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24、元帥は王女暗殺をあきらめない【トリニアス軍部視点】
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◇ ◇ ◇
────第1王女アルヴィナの出発から14日。トリニアス王城。
某会議室。軍部の重鎮ら、ごく少数の者たちが集まっている。
「…………しかし、どうしたものか」
第1王女アルヴィナ暗殺未遂の罪を、第2王女イルネアに擦り付けたものの、これから当然軍部の上層部にも疑いの目を向けられるだろう。
そしてもし今後、アルヴィナ暗殺に成功しても軍部の関与を疑われるに違いない。
戦争をスムーズに起こすことは難しくなったのだ。
「……しかしそれでも、お命を頂戴するならば、やはり結婚前、アルヴィナ王女が王位継承権を保持している間でなければ。
結婚後では、宣戦布告の理由としては弱くなってしまう」
「しかし……元帥閣下。そもそもの計画に無理があるのではないでしょうか。
アルヴィナ殿下は、国民に大変嫌われていらっしゃいます」
「その通りです。
まぁ、それが国民に人気のある第1王子ダンテス殿下か第3王女ウィルヘルミナ殿下であれば、国民の中から戦争に同調する動きが沸き上がるところでしょうが……」
「馬鹿を言うな。
ダンテス殿下は未来の国王だぞ。
いまの弱腰国王と違い、必ず力強く我が国を引っ張っていってくださるお方だ」
そう言った元帥に、周囲の将官は、やや白けた目を送った。
そもそも戦争の口実作りのために王女の暗殺を謀っている時点で、王家への敬意も何もないのだ。
その相手が、いくら“淫魔王女”という悪評がばらまかれている第1王女とはいえ……。
元帥が暴走した今回の事態、どうにかさっさと諦めてくれはしないかと、皆、祈るような気持ちだった。
「……皆様。宣戦布告の火種作りの前に、大きな問題があることをご理解いただけませんか」
列席末尾の若手の将校が手を上げた。
「なんだ」
「イルネア王女殿下の事務処理が滞っておりました結果、修正予算では我々の上げた要望が一切通っておりません。
2年半前の戦いで失われた船も武器弾薬も人員も、いまだ元通りにはなっていないのです。
このまま戦争を仕掛けても2年半前よりも酷い負けかたをするのが目に見えております。
兵を、無駄死にさせます」
「あの無能め……わからぬなら相談をしろと口を酸っぱくして言っておったのに」
元帥は舌打ちをする。
「アルヴィナ王女殿下でしたら、このようなことはなかったでしょう」
「貴様! “淫魔王女”の肩を持つのか!?」
「事実です。
それに、常々疑問に思っていたのです。
元帥閣下は、アルヴィナ王女殿下が王家の品位を汚す存在だと忌み嫌っておられます。
しかしその“淫魔王女”というのは、いったいどこから来た噂なのですか??」
「は……? わしが知るか!?
火のない所に煙は立たぬというやつだろう!!
あの下品な胸で男を誘って……」
「アルヴィナ王女殿下がこなされていたお仕事内容を改めて吟味いたしました。
明らかに業務量過多で、ほとんど睡眠も取れぬご様子でした。
はっきり申し上げまして、男と逢い引きなどする時間があったとは思えないのです」
「何が言いたい!?」
「お噂は事実無根なのではないかと」
列席の重鎮たちに動揺が走る中、元帥は手元のインク壺を将校に投げつけた。
「不愉快だ!! 貴様、失せろ!!」
「元帥閣下、本来ならば、アルヴィナ殿下こそが、我々の……」
「女に何ができる!?
失せろと言ったはずだ、そうでなければ撃ち殺すぞ!!」
軍服をインクまみれにされた将校は、一礼して会議室を出ていった。
「まったく、どいつもこいつも……。
イルネア殿下の後任は第4王女エルミナ殿下だそうだ。
また女か!
どうしてダンテス殿下ではないのだ!」
「エルミナ王女殿下といえば……」
元帥の顔色をうかがいながら、別の列席者が、話題を変えた。
「最近、活版印刷の新型の機械を輸入して、他国にならって『新聞』というものを作り始めたようですよ」
「あの小娘め。
産みの母の実家が金で爵位を買った成金だからやりたい放題だな。
だがそれがどうした?」
「毎週、政治や事件の情報やゴシップを載せるもので、国によっては王家の批判を書き、反乱分子を煽るようなことになるそうですが……。
殿下はご自分や王家のことを書かせて、評判を上げるのに活用しているとか」
「あの馬鹿女らしい」
「ですが……実際、新聞が全土に浸透した他国では、国威発揚にも使われているのだそうです。
これは今後、軍拡のための予算獲得や、ゆくゆくは徴兵制を整えるための世論形成に使えるやもしれません」
「確かに……エルミナ王女殿下は、頭はよろしくありませんし怠け者ですが、ちやほやされることには異常なまでに執着なさる方です。
我々も、うまく利用できるのではないかと」
「くだらん。それまでどれほど時間がかかるというのだ」
元帥は吐き捨てた。
「……やはり、初志貫徹だ。
結婚式にはさすがにまだ間があろう。
そうだ、ベネディクト国民ではなく、ベネディクト王家がアルヴィナ王女殿下を暗殺したように見せかければよいのだ。
そうすれば多少疑いをかけられても、トリニアスはベネディクトに宣戦布告をせざるを得まい……。
追加で精鋭の暗殺部隊をベネディクトに送り込む!
海路で急げば10日もあれば着くだろう」
元帥の言葉に、列席者たちは不満げな顔でうなずいた。
────この3日後、アルヴィナ王女の結婚式は無事終了する。
◇ ◇ ◇
────第1王女アルヴィナの出発から14日。トリニアス王城。
某会議室。軍部の重鎮ら、ごく少数の者たちが集まっている。
「…………しかし、どうしたものか」
第1王女アルヴィナ暗殺未遂の罪を、第2王女イルネアに擦り付けたものの、これから当然軍部の上層部にも疑いの目を向けられるだろう。
そしてもし今後、アルヴィナ暗殺に成功しても軍部の関与を疑われるに違いない。
戦争をスムーズに起こすことは難しくなったのだ。
「……しかしそれでも、お命を頂戴するならば、やはり結婚前、アルヴィナ王女が王位継承権を保持している間でなければ。
結婚後では、宣戦布告の理由としては弱くなってしまう」
「しかし……元帥閣下。そもそもの計画に無理があるのではないでしょうか。
アルヴィナ殿下は、国民に大変嫌われていらっしゃいます」
「その通りです。
まぁ、それが国民に人気のある第1王子ダンテス殿下か第3王女ウィルヘルミナ殿下であれば、国民の中から戦争に同調する動きが沸き上がるところでしょうが……」
「馬鹿を言うな。
ダンテス殿下は未来の国王だぞ。
いまの弱腰国王と違い、必ず力強く我が国を引っ張っていってくださるお方だ」
そう言った元帥に、周囲の将官は、やや白けた目を送った。
そもそも戦争の口実作りのために王女の暗殺を謀っている時点で、王家への敬意も何もないのだ。
その相手が、いくら“淫魔王女”という悪評がばらまかれている第1王女とはいえ……。
元帥が暴走した今回の事態、どうにかさっさと諦めてくれはしないかと、皆、祈るような気持ちだった。
「……皆様。宣戦布告の火種作りの前に、大きな問題があることをご理解いただけませんか」
列席末尾の若手の将校が手を上げた。
「なんだ」
「イルネア王女殿下の事務処理が滞っておりました結果、修正予算では我々の上げた要望が一切通っておりません。
2年半前の戦いで失われた船も武器弾薬も人員も、いまだ元通りにはなっていないのです。
このまま戦争を仕掛けても2年半前よりも酷い負けかたをするのが目に見えております。
兵を、無駄死にさせます」
「あの無能め……わからぬなら相談をしろと口を酸っぱくして言っておったのに」
元帥は舌打ちをする。
「アルヴィナ王女殿下でしたら、このようなことはなかったでしょう」
「貴様! “淫魔王女”の肩を持つのか!?」
「事実です。
それに、常々疑問に思っていたのです。
元帥閣下は、アルヴィナ王女殿下が王家の品位を汚す存在だと忌み嫌っておられます。
しかしその“淫魔王女”というのは、いったいどこから来た噂なのですか??」
「は……? わしが知るか!?
火のない所に煙は立たぬというやつだろう!!
あの下品な胸で男を誘って……」
「アルヴィナ王女殿下がこなされていたお仕事内容を改めて吟味いたしました。
明らかに業務量過多で、ほとんど睡眠も取れぬご様子でした。
はっきり申し上げまして、男と逢い引きなどする時間があったとは思えないのです」
「何が言いたい!?」
「お噂は事実無根なのではないかと」
列席の重鎮たちに動揺が走る中、元帥は手元のインク壺を将校に投げつけた。
「不愉快だ!! 貴様、失せろ!!」
「元帥閣下、本来ならば、アルヴィナ殿下こそが、我々の……」
「女に何ができる!?
失せろと言ったはずだ、そうでなければ撃ち殺すぞ!!」
軍服をインクまみれにされた将校は、一礼して会議室を出ていった。
「まったく、どいつもこいつも……。
イルネア殿下の後任は第4王女エルミナ殿下だそうだ。
また女か!
どうしてダンテス殿下ではないのだ!」
「エルミナ王女殿下といえば……」
元帥の顔色をうかがいながら、別の列席者が、話題を変えた。
「最近、活版印刷の新型の機械を輸入して、他国にならって『新聞』というものを作り始めたようですよ」
「あの小娘め。
産みの母の実家が金で爵位を買った成金だからやりたい放題だな。
だがそれがどうした?」
「毎週、政治や事件の情報やゴシップを載せるもので、国によっては王家の批判を書き、反乱分子を煽るようなことになるそうですが……。
殿下はご自分や王家のことを書かせて、評判を上げるのに活用しているとか」
「あの馬鹿女らしい」
「ですが……実際、新聞が全土に浸透した他国では、国威発揚にも使われているのだそうです。
これは今後、軍拡のための予算獲得や、ゆくゆくは徴兵制を整えるための世論形成に使えるやもしれません」
「確かに……エルミナ王女殿下は、頭はよろしくありませんし怠け者ですが、ちやほやされることには異常なまでに執着なさる方です。
我々も、うまく利用できるのではないかと」
「くだらん。それまでどれほど時間がかかるというのだ」
元帥は吐き捨てた。
「……やはり、初志貫徹だ。
結婚式にはさすがにまだ間があろう。
そうだ、ベネディクト国民ではなく、ベネディクト王家がアルヴィナ王女殿下を暗殺したように見せかければよいのだ。
そうすれば多少疑いをかけられても、トリニアスはベネディクトに宣戦布告をせざるを得まい……。
追加で精鋭の暗殺部隊をベネディクトに送り込む!
海路で急げば10日もあれば着くだろう」
元帥の言葉に、列席者たちは不満げな顔でうなずいた。
────この3日後、アルヴィナ王女の結婚式は無事終了する。
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