上 下
22 / 90

22、王女はドレスを試着する

しおりを挟む
 ────瞬く間に、私の周りには多くのドレスが用意された。


「あの……私……既製品のドレスが合うかどうか……」

「こちら購入後に、お客様のサイズに合わせてすべて調整しておりますの。
 とりあえず、胸元が極力出ず、背中の紐で調整できるドレスばかりを用意しましたので、ぜひ着てみてくださいませ。
 もっとこういうものが欲しいというのがありましたら、オーダーメイドで承りますわ」


 そう言って夫人が私に手渡してくるドレスは、既製品と言いつつ、手触りと縫製でも最上級品とわかるものばかり。


「きっとどれもお似合いですよ」


 私は王女のくせにドレスにはそこまで詳しくない。
 それに、いままで何を着てもため息が出ることが多くて、何が自分に似合うなんて全然わからない。
 言われるまま、端から着てみることにした。


 1枚目のドレス。艶やかな深いグリーンに銀糸の刺繍。オフショルダー型で肩布にビジューと銀糸のレースがついている。
 生地の色が綺麗で、また刺繍の美しさに目を奪われる。


「これは……」

「特に肩が綺麗でしょう? 良くお似合いです」


 肩布にポイントがおかれていてそちらに目がいく。胸が悪目立ちしない。

 肩の上や鎖骨やデコルテ上部を綺麗に見せ、それでいて谷間は出ない。
 胸の膨らみも、色合いと縫製のせいか下着を替えたせいか、いつもより抑え目に感じる。
 というか、色がとても好き。
 マットな質感にほのかな光沢も品がいい。

(素敵……!!)


 2枚目のドレスは優しいピンク。
 ウエスト部分にポイントがおかれ、上半身は表面を大きめ柄のレースがふわっと覆って、胸の立体感をだいぶカバーしてくれている。すごくかわいい。


(何だろう……いろいろ着るの、なんだか楽しい?)


 だんだん楽しくなってきてしまった。

 王女だって、こんなに何着も好きなようにドレスを着替える機会は今までなかった。
 夫人の目は確かで、差し出してくれる3枚目も4枚目も5枚目も6枚目も素晴らしい。


「……これも素敵です」


 7枚目のドレスを着て鏡の前でくるりと回ると、自然とため息がこぼれる。


「どのドレスがお気に入りですか?」

「1枚目と……そうですね」


 いま着ているのは、上半身に散りばめられた宝石が輝く黒いドレスだ。

 スカート部分は黒いチュールが重なり、その下の生地は裾の方にいくほど明るいグレーになっていて、全体的に魔法がかかったような神秘的な雰囲気を醸し出している。

 黒は好きな色だけど、少しでも『悪女』とか『男遊びをする女』のイメージに近づきたくなくて、どちらかというと避けていた色。

 ほかのドレスに比べれば胸が目立ってしまう形かも知れない。
 だけど、なんだろう、すごく素敵。すごく綺麗だしかわいいし、同時にどこかカッコいい。


「このドレスも、気に入っています」

「そうですか! ではぜひ将軍をお呼びしましょう!」

「え、ええ!?」

「将軍! いらしてください!」

「待っ……ダメです!!」


 ま、待って。私はとっても気に入っているドレスだけど、イーリアス様はなんて思うか!?

 ……と、あわてているうちにイーリアス様がこちらに入ってきた。


「どうです将軍!! 素敵でしょう!?」


 夫人がぐいっと私をイーリアス様の前に突き出す。
 身体の大きなイーリアス様が、上から私をまじまじと見つめている。


(ひぃぃ……)なんて言われるだろう。息が止まりそう。


「────購入しましょう」

「は、はい?」

「こちら、ほかに必要なもの一式と宝石も合わせて、購入しましょう」

「イーリアス様!? 私たち、ドレスをお直しに来たのであって、買いにきたわけではないのですよ!?」

「あって困りはしないでしょう」

「そんな日用品みたいに!? 私の持参金も、まだほとんどこちらの通貨に換金できておりませんしっ」

「私が買います」

「いえ、だめですよ、そんなっ!」


 こほん、と、夫人が咳払いをした。


「あのぉ、将軍? 即お買い上げは大変ありがたいのですけれど、もう少し具体的なご感想などをいただけると、売り手冥利に尽きますわ」

「感想か。殿下に大変似合うドレスを作ってくださり感謝する」


(……似合う、って、思ってくれてはいる?)


「では、ドレスをお召しになった王女殿下のことはどうお思いですか?」

「……それはドレスの感想になるのか?」

「もちろんですわ! お美しいとか、お綺麗とか、可愛いとか、素敵とか……」

「それは……」


 イーリアス様が言葉に詰まった。
 無表情なんだけど、何だか……困ってる?


「あの、無理に誉めなくて良いですからね!?」


 いたたまれなくなって、私はつい口を挟む。


「ドレスをいろいろ着られただけで、とても楽しかったですから!!」

「…………楽しかったですか?」

「はい! とっても!」

「それなら良かった」


(あっ……)


 それは、一瞬のほんのわずかな変化だった。イーリアス様の口もとが緩んだのだ。
 他の人だと全然真顔の範疇。だけど。


(笑った……?)一瞬だけ。私の見間違いかもしれないけれど。


「────夫人。これ以外で殿下が気に入られたドレスは?」

「はいっ、こちらのグリーンが良いとおっしゃいましたわ」

「ではそれも頼む。手袋やその他必要なものと、合う宝石も見繕って殿下にお見せしてくれ」

「ええっ!」「はいっ!」

「では、私は一度下がります」


 イーリアス様はそう言うと、ささっと下がってしまった……。
 心臓のペースが駆け足になるのを、深呼吸して私は抑える。


「2着お買い上げ、まことにありがとうございます。
 まずは、調整のための採寸をさせていただきますわね。
 仕上げの際には、多少の体型の変化にはすぐ対応できるようにしておきますわ」

「それは助かります……」


 ドレスを胸に当てながら、夫人が身体のあちこちを採寸していくのを待つ。

 ……不意に、遠くの壁に地図が貼ってあるのを見つけた。
 島のかたち。
 あれはゼルハン島……?


(─────!)


「……あの」

「どうかなさいました?」


 そうだ。ゼルハン島に大きな拠点を持つ豪商、エルドレッド商会。
 トリニアス王国軍のゼルハン島侵攻の際に、最も強い抵抗を示し、民間人脱出の中心になったと聞いた……。


「……侵攻の際には、怪我人は出たのですか?」


 トリニアスから大きな被害を受けたはずだ。
 でも私を王女殿下とずっと呼んでいた。
 夫人は、トリニアス王国の王女と知っていて……?

 ああバレてしまった、というような少しばつの悪い顔をして、夫人は笑う。


「そうですわね、当時、2番目の息子と、全部で100人以上の従業員とその家族がゼルハン島におりましたわ」

「!」

「幸い、みな生きて帰って参りましたけど……息子の顔を見るまで生きた心地がいたしませんでしたわ」

「それは……心よりお詫び申し上げます」

「でも、王女殿下のせいではないのでしょう?」


 もちろん。だけど。


「……王女である以上、国がしたことと無関係という顔はできませんから」


 ふふっ、と夫人は微笑んだ。


「お偉い方が決めることはわかりませんけれど、王女殿下はきっと、両国の間で戦争がもう起きないようにするために、この国に嫁いできてくださるのですよね?」

「………………」(すみません酔った勢いで求婚を受けました)

「お1人で異国に嫁いでいらして、思うところはたくさんおありでしょうけれど、お幸せな結婚になりますよう、心より応援させていただきますわ」

「はい。ありがとうございます」


 ……彼女の言葉が、善意だったのか、あくまでセールストークの一部だったのかはわからないけれど。

 夫人の優しい言葉にほだされた私は、そのあといろいろな品を見せてもらい────

 ……この日結局、イブニングドレスのお直しとイブニングドレス2着のほか、アフタヌーンドレス1着、首飾り2組、イヤリング2組、ブレスレット3点、宝石つきの髪飾り2点、ロンググローブにドレス用の下着に日常用の手袋にレースの長靴下……その他諸々……をイーリアス様に買ってもらった上、新たにウェディングドレスのお直しまで頼むことになってしまったのだった。


「……あの、イーリアス様、本当にすみません……」

「謝られる理由がわかりませんが、こちらには、また参りましょう。ぜひ」

(ぜひ?)


 なぜだろう。イーリアス様の目がなんか普段よりちょっと輝いている気がした。


   ◇ ◇ ◇
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

政略結婚だけど溺愛されてます

紗夏
恋愛
隣国との同盟の証として、その国の王太子の元に嫁ぐことになったソフィア。 結婚して1年経っても未だ形ばかりの妻だ。 ソフィアは彼を愛しているのに…。 夫のセオドアはソフィアを大事にはしても、愛してはくれない。 だがこの結婚にはソフィアも知らない事情があって…?! 不器用夫婦のすれ違いストーリーです。

最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~

猪本夜
恋愛
前世で兄のストーカーに殺されてしまったアリス。 現世でも兄のいいように扱われ、兄の指示で愛人がいるという公爵に嫁ぐことに。 現世で死にかけたことで、前世の記憶を思い出したアリスは、 嫁ぎ先の公爵家で、美味しいものを食し、モフモフを愛で、 足技を磨きながら、意外と幸せな日々を楽しむ。 愛人のいる公爵とは、いずれは愛人管理、もしくは離縁が待っている。 できれば離縁は免れたいために、公爵とは友達夫婦を目指していたのだが、 ある日から愛人がいるはずの公爵がなぜか甘くなっていき――。 この公爵の溺愛は止まりません。 最初から勘違いばかりだった、こじれた夫婦が、本当の夫婦になるまで。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

私は逃げます

恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。 そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。 貴族のあれやこれやなんて、構っていられません! 今度こそ好きなように生きます!

【二部開始】所詮脇役の悪役令嬢は華麗に舞台から去るとしましょう

蓮実 アラタ
恋愛
アルメニア国王子の婚約者だった私は学園の創立記念パーティで突然王子から婚約破棄を告げられる。 王子の隣には銀髪の綺麗な女の子、周りには取り巻き。かのイベント、断罪シーン。 味方はおらず圧倒的不利、絶体絶命。 しかしそんな場面でも私は余裕の笑みで返す。 「承知しました殿下。その話、謹んでお受け致しますわ!」 あくまで笑みを崩さずにそのまま華麗に断罪の舞台から去る私に、唖然とする王子たち。 ここは前世で私がハマっていた乙女ゲームの世界。その中で私は悪役令嬢。 だからなんだ!?婚約破棄?追放?喜んでお受け致しますとも!! 私は王妃なんていう狭苦しいだけの脇役、真っ平御免です! さっさとこんなやられ役の舞台退場して自分だけの快適な生活を送るんだ! って張り切って追放されたのに何故か前世の私の推しキャラがお供に着いてきて……!? ※本作は小説家になろうにも掲載しています 二部更新開始しました。不定期更新です

【完結】大好きな幼馴染には愛している人がいるようです。だからわたしは頑張って仕事に生きようと思います。

たろ
恋愛
幼馴染のロード。 学校を卒業してロードは村から街へ。 街の警備隊の騎士になり、気がつけば人気者に。 ダリアは大好きなロードの近くにいたくて街に出て子爵家のメイドとして働き出した。 なかなか会うことはなくても同じ街にいるだけでも幸せだと思っていた。いつかは終わらせないといけない片思い。 ロードが恋人を作るまで、夢を見ていようと思っていたのに……何故か自分がロードの恋人になってしまった。 それも女避けのための(仮)の恋人に。 そしてとうとうロードには愛する女性が現れた。 ダリアは、静かに身を引く決意をして……… ★ 短編から長編に変更させていただきます。 すみません。いつものように話が長くなってしまいました。

【本編完結】婚約破棄されて嫁いだ先の旦那様は、結婚翌日に私が妻だと気づいたようです

八重
恋愛
社交界で『稀代の歌姫』の名で知られ、王太子の婚約者でもあったエリーヌ・ブランシェ。 皆の憧れの的だった彼女はある夜会の日、親友で同じ歌手だったロラに嫉妬され、彼女の陰謀で歌声を失った── ロラに婚約者も奪われ、歌声も失い、さらに冤罪をかけられて牢屋に入れられる。 そして王太子の命によりエリーヌは、『毒公爵』と悪名高いアンリ・エマニュエル公爵のもとへと嫁ぐことになる。 仕事を理由に初日の挨拶もすっぽかされるエリーヌ。 婚約者を失ったばかりだったため、そっと夫を支えていけばいい、愛されなくてもそれで構わない。 エリーヌはそう思っていたのに……。 翌日廊下で会った後にアンリの態度が急変!! 「この娘は誰だ?」 「アンリ様の奥様、エリーヌ様でございます」 「僕は、結婚したのか?」 側近の言葉も仕事に夢中で聞き流してしまっていたアンリは、自分が結婚したことに気づいていなかった。 自分にこんなにも魅力的で可愛い奥さんが出来たことを知り、アンリの溺愛と好き好き攻撃が止まらなくなり──?! ■恋愛に初々しい夫婦の溺愛甘々シンデレラストーリー。 親友に騙されて恋人を奪われたエリーヌが、政略結婚をきっかけにベタ甘に溺愛されて幸せになるお話。 ※他サイトでも投稿中で、『小説家になろう』先行公開です

処理中です...