までできていた。 「別れてほしいの」 「アイミー、聞いてくれ。俺はエイミーに嘘をつかれていたんだ。大好きな弟にも軽蔑されて、愛する妻にまで捨てられるなんて可哀想なのは俺だろう? 考え直してくれ」 「絶対に嫌よ。考え直すことなんてできるわけない。お願いです。別れてください。そして、お姉様と生まれてくる子供を大事にしてあげてよ!」 「嫌だ。俺は君を愛してるんだ! エイミーのお腹にいる子は俺の子じゃない! たとえ、俺の子であっても認めない!」  別れを切り出した私に、夫はふざけたことを言い放った。    どんなに愛していると言われても、私はあなたの愛なんて信じない。 ※第二部を開始しています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

処理中です...