24 / 90
24、元帥は王女暗殺をあきらめない【トリニアス軍部視点】
しおりを挟む
◇ ◇ ◇
────第1王女アルヴィナの出発から14日。トリニアス王城。
某会議室。軍部の重鎮ら、ごく少数の者たちが集まっている。
「…………しかし、どうしたものか」
第1王女アルヴィナ暗殺未遂の罪を、第2王女イルネアに擦り付けたものの、これから当然軍部の上層部にも疑いの目を向けられるだろう。
そしてもし今後、アルヴィナ暗殺に成功しても軍部の関与を疑われるに違いない。
戦争をスムーズに起こすことは難しくなったのだ。
「……しかしそれでも、お命を頂戴するならば、やはり結婚前、アルヴィナ王女が王位継承権を保持している間でなければ。
結婚後では、宣戦布告の理由としては弱くなってしまう」
「しかし……元帥閣下。そもそもの計画に無理があるのではないでしょうか。
アルヴィナ殿下は、国民に大変嫌われていらっしゃいます」
「その通りです。
まぁ、それが国民に人気のある第1王子ダンテス殿下か第3王女ウィルヘルミナ殿下であれば、国民の中から戦争に同調する動きが沸き上がるところでしょうが……」
「馬鹿を言うな。
ダンテス殿下は未来の国王だぞ。
いまの弱腰国王と違い、必ず力強く我が国を引っ張っていってくださるお方だ」
そう言った元帥に、周囲の将官は、やや白けた目を送った。
そもそも戦争の口実作りのために王女の暗殺を謀っている時点で、王家への敬意も何もないのだ。
その相手が、いくら“淫魔王女”という悪評がばらまかれている第1王女とはいえ……。
元帥が暴走した今回の事態、どうにかさっさと諦めてくれはしないかと、皆、祈るような気持ちだった。
「……皆様。宣戦布告の火種作りの前に、大きな問題があることをご理解いただけませんか」
列席末尾の若手の将校が手を上げた。
「なんだ」
「イルネア王女殿下の事務処理が滞っておりました結果、修正予算では我々の上げた要望が一切通っておりません。
2年半前の戦いで失われた船も武器弾薬も人員も、いまだ元通りにはなっていないのです。
このまま戦争を仕掛けても2年半前よりも酷い負けかたをするのが目に見えております。
兵を、無駄死にさせます」
「あの無能め……わからぬなら相談をしろと口を酸っぱくして言っておったのに」
元帥は舌打ちをする。
「アルヴィナ王女殿下でしたら、このようなことはなかったでしょう」
「貴様! “淫魔王女”の肩を持つのか!?」
「事実です。
それに、常々疑問に思っていたのです。
元帥閣下は、アルヴィナ王女殿下が王家の品位を汚す存在だと忌み嫌っておられます。
しかしその“淫魔王女”というのは、いったいどこから来た噂なのですか??」
「は……? わしが知るか!?
火のない所に煙は立たぬというやつだろう!!
あの下品な胸で男を誘って……」
「アルヴィナ王女殿下がこなされていたお仕事内容を改めて吟味いたしました。
明らかに業務量過多で、ほとんど睡眠も取れぬご様子でした。
はっきり申し上げまして、男と逢い引きなどする時間があったとは思えないのです」
「何が言いたい!?」
「お噂は事実無根なのではないかと」
列席の重鎮たちに動揺が走る中、元帥は手元のインク壺を将校に投げつけた。
「不愉快だ!! 貴様、失せろ!!」
「元帥閣下、本来ならば、アルヴィナ殿下こそが、我々の……」
「女に何ができる!?
失せろと言ったはずだ、そうでなければ撃ち殺すぞ!!」
軍服をインクまみれにされた将校は、一礼して会議室を出ていった。
「まったく、どいつもこいつも……。
イルネア殿下の後任は第4王女エルミナ殿下だそうだ。
また女か!
どうしてダンテス殿下ではないのだ!」
「エルミナ王女殿下といえば……」
元帥の顔色をうかがいながら、別の列席者が、話題を変えた。
「最近、活版印刷の新型の機械を輸入して、他国にならって『新聞』というものを作り始めたようですよ」
「あの小娘め。
産みの母の実家が金で爵位を買った成金だからやりたい放題だな。
だがそれがどうした?」
「毎週、政治や事件の情報やゴシップを載せるもので、国によっては王家の批判を書き、反乱分子を煽るようなことになるそうですが……。
殿下はご自分や王家のことを書かせて、評判を上げるのに活用しているとか」
「あの馬鹿女らしい」
「ですが……実際、新聞が全土に浸透した他国では、国威発揚にも使われているのだそうです。
これは今後、軍拡のための予算獲得や、ゆくゆくは徴兵制を整えるための世論形成に使えるやもしれません」
「確かに……エルミナ王女殿下は、頭はよろしくありませんし怠け者ですが、ちやほやされることには異常なまでに執着なさる方です。
我々も、うまく利用できるのではないかと」
「くだらん。それまでどれほど時間がかかるというのだ」
元帥は吐き捨てた。
「……やはり、初志貫徹だ。
結婚式にはさすがにまだ間があろう。
そうだ、ベネディクト国民ではなく、ベネディクト王家がアルヴィナ王女殿下を暗殺したように見せかければよいのだ。
そうすれば多少疑いをかけられても、トリニアスはベネディクトに宣戦布告をせざるを得まい……。
追加で精鋭の暗殺部隊をベネディクトに送り込む!
海路で急げば10日もあれば着くだろう」
元帥の言葉に、列席者たちは不満げな顔でうなずいた。
────この3日後、アルヴィナ王女の結婚式は無事終了する。
◇ ◇ ◇
────第1王女アルヴィナの出発から14日。トリニアス王城。
某会議室。軍部の重鎮ら、ごく少数の者たちが集まっている。
「…………しかし、どうしたものか」
第1王女アルヴィナ暗殺未遂の罪を、第2王女イルネアに擦り付けたものの、これから当然軍部の上層部にも疑いの目を向けられるだろう。
そしてもし今後、アルヴィナ暗殺に成功しても軍部の関与を疑われるに違いない。
戦争をスムーズに起こすことは難しくなったのだ。
「……しかしそれでも、お命を頂戴するならば、やはり結婚前、アルヴィナ王女が王位継承権を保持している間でなければ。
結婚後では、宣戦布告の理由としては弱くなってしまう」
「しかし……元帥閣下。そもそもの計画に無理があるのではないでしょうか。
アルヴィナ殿下は、国民に大変嫌われていらっしゃいます」
「その通りです。
まぁ、それが国民に人気のある第1王子ダンテス殿下か第3王女ウィルヘルミナ殿下であれば、国民の中から戦争に同調する動きが沸き上がるところでしょうが……」
「馬鹿を言うな。
ダンテス殿下は未来の国王だぞ。
いまの弱腰国王と違い、必ず力強く我が国を引っ張っていってくださるお方だ」
そう言った元帥に、周囲の将官は、やや白けた目を送った。
そもそも戦争の口実作りのために王女の暗殺を謀っている時点で、王家への敬意も何もないのだ。
その相手が、いくら“淫魔王女”という悪評がばらまかれている第1王女とはいえ……。
元帥が暴走した今回の事態、どうにかさっさと諦めてくれはしないかと、皆、祈るような気持ちだった。
「……皆様。宣戦布告の火種作りの前に、大きな問題があることをご理解いただけませんか」
列席末尾の若手の将校が手を上げた。
「なんだ」
「イルネア王女殿下の事務処理が滞っておりました結果、修正予算では我々の上げた要望が一切通っておりません。
2年半前の戦いで失われた船も武器弾薬も人員も、いまだ元通りにはなっていないのです。
このまま戦争を仕掛けても2年半前よりも酷い負けかたをするのが目に見えております。
兵を、無駄死にさせます」
「あの無能め……わからぬなら相談をしろと口を酸っぱくして言っておったのに」
元帥は舌打ちをする。
「アルヴィナ王女殿下でしたら、このようなことはなかったでしょう」
「貴様! “淫魔王女”の肩を持つのか!?」
「事実です。
それに、常々疑問に思っていたのです。
元帥閣下は、アルヴィナ王女殿下が王家の品位を汚す存在だと忌み嫌っておられます。
しかしその“淫魔王女”というのは、いったいどこから来た噂なのですか??」
「は……? わしが知るか!?
火のない所に煙は立たぬというやつだろう!!
あの下品な胸で男を誘って……」
「アルヴィナ王女殿下がこなされていたお仕事内容を改めて吟味いたしました。
明らかに業務量過多で、ほとんど睡眠も取れぬご様子でした。
はっきり申し上げまして、男と逢い引きなどする時間があったとは思えないのです」
「何が言いたい!?」
「お噂は事実無根なのではないかと」
列席の重鎮たちに動揺が走る中、元帥は手元のインク壺を将校に投げつけた。
「不愉快だ!! 貴様、失せろ!!」
「元帥閣下、本来ならば、アルヴィナ殿下こそが、我々の……」
「女に何ができる!?
失せろと言ったはずだ、そうでなければ撃ち殺すぞ!!」
軍服をインクまみれにされた将校は、一礼して会議室を出ていった。
「まったく、どいつもこいつも……。
イルネア殿下の後任は第4王女エルミナ殿下だそうだ。
また女か!
どうしてダンテス殿下ではないのだ!」
「エルミナ王女殿下といえば……」
元帥の顔色をうかがいながら、別の列席者が、話題を変えた。
「最近、活版印刷の新型の機械を輸入して、他国にならって『新聞』というものを作り始めたようですよ」
「あの小娘め。
産みの母の実家が金で爵位を買った成金だからやりたい放題だな。
だがそれがどうした?」
「毎週、政治や事件の情報やゴシップを載せるもので、国によっては王家の批判を書き、反乱分子を煽るようなことになるそうですが……。
殿下はご自分や王家のことを書かせて、評判を上げるのに活用しているとか」
「あの馬鹿女らしい」
「ですが……実際、新聞が全土に浸透した他国では、国威発揚にも使われているのだそうです。
これは今後、軍拡のための予算獲得や、ゆくゆくは徴兵制を整えるための世論形成に使えるやもしれません」
「確かに……エルミナ王女殿下は、頭はよろしくありませんし怠け者ですが、ちやほやされることには異常なまでに執着なさる方です。
我々も、うまく利用できるのではないかと」
「くだらん。それまでどれほど時間がかかるというのだ」
元帥は吐き捨てた。
「……やはり、初志貫徹だ。
結婚式にはさすがにまだ間があろう。
そうだ、ベネディクト国民ではなく、ベネディクト王家がアルヴィナ王女殿下を暗殺したように見せかければよいのだ。
そうすれば多少疑いをかけられても、トリニアスはベネディクトに宣戦布告をせざるを得まい……。
追加で精鋭の暗殺部隊をベネディクトに送り込む!
海路で急げば10日もあれば着くだろう」
元帥の言葉に、列席者たちは不満げな顔でうなずいた。
────この3日後、アルヴィナ王女の結婚式は無事終了する。
◇ ◇ ◇
3
お気に入りに追加
1,505
あなたにおすすめの小説
政略結婚だけど溺愛されてます
紗夏
恋愛
隣国との同盟の証として、その国の王太子の元に嫁ぐことになったソフィア。
結婚して1年経っても未だ形ばかりの妻だ。
ソフィアは彼を愛しているのに…。
夫のセオドアはソフィアを大事にはしても、愛してはくれない。
だがこの結婚にはソフィアも知らない事情があって…?!
不器用夫婦のすれ違いストーリーです。
【二部開始】所詮脇役の悪役令嬢は華麗に舞台から去るとしましょう
蓮実 アラタ
恋愛
アルメニア国王子の婚約者だった私は学園の創立記念パーティで突然王子から婚約破棄を告げられる。
王子の隣には銀髪の綺麗な女の子、周りには取り巻き。かのイベント、断罪シーン。
味方はおらず圧倒的不利、絶体絶命。
しかしそんな場面でも私は余裕の笑みで返す。
「承知しました殿下。その話、謹んでお受け致しますわ!」
あくまで笑みを崩さずにそのまま華麗に断罪の舞台から去る私に、唖然とする王子たち。
ここは前世で私がハマっていた乙女ゲームの世界。その中で私は悪役令嬢。
だからなんだ!?婚約破棄?追放?喜んでお受け致しますとも!!
私は王妃なんていう狭苦しいだけの脇役、真っ平御免です!
さっさとこんなやられ役の舞台退場して自分だけの快適な生活を送るんだ!
って張り切って追放されたのに何故か前世の私の推しキャラがお供に着いてきて……!?
※本作は小説家になろうにも掲載しています
二部更新開始しました。不定期更新です
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?
雨宮羽那
恋愛
元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。
◇◇◇◇
名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。
自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。
運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!
なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!?
◇◇◇◇
お気に入り登録、エールありがとうございます♡
※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。
※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))
元王妃は時間をさかのぼったため、今度は愛してもらえる様に、(殿下は論外)頑張るらしい。
あはははは
恋愛
本日わたくし、ユリア アーベントロートは、処刑されるそうです。
願わくは、来世は愛されて生きてみたいですね。
王妃になるために生まれ、王妃になるための血を吐くような教育にも耐えた、ユリアの真意はなんであっただろう。
わあああぁ 人々の歓声が上がる。そして王は言った。
「皆の者、悪女 ユリア アーベントロートは、処刑された!」
誰も知らない。知っていても誰も理解しない。しようとしない。彼女、ユリアの最後の言葉を。
「わたくしはただ、愛されたかっただけなのです。愛されたいと、思うことは、罪なのですか?愛されているのを見て、うらやましいと思うことは、いけないのですか?」
彼女が求めていたのは、権力でも地位でもなかった。彼女が本当に欲しかったのは、愛だった。
【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?
112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。
目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。
助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。
最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~
猪本夜
恋愛
前世で兄のストーカーに殺されてしまったアリス。
現世でも兄のいいように扱われ、兄の指示で愛人がいるという公爵に嫁ぐことに。
現世で死にかけたことで、前世の記憶を思い出したアリスは、
嫁ぎ先の公爵家で、美味しいものを食し、モフモフを愛で、
足技を磨きながら、意外と幸せな日々を楽しむ。
愛人のいる公爵とは、いずれは愛人管理、もしくは離縁が待っている。
できれば離縁は免れたいために、公爵とは友達夫婦を目指していたのだが、
ある日から愛人がいるはずの公爵がなぜか甘くなっていき――。
この公爵の溺愛は止まりません。
最初から勘違いばかりだった、こじれた夫婦が、本当の夫婦になるまで。
雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる