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28、王女は夫がわからない
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◇ ◇ ◇
ノックの音で目が覚めた。
窓から光が注いでいるからもう朝なのらしい。
「…………王女殿下。ご起床ですかな」
結婚の見届け人の声だ。寝室の扉の向こうから聞こえる。
「は、はいっ」
「新郎がご不在ではございますが、メイド殿とともに寝所に入らせていただきたいのですが……よろしいですかな?」
「…………はい」
ベッドの中には、やっぱりイーリアス様はいない。
私がベッドから降りると同時に、部屋に入ってきた見届け人は、メイドとともに一礼した。
「昨晩はつつがなく?」
「あの……」
メイドが「失礼します」と言ってベッドの羽布団をまくりあげた。
「……つつがなく終えられたようです」
メイドがめくった羽布団の下からは乱れたシーツ。それから、イーリアス様がつけた血痕。
「お疲れ様でございました、奥様」
黒革張りの薄いバインダーに挟まれた何かの書類に、サラサラと見届け人の方はサインをした。
そしてそれをバインダーごと、恭しく私に差し出す。
「改めまして、ご結婚おめでとうございます。
初夜の床を改めるような無礼な真似をお許しください。
こちらの結婚証明書を、確かにお渡しいたします。
末永いご多幸をお祈り申し上げます」
開いて、見る。
確かに、ベネディクト語で書かれた結婚証明書だ。
……私、昨日できなかったのに?
首を捻っているうちに、見届け人は「失礼いたします」と部屋を出ていき、メイドが近くに寄ってきた。私よりも少し年上ぐらいだろうか。
「昨日はご挨拶できず申し訳ありません、メイドのナナと申します。
侍女の成り手が見つかるまでは、あたしが王女殿下の身の回りのお世話をと申しつかっております」
「そ……そうなのですね。
改めて、アルヴィナです。これからよろしくお願いいたします」
「…………王女殿下、昨夜はお疲れだったでしょう。
お身体大丈夫ですか?」
イーリアス様の血痕を指差すナナに、私はようやくその血の意味を理解した。
処女は交わりの際に血が出る、という、その血を模したものだったのだ。
────だから見届け人はあっさりとサインをした。
「シーツはすぐに替えます。
今日はゆっくりとお身体を休めてくださいまし。
旦那様もいませんし」
「あの……イーリアス様は?」
「憲兵の詰所か王宮だと思いますよ。
昨夜の侵入者たちを早朝から連行しに」
「……侵入者!?」
「はい。深夜に王女様を狙って邸に侵入者した輩です。
全部で8人?10人ぐらい?いましたかね。
護衛の皆さんと一緒にそいつらを叩き伏せたあと、朝まで寝ずにお守りしていたようですよ」
「そんな……」
あの時イーリアス様は、怒って寝室を出ていった……と思う。
なのに、朝まで私を守っていた?
「ほら、できましたよ」
しゃべっているほんの短い間に、ナナはさっとシーツを替えてしまった。
「ほらほら、お休みになってくださいな。
朝食と昼食は、食べやすくて胃に優しいものをお部屋に持ってきますから」
「ああ……はい……」
ナナに言われるままに私は再びベッドに入る。
メイドということは平民なのだろう。
貴族や領主階級の娘がなることが多い侍女たちは、もっと謹み深くて、こんな物言いをすることはなかった。
……でも今は、この遠慮のなさがありがたい。
「あ、そうそう。
旦那様にお渡しするよう言われてたものがあるから、それも持ってきますね」
「え?」
ナナはメイドのお仕着せのスカートを持ち上げて、ぱたぱたと駆けるように出ていく。
しばらくして「うんしょ、よいしょ」と言いながら、本を10冊ほども抱えて持ってきて、サイドテーブルにズシンと置く。
「殿下の好みの本がわからないので、いろいろ用意したそうです。
もしお好みのものがなかったらまた別な本を用意するから、遠慮なくおっしゃってほしいとのことでした」
「それは……」
イーリアス様が用意したという本を見つめる。
『昼まで寝て、布団のなかで読書したい』
という私の願いを叶えるという約束を守るため、だろうか。
すでに『ゆっくりお茶したい』は汽車の中で叶えられている。
(…………どういうことなのかしら)
イーリアス様は、怒って出ていったはずなのに。
(……いえ、それは侵入者が来れば撃退するわよね。考えすぎだわ)
それよりも、イーリアス様が帰ってきた時、どうしよう。
どんな顔をして会えば良い?
恐かったしキツかったけど私、がんばろうとしたのに。
「午後起きられそうでしたら、お茶とお菓子を用意いたしますね。
お部屋の外に護衛がいますし、何かあったら遠慮なくお声をおかけくださいまし」
「は、はい……いえ、やはり、私」
「王女様?」
心がざわざわして、布団で休んでいられない気がして、身体を起こした。そこで初めて、まだ少し気分が良くないことに気づく。
これは昨夜のせい?
酷い男性たちやエルミナに胸を触られたあとの体の具合の悪さ、吐き気、苦しさのような……。
私、相手が、イーリアス様でもダメなの?
(やっぱり、私の身体は男の人を受け付けないの?)
「……なんでもありません。
あとで朝食をお願いします」
それだけ言って、私は再び布団に潜った。
昨日は出なかった涙が、じんわり溢れてきた。
◇ ◇ ◇
ノックの音で目が覚めた。
窓から光が注いでいるからもう朝なのらしい。
「…………王女殿下。ご起床ですかな」
結婚の見届け人の声だ。寝室の扉の向こうから聞こえる。
「は、はいっ」
「新郎がご不在ではございますが、メイド殿とともに寝所に入らせていただきたいのですが……よろしいですかな?」
「…………はい」
ベッドの中には、やっぱりイーリアス様はいない。
私がベッドから降りると同時に、部屋に入ってきた見届け人は、メイドとともに一礼した。
「昨晩はつつがなく?」
「あの……」
メイドが「失礼します」と言ってベッドの羽布団をまくりあげた。
「……つつがなく終えられたようです」
メイドがめくった羽布団の下からは乱れたシーツ。それから、イーリアス様がつけた血痕。
「お疲れ様でございました、奥様」
黒革張りの薄いバインダーに挟まれた何かの書類に、サラサラと見届け人の方はサインをした。
そしてそれをバインダーごと、恭しく私に差し出す。
「改めまして、ご結婚おめでとうございます。
初夜の床を改めるような無礼な真似をお許しください。
こちらの結婚証明書を、確かにお渡しいたします。
末永いご多幸をお祈り申し上げます」
開いて、見る。
確かに、ベネディクト語で書かれた結婚証明書だ。
……私、昨日できなかったのに?
首を捻っているうちに、見届け人は「失礼いたします」と部屋を出ていき、メイドが近くに寄ってきた。私よりも少し年上ぐらいだろうか。
「昨日はご挨拶できず申し訳ありません、メイドのナナと申します。
侍女の成り手が見つかるまでは、あたしが王女殿下の身の回りのお世話をと申しつかっております」
「そ……そうなのですね。
改めて、アルヴィナです。これからよろしくお願いいたします」
「…………王女殿下、昨夜はお疲れだったでしょう。
お身体大丈夫ですか?」
イーリアス様の血痕を指差すナナに、私はようやくその血の意味を理解した。
処女は交わりの際に血が出る、という、その血を模したものだったのだ。
────だから見届け人はあっさりとサインをした。
「シーツはすぐに替えます。
今日はゆっくりとお身体を休めてくださいまし。
旦那様もいませんし」
「あの……イーリアス様は?」
「憲兵の詰所か王宮だと思いますよ。
昨夜の侵入者たちを早朝から連行しに」
「……侵入者!?」
「はい。深夜に王女様を狙って邸に侵入者した輩です。
全部で8人?10人ぐらい?いましたかね。
護衛の皆さんと一緒にそいつらを叩き伏せたあと、朝まで寝ずにお守りしていたようですよ」
「そんな……」
あの時イーリアス様は、怒って寝室を出ていった……と思う。
なのに、朝まで私を守っていた?
「ほら、できましたよ」
しゃべっているほんの短い間に、ナナはさっとシーツを替えてしまった。
「ほらほら、お休みになってくださいな。
朝食と昼食は、食べやすくて胃に優しいものをお部屋に持ってきますから」
「ああ……はい……」
ナナに言われるままに私は再びベッドに入る。
メイドということは平民なのだろう。
貴族や領主階級の娘がなることが多い侍女たちは、もっと謹み深くて、こんな物言いをすることはなかった。
……でも今は、この遠慮のなさがありがたい。
「あ、そうそう。
旦那様にお渡しするよう言われてたものがあるから、それも持ってきますね」
「え?」
ナナはメイドのお仕着せのスカートを持ち上げて、ぱたぱたと駆けるように出ていく。
しばらくして「うんしょ、よいしょ」と言いながら、本を10冊ほども抱えて持ってきて、サイドテーブルにズシンと置く。
「殿下の好みの本がわからないので、いろいろ用意したそうです。
もしお好みのものがなかったらまた別な本を用意するから、遠慮なくおっしゃってほしいとのことでした」
「それは……」
イーリアス様が用意したという本を見つめる。
『昼まで寝て、布団のなかで読書したい』
という私の願いを叶えるという約束を守るため、だろうか。
すでに『ゆっくりお茶したい』は汽車の中で叶えられている。
(…………どういうことなのかしら)
イーリアス様は、怒って出ていったはずなのに。
(……いえ、それは侵入者が来れば撃退するわよね。考えすぎだわ)
それよりも、イーリアス様が帰ってきた時、どうしよう。
どんな顔をして会えば良い?
恐かったしキツかったけど私、がんばろうとしたのに。
「午後起きられそうでしたら、お茶とお菓子を用意いたしますね。
お部屋の外に護衛がいますし、何かあったら遠慮なくお声をおかけくださいまし」
「は、はい……いえ、やはり、私」
「王女様?」
心がざわざわして、布団で休んでいられない気がして、身体を起こした。そこで初めて、まだ少し気分が良くないことに気づく。
これは昨夜のせい?
酷い男性たちやエルミナに胸を触られたあとの体の具合の悪さ、吐き気、苦しさのような……。
私、相手が、イーリアス様でもダメなの?
(やっぱり、私の身体は男の人を受け付けないの?)
「……なんでもありません。
あとで朝食をお願いします」
それだけ言って、私は再び布団に潜った。
昨日は出なかった涙が、じんわり溢れてきた。
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