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21、王女はドレスをお直しする

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   ◇ ◇ ◇


 翌朝。

(お針子を王宮に呼ぶのかな?)
と思いきや、私はまた馬車に揺られて、王都の一角に連れてこられた。


「これは……また……びっくりするお店ですね」

「ショーウィンドウ、というものです。近頃流行り始めました」


 『エルドレッド商会』と看板がついたそれは、テーラーとドレスショップと巨大倉庫が一体化したような建物だった。
 どうしてテーラーとドレスショップとわかるかというと、大きな板ガラスが張られていて店の中を自由に覗くことができるからだ。

 色鮮やかな商品が外からも見える。
 これは物欲をそそられそう。

 ドレスというとずっとオーダーメイドで、お店で売られているドレスはなんだか新鮮だ。
 数の多さ、種類の豊富さに目を奪われる。


「我が国屈指の豪商が経営する店です。
 当主夫人が元お針子ということもあり、現在衣料、特にドレスに力を入れているのです」

「なるほど……つまり、ここのお針子さんに直しを依頼するということですか?」

「どのように直すかも含めて、夫人が本日相談に乗ってくれるはずです」

「それは心強いですね……!」


 それにしても『エルドレッド商会』って、どこかで聞いた気がする。
 どこで聞いたんだったかしら。

 護衛は店のそとで待機。
 イブニングドレスを納めた衣装箱を持った侍女たちとともに、私とイーリアス様は、ドレスショップの中に入った。
 外から見るよりも中は遥かに広い。王妃陛下の衣装部屋よりもずっとたくさんのドレスがある。

 柔らかな笑みで出迎えてくれたのは40代ぐらいの、大柄な赤毛の女性だった。


「お待ちしておりましたわ。王女殿下、ホメロス将軍」

「本日はどうぞよろしくお願いいたします。ええとその……」

「店ではほかのお客様がいらっしゃいますので、奥でお話しいたしましょう」

「はいっ」


 私たちは店の奥の、応接間のようなところへ通された。


「本日はどのようなお直しを?」

「あの、イブニングドレスが少し胸元が開きすぎているので、もう少し肌の露出を減らしたくて……」


 侍女が紫色のイブニングドレスを取り出すので、私はそれを胸に当てながら説明した。


「おそらく、襟元に布地を足すしかないと思うのですけれど」

「なるほどなるほど、胸元を……」


 ふんふんと考え込んだ夫人は
「殿下、少し奥にいらしていただいてもよろしいですかしら?」
と私の顔を覗き込む。


「ええと……はい?」

「将軍、よろしいですか?」

「夫人におまかせする」

「では殿下、いらしてくださいな。
 侍女の方々もドレスをもってこちらへ。
 将軍はしばし外でお待ちください」


 さらに奥に入ると……そこはいくつか小分けにされた作業場らしいところだった。
 部屋の1つに入る。
 驚くほど色とりどりの様々な素材の布があり、糸があり、ボタンやら何やらがあり……。


「さて。王女殿下」

「は、はい」

「ずいぶんお胸を締めつけていらっしゃいますわね?」


 え。
 少しでも小さく見せようとして、布で巻いてコルセットで圧迫しているのが、なんでわかったの??


「まずはそれを外してくださいますか?」

「え、ええっ! それはドレスのお直しに関係ありますかっ!?」

「もちろん、おおありです」

「…………」


 私は侍女に目配せした。
 侍女たちは私の外出用ドレスの背中の留め具を外していく。
 やがて、するりと脱がせた。

 そのまま侍女たちは、コルセットの紐を緩めて、取る。
 最後に胸に巻いていた布を解いた。

 肌着とドロワーズだけの格好が心もとない。
 夫人は私の胸周りと胸の下を採寸していく。


「お胸、あんなに圧迫しては苦しかったでしょう?」

「あの……なんでわかったのでしょうか?」

「コルセットはお胸を上に押し上げ、むしろ上胸を肉感的に見せますわ。
 それから脇にもお胸のお肉が押し出されていましたわ」

「…………?」

「推測ですけれど、殿下が胸を大きくないように見せたいのは、主に男性に性的な印象を与えたくないという目的ではないですか?
 ですが、押さえて多少物理的に小さくは見えても、逆に存在を強調するような印象を与えることがございますの」

「…………………………え?」


 いま、さりげなくとても衝撃的な話をされた。


「他、生地のパツンパツン感、意図しないシワや着崩れ、模様が引っ張られて伸びてしまう、そういったものも要注意です。
 それに生地の素材によっても印象は大きく変わりますわ」

「な、なるほど……?」

「素材を吟味し、ややゆとりあるジャストサイズを追求して落ち着いた印象にまとめる方が、きっと殿下の本来の目的にかなうのではないでしょうか」


 なんだか目から鱗がボロボロ落ちている。
 え……そうだったの? 今までの私の努力は……?


「まずはこちらを」


 夫人が棚から何かを引っ張り出してきた。
 コルセット?のような形をしているけれど、ずいぶん柔らかい……しかも伸び縮みする? しっかり胸を受ける部分が付いている。


「当店開発のドレス用の下着です。
 殿下のサイズのもので、バストラインがすっきりとなるよう計算して作られたタイプのものですわ。
 お胸を大切に収めるように着てください」

「は、はい……」


 国が違うと、下着縫製の技術まで違うのか……。

 指導されるままに着る。
 胸は大きいなりに綺麗なラインを描いて下着に収まった。
 しっかり安定するし、苦しくない。
 呼吸しやすいし動きやすい。


「これで、お脱ぎになったドレスを一度、着てみていただけますか?」


 言われるままに着てみる。 

(あっ……)確かに、鏡の自分の身体のラインが違う。


「あの……この大きさの下着がすでにあるということは、私と同じ悩みを持った女性が過去にもいらっしゃったということでしょうか?」

「ええ。殿下だけではありませんわ。もっと大きな女性もいらっしゃいました」

「本当ですか!?」


 そうなんだ……世界は広い。
 見知らぬその誰かが仲間のように思えて、私はちょっと勇気付けられた。


「夫人も、それで慣れていらっしゃるんですね?」

「ええ。ドレスは着る方ご本人が楽しんで輝いてこそですもの。
 殿下のようなご希望の方もいらっしゃれば、色っぽく見せたいと望まれる女性もいらっしゃる。
 大事なのは、どこまでも着る方の思いにかなっていることだと思います」
 
「なるほど……」

「で、こちらのイブニングドレスなんですけれども……こちらの下着を着ていただく前提で、少し襟元を伸ばす形で調整いたしますわね。
 で、さらに内側に、オーガンジーレースをチラリと見せる感じでいかがでしょう?
 仮留めしてみますので、着てみてくださいませんか?」

「は、はい」


 仮留めされたものを着てみる。
 上品に谷間がカバーされていて、それ以上にとっても綺麗。


「ありがとうございます!
 すごい、印象がだいぶ変わりそうです!
 このような形で直していただけますか?」

「ええ。承知いたしました。
 それとこのドレス、お胸部分に引っ張られてシワが出てしまっております。
 シワが出ないよう、殿下のお胸に合わせてお直しさせていただいてよろしいですか?」

「はい、よろしくお願いいたします」


 良かった。これなら、夜会に出ても陰口を叩かれたりじろじろと見られたりはしなさそう。

 安堵した私に
「では、本番はこれからですわ」
と夫人は私の背中を押す。


「え、ほんばん??」

「王国一のドレスショップにいらして試着をしないという手はございませんわ。
 将軍からも、必要なものは何でもそろえるから、殿下に選ばせてほしいと伺っています」

「いえ、その、私、聞いてな……」

「はい、では、参りましょう!」
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