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19、王女は新居を見学する
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────王太子殿下や重臣方の前から退出した私は、2週間突然休暇を与えられてしまったイーリアス様に、一番気になっていたことを頼んだ。
「イーリアス様、私も新居を見てみたいのですが」
「新居をですか? しかし、まだ家具なども古いままですが」
「いえ、その……そろえる前の方が良いのです」
「え?」
「つまり、私も家具を選んでみたいのですが」
王女や貴族令嬢の結婚なら、城なり邸なり、最初から家具なども全部整っているところに嫁ぐのが普通。そもそも新郎と2人きりの新生活はほぼありえない。
だけど、イーリアス様は次男で、自活している。
新生活は2人(+使用人?)で始めることになる。
お邸はホメロス公爵夫人がイーリアス様へ贈ったもので、ずっと人は住んでいなかったものだそうだ。
「それは……殿下にかなりお手間をとらせることになりますが」
「私も住む場所ですから、私も決めたいのです。今日は邸に連れていっていただけますか?」
「承知いたしました。護衛をつけて参りましょう」
「ああ、すみません。
出歩かない方が良いのはわかっているのですが……」
「そういうことも難しいので、私に休暇が2週間与えられたのでしょう」
イーリアス様、私が入る前に新居を1人でさっさと整えておくつもりなんじゃないかと思ったら、やっぱりそうだったみたいだ。
余計なことを言ったかしら。
でも、妻なのに全部夫におんぶにだっこというのも変だし。この機会だし選びたいし。
(それに、新居の支度を通して、イーリアス様と仲良くなれないかしら?)
全然仲が悪いわけではないし、とても良くしてもらっているし、嫌われてもいないと思う(たぶん)……けれど、まだ、心を開いてもらっているとは言いがたい。
イーリアス様に頼られる自分も想像がつかない。
少しずつ距離を詰めて、私たち、夫婦として互いに支え合う良い関係を築かなくては。
────新居の邸は、王都の端にあった。
イーリアス様は普段、王都にある海軍本部か、軍港、あるいは海上でお仕事をされるらしい。
新居の場所はいずれにも出やすい場所とのことだった。
「あの邸です」
馬車の窓からイーリアス様が指差した邸を見る。
「わぁ……素敵!」
屋根はグレー、壁面は暖かみのあるベージュを基調とし、白い漆喰で手の込んだ細工が施された3階建ての建物。太めの窓枠がいいアクセントになっている。
馬車が門をくぐり、敷地内に入った。馬車が停まっても十分な広さのある庭。
馬車から下りてみる。
人はずっと住んでいなかったそうだけど、庭木や芝生はすでに整えられていた。
「かわいいお屋敷ですね。
それに思ったより、だいぶ大きいわ」
2人暮らしを始めるには過分すぎる大きさだ。慎ましい、とは?
「元は伯爵家の邸だったのですが、跡継ぎがなく断絶してしまったのです。
良い邸でしたので祖母が惜しんで引き取り、次男の私が結婚した際には使うようにと贈られました。
ですが結婚をするつもりはなかったので、ずっと長く放置をしてしまっておりました」
あ、なんだろう。
相変わらず表情は動いていないけれど、イーリアス様、なんだかばつが悪い気持ちになっている?
声の感じだろうか?
「軍人として働きながらですし、寮暮らしの方がご都合が良かったのでしょう? 仕方ないですよ」
「恐縮です。では、中へご案内を────」
イーリアス様は一瞬こちらに手を差し出そうとして、ハッと、引っ込めた。
「……失礼いたしました」
くるりと背を向けるイーリアス様。
私は、お邸の玄関の大きな扉を開く彼の大きな背中を見つめる。
触れないでくれてホッとしたのに、なぜかほんのり残念な気持ちも浮かんでいて、戸惑った。
扉が開かれて、現れたのは、広々とした玄関ホール。
それから優雅な正面階段。特に、手すりの細工が綺麗……。
引き込まれるように建物の中に入っていく。
「中も……とても内装の趣味が良いですね」
「そうですね。ただ、いまある家具は古いですし、照明と壁紙は替えざるを得ないでしょう」
「部屋を、端から見ていってもよろしいですか?」
「では、こちらへどうぞ」
ホールからひとつひとつ、部屋を見せてもらう。
「まずは地下ですね。貯蔵室と、使用人部屋に、厨房があります」
「まぁ……トリニアス王城でもこういったところは見たことがありませんでした。充実していますね」
「次に1階ですが、遊戯室、大食堂、書斎、ドレスルーム、図書室……です」
「ここも部屋がたくさんあるのですね」
「遊戯室は汽車のものほど整ってはおりませんが、ビリヤード台もあります」
「嬉しい!私、たくさん練習します!!」
「2階にはサロンとドレスルーム、それに寝室が2つ。それから3階に寝室が3つと荷物おきの納戸、上級使用人の部屋となっております」
「ええと……多い、ですね、お部屋が??」
どの部屋も掃除はすでに済ませている様子だ。
確かに家具などは古いけれど綺麗だし、夫婦2人暮らしにはだいぶ広い。
(衣装部屋がとても広いわね……しまうドレスもそんなにないけれど)
ずっとずっと仕事が忙しくて、着飾って国民の前に姿を現すような場にはほとんど出られなかったし、夜会があっても新調する余裕などなかった。
式典用のドレスと宝石は国庫に還してきたので、持ってこられた衣服はほとんどが日常用。
イブニングドレスに至っては、イーリアス様の求婚を受けた夜会で着ていた1枚きり。
(まぁでも、イーリアス様の分の衣装もあるでしょうし、これから増えていくわよね)
新居をじっくり観察している間に、お昼の鐘の音が鳴った。
「ホメロス公爵家より昼食を届けさせております。
食事にいたしましょう」
「護衛の皆さんは大丈夫ですか?」
「お気になさらず。
皆の分も届いておりますし、交代で昼食をとります。
ではダイニングでいただきましょうか」
「はいっ……!」
「イーリアス様、私も新居を見てみたいのですが」
「新居をですか? しかし、まだ家具なども古いままですが」
「いえ、その……そろえる前の方が良いのです」
「え?」
「つまり、私も家具を選んでみたいのですが」
王女や貴族令嬢の結婚なら、城なり邸なり、最初から家具なども全部整っているところに嫁ぐのが普通。そもそも新郎と2人きりの新生活はほぼありえない。
だけど、イーリアス様は次男で、自活している。
新生活は2人(+使用人?)で始めることになる。
お邸はホメロス公爵夫人がイーリアス様へ贈ったもので、ずっと人は住んでいなかったものだそうだ。
「それは……殿下にかなりお手間をとらせることになりますが」
「私も住む場所ですから、私も決めたいのです。今日は邸に連れていっていただけますか?」
「承知いたしました。護衛をつけて参りましょう」
「ああ、すみません。
出歩かない方が良いのはわかっているのですが……」
「そういうことも難しいので、私に休暇が2週間与えられたのでしょう」
イーリアス様、私が入る前に新居を1人でさっさと整えておくつもりなんじゃないかと思ったら、やっぱりそうだったみたいだ。
余計なことを言ったかしら。
でも、妻なのに全部夫におんぶにだっこというのも変だし。この機会だし選びたいし。
(それに、新居の支度を通して、イーリアス様と仲良くなれないかしら?)
全然仲が悪いわけではないし、とても良くしてもらっているし、嫌われてもいないと思う(たぶん)……けれど、まだ、心を開いてもらっているとは言いがたい。
イーリアス様に頼られる自分も想像がつかない。
少しずつ距離を詰めて、私たち、夫婦として互いに支え合う良い関係を築かなくては。
────新居の邸は、王都の端にあった。
イーリアス様は普段、王都にある海軍本部か、軍港、あるいは海上でお仕事をされるらしい。
新居の場所はいずれにも出やすい場所とのことだった。
「あの邸です」
馬車の窓からイーリアス様が指差した邸を見る。
「わぁ……素敵!」
屋根はグレー、壁面は暖かみのあるベージュを基調とし、白い漆喰で手の込んだ細工が施された3階建ての建物。太めの窓枠がいいアクセントになっている。
馬車が門をくぐり、敷地内に入った。馬車が停まっても十分な広さのある庭。
馬車から下りてみる。
人はずっと住んでいなかったそうだけど、庭木や芝生はすでに整えられていた。
「かわいいお屋敷ですね。
それに思ったより、だいぶ大きいわ」
2人暮らしを始めるには過分すぎる大きさだ。慎ましい、とは?
「元は伯爵家の邸だったのですが、跡継ぎがなく断絶してしまったのです。
良い邸でしたので祖母が惜しんで引き取り、次男の私が結婚した際には使うようにと贈られました。
ですが結婚をするつもりはなかったので、ずっと長く放置をしてしまっておりました」
あ、なんだろう。
相変わらず表情は動いていないけれど、イーリアス様、なんだかばつが悪い気持ちになっている?
声の感じだろうか?
「軍人として働きながらですし、寮暮らしの方がご都合が良かったのでしょう? 仕方ないですよ」
「恐縮です。では、中へご案内を────」
イーリアス様は一瞬こちらに手を差し出そうとして、ハッと、引っ込めた。
「……失礼いたしました」
くるりと背を向けるイーリアス様。
私は、お邸の玄関の大きな扉を開く彼の大きな背中を見つめる。
触れないでくれてホッとしたのに、なぜかほんのり残念な気持ちも浮かんでいて、戸惑った。
扉が開かれて、現れたのは、広々とした玄関ホール。
それから優雅な正面階段。特に、手すりの細工が綺麗……。
引き込まれるように建物の中に入っていく。
「中も……とても内装の趣味が良いですね」
「そうですね。ただ、いまある家具は古いですし、照明と壁紙は替えざるを得ないでしょう」
「部屋を、端から見ていってもよろしいですか?」
「では、こちらへどうぞ」
ホールからひとつひとつ、部屋を見せてもらう。
「まずは地下ですね。貯蔵室と、使用人部屋に、厨房があります」
「まぁ……トリニアス王城でもこういったところは見たことがありませんでした。充実していますね」
「次に1階ですが、遊戯室、大食堂、書斎、ドレスルーム、図書室……です」
「ここも部屋がたくさんあるのですね」
「遊戯室は汽車のものほど整ってはおりませんが、ビリヤード台もあります」
「嬉しい!私、たくさん練習します!!」
「2階にはサロンとドレスルーム、それに寝室が2つ。それから3階に寝室が3つと荷物おきの納戸、上級使用人の部屋となっております」
「ええと……多い、ですね、お部屋が??」
どの部屋も掃除はすでに済ませている様子だ。
確かに家具などは古いけれど綺麗だし、夫婦2人暮らしにはだいぶ広い。
(衣装部屋がとても広いわね……しまうドレスもそんなにないけれど)
ずっとずっと仕事が忙しくて、着飾って国民の前に姿を現すような場にはほとんど出られなかったし、夜会があっても新調する余裕などなかった。
式典用のドレスと宝石は国庫に還してきたので、持ってこられた衣服はほとんどが日常用。
イブニングドレスに至っては、イーリアス様の求婚を受けた夜会で着ていた1枚きり。
(まぁでも、イーリアス様の分の衣装もあるでしょうし、これから増えていくわよね)
新居をじっくり観察している間に、お昼の鐘の音が鳴った。
「ホメロス公爵家より昼食を届けさせております。
食事にいたしましょう」
「護衛の皆さんは大丈夫ですか?」
「お気になさらず。
皆の分も届いておりますし、交代で昼食をとります。
ではダイニングでいただきましょうか」
「はいっ……!」
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